第四章──ドラゴンファイト⑤
俺の問いかけにノアの声が微かに笑いを帯びる。
「融合中は与圧されているから心配ないわ。高度六〇〇〇でも三〇〇〇メートル付近の気圧を維持できる」
与圧とは高高度を飛ぶ飛行機内で、機内の気圧を外気圧より高めることを指す。
目的は乗員を保護するためで、気圧が低いと人体は必要な酸素を身体に取り込めず、運動機能や判断力が低下するのだ。
一般的に三〇〇〇メートル付近が酸素マスクなしで人間が動ける限界とされ、それ以上の高度では酸素マスクの装着が必須とされている。
俺はあらためてドラゴンの性能に感嘆した。
これは本当に、掛け値なく一九四〇年代に現れたジェット軍用機だ。ドラゴンとセットでドラゴンナイトが各国奪い合いになるのも無理はない。
俺はコクピットからあらためてノアが操るドラゴン、エリキウスを見つめた。
身体の色は白が基調だ。
背中は灰色で羽根は白。
首周りに黒い線が走っているのが特徴で……同じ特徴は俺が操るラニウスでも見受けられる。
ふと閃いた俺は彼女に無線を入れた。
「なあ、融合した後のコクピットは、どこにあるんだ?」
「首の付け根付近よ。主翼は羽根と融合しているし、だから敵戦闘機にもこちらのコクピット位置はだいたい判ってしまうの」
「なるほど……前回きみが被弾した理由はそれか」
「そういう事。首周りを集中して狙われ、付与魔法をかけた弾が貫通したのよ」
「ドラゴンも無敵じゃないんだな」
「この世界のドラゴンは、魔術を基本とした機械生命体とでも言うべき存在ね。生命体なら寿命があり、損傷を受ければ撃墜されることもある。それでも普通の戦闘機や戦車と比べたら遙かに強力よ」
「了解だ」
無線を交わすうち、高度計の針は六〇〇〇メートルに達しつつあった。
「水平飛行に戻すわ。ドラゴンの飛翔をじっくり味わいなさい」
そう言って彼女は無線を切った。
俺は言われるままに気分を楽にして、水平飛行に移った。
緊張がほどけていくと、コクピットに響く環境音の小ささに驚かされた。
レシプロでは常にエンジンが前方で回っているため爆音がうるさいがドラゴン内は静かだ。
微かなファン音が聞こえるがジェット機より小さい。初陣で飛んだ時は大きめに聞こえたが、あの時の俺は普通じゃなかった。もしかしたら聴覚に異常が生じていたかもしれない。
ドラゴンの推進機関はどうなっているのだろう?
俺は疑問を解消するべくほんの少しスロットルを絞り、エリキウスのやや後方についた。
推進機関とおぼしきものがないか、彼女のドラゴンにゆったりと視線を注ぐ。
らしきものは……あった。
翼の後方、付け根に微かなゆらぎを見つける。
蜃気楼に似た視野のひずみが、付け根からの熱風噴出を現しているかのようだ。
動力源が一種のタービンか、魔力によるものか、それは判らないが……ジェット機の飛行原理、エンジンからの噴流を後ろに吹き出し、推進する機構と類似しているのは確かだろう。
速度計の針は時速六七〇キロで安定していた。
一九四〇年代の戦闘機で、この速さを出す飛翔体を撃墜するのは大変だ。ドラゴン一頭に一個装甲師団の力があるという触れこみは、伊達ではあるまい。
ドラゴンを覆う鱗は鋼鉄よりも固いセラミック。
二つの大きな鉤爪は戦闘機はもちろん、戦車の装甲板すら切り裂くかもしれない。
先日Bf109を撃墜した火焔は、戦車相手でも有効なはずだ。射程距離はキロメートル単位かもしれない。
こんな相手と戦えと命じられたら上層部を呪うだろう。
パンツァードラゴン──装甲の龍とはよくいったものだ。
