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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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□プロローグ──過去の記憶と初陣

 朦朧とする意識の中、俺、鳥飼理人(とりがいりひと)は思った。

 俺はこれまで二度、人生の困難から逃げた。


 一度目は大学時代。

 教育実習生として中学校に派遣された時。

 教師になる志を立て、実習中……受け持ったクラスの生徒が自殺した。


 原因は……判らない。

 全校をあげた聞き取り調査でもいじめの形跡はなかった。

 病気や家庭内不和の線もなかった。

 自殺前日、柏瀬という苗字のその子と俺は、校門で別れの挨拶を交わしていた。


『先生、さようなら』

 寂しげな、儚げな笑顔だったのが記憶に残る。

 大人しい生徒だった。

 そして彼女は死んだ。

 マンションの上階から飛び降り自殺した。


 寂しげな笑みを浮かべ、挨拶をして去った彼女の声が今でも忘れられない。

 俺を指導する本職の教師は『あまり気にするな、止められないこともある』と慰めたが、兆候を何一つ察知できなかったのは事実だ。


 だから彼女は死んだ。

 教育実習生とはいえ、俺には彼女の死に一定の責任があるのではないか。

 それから不眠症になった。

 朝までまんじりともせずベッドで過ごし、やつれた身体で学校に向かい……教壇で倒れ、意識を失った。

 精神科への通院が始まり……やがて、教師への道を諦めた。


 二度目の逃走は、それから二年後。

 実家に戻った俺は、物書きの端くれ、ライターになっていた。

 リハビリがてら、学生時代からの趣味、軍事に関するnoteをネットにつらつらと書くうち、本職の編集者からメールで声をかけられ、トントン拍子にデビューが決まった。


 ネットと紙媒体、双方でだ。

 そこで出版社から指導教官として一人の大先輩を紹介された。

 名を小鳥遊厳たかなしいわおと言う。


 第二次大戦を中心に欧州の軍事に精通、複数の外国語──英語、ドイツ語、ロシア語まで操り、翻訳の実績がある業界著名人だ。英語とドイツ語は他にも名の知られた訳者がいたが、ロシア語まで翻訳可能な者は小鳥遊くらい、そのため業界で彼は一目置かれていた。


 俺はその出会いに歓喜した。

 最初のうちは。


 付き合いを深めるにつれ、この男がある種のモンスターと判明した。

 彼は某SNSで自分を誹謗するクレーマーに激怒していた。


「鳥飼君、僕は悔しいんだ。こんな英語もドイツ語ロシア語もできない腐った奴がネット越しに僕を馬鹿にすることが。君、僕に変わってこいつをやっつけてくれたまえ!」


 やっつけろと言っても、実力行使に及ぶわけではない。

 誹謗する相手をネット越しにたしなめ、相手を論理的に黙らせる一種の仲裁役の役割だ。

 渋々その要望を受けるうち……頭がおかしくなった。


 クレーマーは異常者だった。

 こちらがSNSでどう書いても誹謗を止めず、それを読んだ小鳥遊は激怒し、矛先がついにこちらに向いた。

「君がもっと戦わないから相手がつけあがるんだ。戦え。奴を罵倒しろ。命令だ!」


 朝昼問わず攻撃命令がメールで届き、スマホに電話がかかり、督戦が続き……完全にこちらの仕事の手が止まった。


「これはやり過ぎです、小鳥遊さん。今後の依頼はお受けできません」

 大先輩にスマホ越しにそう告げると、小鳥遊厳は一転してこちらを嘲笑、罵倒し始めた。


「君と僕の間には絶望的なまでの知的格差がある。僕に逆らうとどうなるか、判っているんだろうねえ。この業界では生きていられなくなるよ。ひゃっはっは……」


 ねっとりとした、嫌らしい笑い声がスピーカーから響いた瞬間、絶望感で意識が遠くなり、鬱病と不眠症が再発した。


 再び精神科の門をくぐり、治療が始まった。

 教育実習生時代、お世話になった精神科医は一連の症状を見て、こう告げた。

「ここは一つ、忘れるお薬を使いましょう。かなり強力な奴を、です」


 実際、その薬は凄かった。

 投薬すると過去の記憶がごっそり飛んだ。

 それだけではない。スーパーに買い物に行く際、何を買うつもりかという短期記憶さえ削られた。


 歩いているうち、買うモノを忘れてしまうのだ。

 鳥は三歩歩くと過去のことを忘れると言うが、まさにその状態だ。


 以後、買い物メモが必須になり、行動予定も細かくメモに書かないと外出できない様になった。


 これからいったいどうなるのか。

 病院に通う経路に高台があった。

 ガードレールから下を覗くと地面まで三〇メートルほどの高さだ。


 この高さから身を投げれば数秒後には大地に激突、即死するだろう。

 自死を考えることが増え、医者にそれを伝えるとさらに投薬量が増えた。


 約二年その状態が続いた後、ようやく医者から『もう大丈夫』と、投薬終了宣言が出た。

 その間、俺の軍事知識はごっそり喪われていた。


 特に例のモンスター──小鳥遊が得意分野としていた第二次大戦欧州戦線の分野が根こそぎ削られた。ドイツ軍に関する初歩の初歩、OKHとOKWの違いすら説明できなくなっている自分に唖然とした。ロシアの将官名も記憶の中からその大半が喪われた。


「それは連想記憶の消去という奴です」

 精神科医の説明に俺は納得した。


 小鳥遊厳と欧州戦が結びつくから記憶が消された。そういうことらしい

 それでも比較的短期のブランクで執筆再開ができたのは、近代戦と太平洋方面の知識が残ったからだ。

 その日の朝、俺は呼び鈴に起こされた。

 前日にネット注文した書籍が早々に届いたのだろう。そして、ドアを開けた瞬間。

 不意に真っ白な光に包まれた。


 あまりの光量に咄嗟に目を閉じ掌で顔面をかばうが、無駄だった。瞼を突き抜け光の奔流が押し寄せ、意識が遠のく。

 核爆発と見紛う強烈な光だった。



 そして振り出しに戻る。


 朦朧とする意識の中、身体が揺れる。

 気がついたら仰向けに寝かされていた。

 車輪の回る音と金属音、外国語が交差する。


 なんだ、これ?

