第四章──ドラゴンファイト①
機を水平に保ちつつ、俺はスピットファイアマークⅤを飛ばし続けた。
五月の陽光が風防を通し俺を照らす。これが遊覧飛行なら気楽なものだが──。
飛行帽に内蔵されたレシーバーが雑音と共に意味ある音声を発した。
「彩夏、聞こえるか。こちらはシャール少佐だ」
「はい。聞こえます」
「今から二機編隊を組む。お前はそのまま水平飛行を維持しろ。こちらがそっちの右横に機体を寄せ、一〇〇メートル間隔で編隊を組む」
「判りました」
応じつつ後ろを振り向くと、シャール機とおぼしき二番機──スピットファイアが見る間に近づいて来た。
ほんの少しバンクをかけた二番機は予告通りこちらの右横一〇〇メートルでぴたりと相対速度を合わせ、二機編隊を組む。
「これが、ゲルマニア軍が常用するロッテ戦術だ。二機の戦闘機が編隊を組み、相互支援する戦い方だ。わかるか」
「概念は判ります。ロッテというのは分隊のことですね」
「そうだ。二機一組で編隊を組んで戦い、長機──先頭を飛ぶ機体が攻撃を行う間、二番機はその後方や上空で援護、哨戒を行う。これで敵の不意打ちを防ぎ、安全な攻撃を図るのが基本戦術だ」
「了解です」
「よろしい。あとは実践だ。彩夏、スピットを好きなように飛ばしてみろ。俺はお前につかず離れず編隊を維持、支援できる状態を維持する」
「判りました」
無線に応じつつ、俺はスロットルを全開にした。
マーリン水冷エンジンの轟音が一挙に高まり、機体が一気に加速する。
速度計の針が六二〇キロに達した瞬間、俺は機体を上昇させた。
高度計の針が周り、速度が若干落ちたタイミングを捉え、操縦桿を前に傾け降下に入った後、横になぎ払い急横転をしかける。
天地が一挙にひっくり返り、機体が一回り、続いて二回り目に入る。
操縦桿の傾きを戻した俺はラダーペダルを踏み、機体を微かに傾ける。
スピットファイアマークⅤは敏速に反応した。
右旋回を維持しつつ、シャール少佐の二番機がどこにいるか、周囲を見回す。
いた。
こちらの左、一〇〇メートルほどの位置にぴったりついてきている。事前機動を何も伝えてなくても振り切れないのはさすがだ。
これが、プロとアマチュアの操縦技量の違いか……。
内心で俺は舌を巻いた。
ぴったりついて来ると予告されたが実際にそれを目の当たりにすると腕の差は歴然だ。
ドラゴンナイトなりたてのパイロットは、操縦技量においてはプロに遠く及ばないのだ。
再び無線が入り、シャール少佐の声が耳朶を打つ。
「よし。次は四機編隊、シュヴァルムを組むぞ。原理は二機編隊、ロッテ二つで四機を維持する。編隊相互の考え方はロッテと同じだ」
「了解」
無線に応じた俺が周囲を見回すと、三機のスピットファイアマークⅤが周囲を取り巻いていた。
それぞれが二機編隊を組む中、俺は再び戦闘機動を開始する。
──一時間後。
四機編隊の先頭を操る俺はヘトヘトに疲れていた。
思わず歯を食いしばり、心の中で彩夏に語りかける。
『これは、キツイな。想像以上だ』
(初めてにしてはよくやっているよ、理人。俺はもっと下手だった)
『どうすれば上手くなれる?』
(繰り返し飛んでいるうち、カンが働くようになる。相手の動きが予想できるようになるから、そうなったらもっと上手く飛べるようになる)
『道は長い?』
(短くはない。そもそも、ドラゴンナイトなりたてのお前が戦闘機の操縦でも一流だったら周りが自信をなくすよ。だから今は、ちょうどいいとも言える)
『そんなものかね』
(そういうものさ)
口蓋の緊張を緩めた俺は、無線を開いた。
「シャール少佐、燃料残量が四分の一です。どうします?」
「戦闘機動主体で一時間か……。全機、いったん帰投、給油に入る。午後からは、Bf109相手の単機戦闘を体験してもらう」
「ロッテではなく、単機ですか?」
「最初はその方が感覚が掴めるだろう。メッサーシュミットの特徴を掴んでから、編隊戦闘に移行する。以上だ」
「了解」
無線に返答しつつ、俺はほっと胸をなで下ろした。
これ以上ロッテで空を飛んでも疲れるだけだ。Bf109との単機戦闘なら少しはやりようがあるかもしれない。
滑走路を目視しつつ、俺はフラップと主脚を下ろした。着陸態勢を取る。