不意にレシーバーが音声を発した。
「こちら地上管制ブラボー。ノア、彩夏ペア、聞こえるか?」
間髪を入れず、ノアの声が無線に響く。
「聞こえます。現在二機編隊で飛行中」
「コースト・ウォッチャーズより入電。ゲルマニアドラゴン二頭がフェン島に向け高速飛行中。方位一四五、推定高度三〇〇〇。ノア、彩夏ペアはこれを迎撃せよ」
「了解。ブラボー、誘導管制願います。彩夏、行くわよ」
「了解」
俺たちはそれぞれスロットルを全開にした。ドラゴンの速力が一気に上昇する。
ノアとブラボー──地上航空管制との交信が続いていた。
「ノアよりブラボー、現在高度六〇〇〇、速力三五〇ノット」
「こちらブラボー。誘導を開始する。高度四〇〇〇、方位〇七五へ」
「了解……彩夏、私に続いて」
「了解」
返答と同時にエリキウスが高度を下げ始めた。右旋回を始め、方位〇五七でピタリと止める。
俺は無線を開き、ノアに訊ねた。
「ノア、地上管制は俺たちをどうやって誘導するんだ?」
「コースト・ウォッチャーズ──我々に味方する沿岸監視員たちからの報告を地図にプロット、敵機の未来位置を割り出し、そこに向けてこちらを誘導するの」
なるほど。今のところデンマークはレーダー管制誘導を装備していないのか。実用化済みは恐らくブリタニアとゲルマニア、二カ国くらいだろう。
それでもおおざっぱな誘導はできる。俺は地上管制に無線を入れた。
「彩夏よりブラボー。会敵までの時間はどれほどだ?」
「針路、速度がそのままなら約六分後だ」
「ありがとう。参考になった」
無線を切りつつ俺は武装関連をチェックし、続いてノアを呼び出した。
「ノア、武装について教えてくれ。機銃関連は戦闘機備え付けのそれを使うんだよな」
「いいえ。ドラゴンには最初から機銃が装備されている。標準装備では二〇ミリ機銃四挺ね」
「戦闘機に装備されているのは使わない?」
「使わないわ。融合と同時に作動が切り離され、ドラゴンに装備された機銃に自動的に切り替わる」
「融合後の武装位置は判るか?」
「顎門のやや後ろ。照準器に敵機を捉え、そのまま発射ボタンを押せば弾が出るわ」
「ドラゴンの火焔放射はどうやるんだ?」
「あなた、自分でやったはずよ。思い出して」
言われるまま、俺は思い出していた。そうだ。確か、赤ランプが点滅して……。
「セレクターを切り替える?」
「ご名答。その他にも、ファイアブラスト、と唱えると照準機構が自動的に攻撃可能な敵を捉え、ロックオンするわ。あとはボタンを押すだけ」
「その件は初陣でぼんやりと聞いた事がある。やはり、融合用の戦闘機は特別製なんだな」
「そう。至る所に付与魔法をかけられた部品が使われ、照準器をはじめとする武装も特別製よ。本当は搭乗するドラゴンナイトに合わせて細かい所もカスタマイズできるけど、この基地の施設じゃ難しいわね」
「どこならやれる?」
「デンマークならユトランド基地、傭兵団ならリンデベルンまで帰らないと無理だわ」
「なるほど」
「会敵まで推定一分。気を引き締めて」
「了解」
俺は前方に目を凝らした。
これがフライトシムなら機上レーダーで敵の位置が判り、容易に会敵……となるところだがこの時代にそんなモノはない。
それとも付与魔法と魔道具の組み合わせで類似品が作れるものなのか。この辺は今後の研究課題だ。
俺はノアに向け押えた口調で言った。
「敵が正面から類似速度で来るなら……相対速度は音速に近いかな」
「あり得るわね」
その時、前方にごま粒ほどの黒点が浮かんだ。




