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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第四章──ドラゴンファイト③

 機体から降りると、シャール少佐がニヤリと笑いつつ前置きもなく切り出した。

「どうだ、感想は?」

「Bf109は低速の運動性が思った以上にいいですね。失速寸前でも小回りが利くのは意外でした」

「それが判ってくれたら訓練は成功だ。ノア中尉はどうだ? 何か感想はあるか」


「失速寸前に追い詰めたのに撃墜できなかったのは不覚でした。私の練度不足です」

「うん。あの攻撃をよく躱したな、彩夏」

「咄嗟に舵を切って躱したら上手く行っただけ。偶然です」

「偶然か。ヘッドオン──最後に正面正対戦に持ちこんだのは、苦し紛れの一手か?」


「あのまま低速域で戦っても彼女に撃墜されていたでしょうからね。真っ正面から突っこめば……」

「最悪でも相打ちは狙えるか。言っておくが、正面正対戦は禁じ手だからな。理由は……」

「今回のように相打ちになるからですね」

「そうだ。まあこれも教訓のうちだな。実戦でやる時は死を覚悟しろ」


「肝に銘じます」

「午後の訓練はこれで終わりにする。二人とも休息を取り、英気を養え。以上だ」

「はい」

 少佐に敬礼しつつ俺は心の中でほっとため息をついていた。


 思わず背伸びをすると、後ろで俺が飛ばしていたスピットファイアに整備兵たちが取り付き、有機溶剤を使いペンキ落としにかかっていた。

「どう? 少しは参考になったかしら?」

 ノア・ニールセンの声が耳を打つ。


 金髪碧眼の美女が誇らしげな顔でこちらを見ている。俺は肩をすくめて言葉を継いだ。

「Bf109にあんな機動が取れるとは思ってもみなかったよ。実戦であれをやられていたら、初見殺しで撃墜されていただろう」

「参考になった、ということね」


「君はドラゴンナイトになってどれくらいだ?」

「ほぼ一年ね。去年適性試験があって、選抜され、能力転移が施されたの。実戦経験は今年の春からで、これまで七度の実戦を経験……」

「いずれもゲルマニア軍相手に?」


「私のドラゴン、エリキウスを駆使して、奴らのBf109を五〇機ほど叩き落としてやったわ」

 空戦で五〇機撃墜というのは凄い数だ。

 普通は五機墜としただけでエースと呼ばれる。

 それが、戦争が始まって三週間と経たず五〇機撃墜となったら、ゲルマニア軍が苦戦するわけだ。


「なるほど……三週間経ってもデンマークが陥落しない理由がよく判ったよ。君と他のドラゴンがそうやって……」

「敵戦闘機を片っ端から墜としているので、ゲルマニア軍は制空権が取れないのよ。そうでなければ空挺部隊の降下でとっくに占領されているわ」


「対地攻撃、地上部隊の攻撃もドラゴンでやるのか?」

「むしろそっちの方が専門よ。エリキウスだけでも二個歩兵大隊をやっつけたわ。ドラゴン全体としては二個連隊を超える損害を与えている」

「そりゃ凄い」


 中隊、連隊とは部隊の大きさ、単位を指す。

 部隊規模によって小隊、中隊、大隊、連隊、師団と別れており、小隊は四〇名ほど、中隊で一二〇~二〇〇名、大隊で七〇〇名、連隊で三〇〇〇~四〇〇〇名に達する。

 これが師団になると一万名を超え、中には二万名を超える規模に達する事もある。


「やっつけたといっても全滅させたわけじゃないんだろ?」

「三分の一以上叩いたから、実質全滅扱いね。だからデンマーク軍はまだ戦えているの」

 軍隊は、防御側で三分の一、攻撃側で十分の一の兵員が損耗するとその部隊は全滅扱いになる。

 残った兵員で負傷兵や戦死者を後ろに下げなければいけないからだ。


 旧日本軍のように、最後の一兵まで戦い文字通り全滅する軍隊は例外だ。普通はそうなる前に降伏するか、後ろに下がるものなのだ。

「今日は来るかな、Bf109?」


「一日で一個飛行中隊が全滅したんだから、普通は間を開けるわね。同じ規模を繰り出して再度全滅では指揮能力を疑われるわ」

「あるいはそう油断させ、今度はドラゴンを投入するか」

「可能性は……あるかも。で、どうするつもり?」


 俺は若干考え、押えた口調で言った。

「ドラゴン戦の訓練はまだやってない。昨日の実戦がぶっつけの本番だ。お前さえよければ……」

「私と対ドラゴン戦の訓練をしたい、ということ?」

「ご名答。とはいえ無断で訓練はできないから……」


「私がペーターセン少佐に上申してみる。あなたは……」

「シャール少佐に上申で構わないな」

「下っ端二人の意見をどこまで聞くか判らないけど、目の付け所は悪くないと思うわ。ところであなた、二〇年前は何をしていたの?」


「日本で国語の教師をしていたよ」

「その割には、案外とセンスあるわね。本職じゃないかと見間違えたわ」

 そう颯爽と言い放つと彼女は踵を返し去っていった。

 俺は微かに肩をすくめた。


 素人の振りをして頓珍漢な事を言う余裕は……今の俺にはない。

 持ち前の軍事知識と彩夏の助言を元に生き残ることが最優先だ。カヴァーストーリーとしては、国語の教師だが日本は軍国主義の国だから軍事教育もなされていた、といったところだろう。あるいは俺に『軍事趣味』があったという裏設定でも組むか。


 併合で行こう。

 そう決めた俺は、シャール少佐の居場所を割り出すべく整備兵たちに声をかけた。

 伝言ゲームが始まり、少佐は官舎で書類仕事の最中と判り、俺は官舎を目指し歩き始めた。



 そのシャールは、まさに黒田彩夏の件で忙殺されていた。

 所属問題はデンマーク軍と話がついたとはいえ、彩夏には対ドラゴン戦の戦闘経験が無い。

 対戦闘機戦もドラゴンで一二機を──無我夢中で墜としただけだ。

 戦闘機同士の編隊の組み方も今日の午前試したばかり。


 対戦闘機戦はBf109との一騎打ち模擬空戦のみ。

 昨日精神転移したばかりの新人だ。

 ドラゴンナイトは、能力召喚もしくは精神転移した段階で戦闘機を操れる。

 この点だけは救いだが基本戦術や高等飛行訓練はこちらが指導してやらないといけない。


 ドラゴンとの融合も訓練を重ねなければ時間ばかりかかり、撃墜される公算が高くなる。

 ドラゴンナイト一人を満足に戦わせるようになるのは最低でも半年必要と言うのがこれまでの通例だ。

 しかし戦局はそれを許さない。

 今は一人でも多くのドラゴンナイトとドラゴンが担当エリアに必要だ。


 とはいえスパルタ式、詰めこみ教育で彩夏を鍛え上げてもいずれ限界が訪れる。

 肉体疲労、精神疲労が限界に達するとパイロットは疲弊する。

 訓練中の事故や殉職は本人の疲労や詰めこみが背景になる事が多い。そうならないよう加減しつつ、一日でも速く彩夏を使い物になるドラゴンナイトにするのがシャールに科せられた使命だ。


「とはいってもな……」

 コーヒーカップを手にシャールは一人呟く。

 昨晩ペーターセン少佐と話したように、デンマーク軍がいつまで戦えるかも問題だ。

 限界に達すればゲルマニア軍への降伏が待っている。


 リンデベルン傭兵団はそこまでつき合う必要はない。降伏となったら本国に引き揚げるまでの事だ。 

 扉にノックの音が響いたのはその時だった。

「誰だ?」


 誰何すると相手はシャールが頭を悩ませていた当人だった。入室を許可するとドアが開き、黒田彩夏が生真面目な表情で入り口に立っていた。

「どうした、彩夏。午後はゆっくり休めと言っただろう?」


「いえ。あれからノア・ニールセンとも話したのですが、今後のゲルマニア軍はこちらに自軍のドラゴンを投入するおそれがあります。そして、自分はまだ対ドラコン戦の訓練を一度もやっておりません」

「ドラゴン戦の訓練は明日以後に予定していたのだが……」


「それ以前の問題として、自分はドラゴンの融合と分離についても充分理解していません。昨日は朦朧とする意識の中融合し、分離は無線指示で言われるがままでした。できれば今日中に、この辺の過程をしっかりこなしておきたいのです」

 その時、はたと机の電話が鳴った。


 受話器を上げたシャールが返事をすると、相手と数十秒話した後、電話を切った。

「デンマーク軍のペーターセン少佐からの電話だ。要件は……」

「私のドラゴン訓練ですね」


「そうだ。俺は、お前の疲労を考慮して訓練を明日に回したんだが、本人のやる気を削いでもしかたがない。今から一六〇〇まで、ノア・ニールセンとドラゴン編隊を組む訓練を許可する。もちろん、戦闘機を使った融合、分離訓練も含めてだ」

「ありがとうございます」


「自分から熱心に取り組むのはいい事だ。ドラゴンナイトの中には、環境の急変に適合できずメンタルをやられる隊員もいるからな。任務のプレッシャー、やる事の多さに根を上げる奴も珍しくない」

「自分の場合、精神転移で後がないですからね」

「後がない、か」


「自分の身体でない分、いろいろ勝手が違いますし、環境も完全に様変わりです。その上戦時中となれば、命の危機が日常。元いた時代に戻れる訳でもなく、今の環境に適応しなければ、最悪の場合、戦死もあり得ます」

「たったひと晩でそこまで考えられるとは、たいしたものだよ、彩夏」


「ありがとうございます。それでは」

「うむ。無理はするなよ」

「はい」

 閉まる扉を見つつ、シャールは微かにため息をついた。


 これまで指導を手がけたドラゴンナイトとは一線を画した存在だと思った。

 有資格者となったドラゴンナイトの多くは、数日は混乱し訓練にならない。

 それが二日目で戦闘機による編隊機動、単機模擬空戦、ドラゴン騎乗まで進むとは……。

 状況認識力が尋常じゃないパイロットだ。


 対応しなければ戦死もあり得ると考え、行動に移すのは普通の人間にはできない。

 大抵、その認識に至った段階で恐怖で身が縮む。

 それをなだめすかし、時に叱咤激励し訓練に持っていくのがこちらの役目なのだが……。

「サムライの国だからできるのかな」


 シャールの日本に対する知識は限定的だ。

 極論を言えば、日露戦争でロシア相手に引き分けた事と、現在はアメリカ合衆国と同盟関係にあること程度しか知識はない。

「まあ、自助努力なしじゃ生き残れないのが戦場だからな」


 非情なようだがそれが現実だ。

 その意味で彩夏は珍しく『判っている奴』と言えるかもしれない。

 とはいえ実戦で彼が生き延びられるか否かは、判らない。

 戦場では偶発的な要素や運も重要だからだ。


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