 病院か?

 病院の廊下をストレッチャーで運ばれている感じだ。


 薄目を開けるがまぶしさが続き、よく見えない。

 それよりおかしいのは外国語だ。なぜ聞こえる? ここは日本だぞ。なぜ?

 あれ? しかも……言っている意味が判るぞ。


 何語か判らないが、早く運べ……乗せてしまえばこっちのもの……云々、激しく言葉が飛び交っている。

 こっちは簡単な英語しか話せないぞ。


 言葉は明らかに英語ではない。

 おかしい……。


 ドン……と、下から突き上げる衝撃が来た。車輪の接地面が変わったのだ。

 ガラガラガラ……壊れた滑車のような振動と共にストレッチャーが進む。


 衝撃が激しい。コンクリートの上を走っている感覚だ。

 それに伴い、次第に視野を覆うヴェールが薄れてきた。

 煙幕が薄れ、うすぼんやりと対象が見えた。


 制服だ。

 軍服姿の男がストレッチャーを運ぶ男たちに命じている。

「コクピットに乗せるぞ。用意、1、2、3……!」

 強引に膝を曲げられ、身体を起こされると同時に身体がふわりと宙に浮いた。


 そのまま無理矢理『何か』に乗せられ、帽子のようなものを被せられる。

 足元に何か、ペダルのようなものが当たった。左右に一つずつだ。


 続いて右手が棒状のものに添えられると共に、視界が拓けた。

 戦闘機だ。

 戦闘機に乗せられている。


 現代の戦闘機ではない。作りは明らかにレシプロ。

 第二次大戦時代の戦闘機、そのコクピットの中だ。


 次の瞬間、風防が閉じられ、帽子に仕込まれたレシーバーから男の声が聞こえる。

黒田彩夏(くろださいか)、聞こえるか。今から融合を開始する」

 融合? 

 それより黒田って誰だ?


「今から俺の言うことを復唱しろ。『エリキウス・カム・ヒア』『融合、開始』いいな」

 黙っていると再び同じ声がそれを命じた。

「急げ!」

 俺はやむなく復唱した。


「『エリキウス・カム・ヒア』『融合、開始』」

 その瞬間、視野が歪み、コクピット全体を透明な何かが突き抜けた。

 粘性のある、スライムを思わせる感触が肌を這い、耳を覆い、顔面を覆う。

 思わず瞬いた。


 液体の中にいるのか?

 いや。呼吸はできる。スライムの感触は一瞬で終わり、口蓋は空気を感じた。

「融合成功。黒田彩夏、聞け。お前はこいつで飛べる。情報のインプットは確認済みだ」


「あんた、何者だ! 俺は黒田じゃない、鳥飼だ!」

「操作はいつもの戦闘機と同じだ。スロットルを開けば前進、操縦桿の押し引きで上昇下降、傾けるのは操縦桿を横に倒せ。足元左右のラダーペダルは旋回と横滑り。いずれも飛行機の操縦に準拠する」


 その刹那、サイレンの唸りが一斉に響いた。

 「空襲警報」の叫びと共に対空砲の発砲音が続き、スピーカーから音声が爆発する。


「攻撃法だが、切羽詰まった時は『ファイアブラスト』と唱えろ。そして今は『飛べ』と強く念じろ。そして、敵機を墜とせ!」


 次の瞬間、足元から轟音が湧いた。

 強烈なG──重力が全身を覆い、視界が一気に拓ける。


 俺は蒼穹に浮かんでいた。

 風防越しに下を見ると飛行場とおぼしきものがマッチ箱ほどの小ささで見える。

 背もたれの後ろから轟音が響き、俺を乗せた機体が加速したその時──。


 前方から仕事柄見慣れた機影が視野に飛びこんで来た。

 資料映像、写真、イラスト、三面図で散々見た戦闘機。

 液冷単発。第二次大戦のドイツ製戦闘機メッサーシュミットBf109が一瞬で拡大、そして──。


 衝突した。

 真っ正面から俺の乗る機体に突っこみ、大爆発を引き起こす。


 目の前が真っ赤に染まり、炎の塊がコクピットを包んだ瞬間、ああ、死んだ、と思った。

 戦闘機と正面から空中衝突して、無事なはずがない。


 核爆発級のもの凄い光を浴び、死んだと思ったら戦闘機に乗せられ、もう一度死ぬ。

 不条理だ。いや。狂ってる。

 が──。


 なぜか俺は生きていた。

 爆発したのはBf109だけ。

 俺の乗る機体は爆発をモノともせず飛び続ける。


 あり得ない。なんだ、これは。

 その時、気がついた。

 自分が何に乗っているかを。


 コクピットの視界は360度に変化していた。

 継ぎ目のない全球状の視界が前にある。

 アメリカのステルス戦闘機F35に採用された全球状視野モニターに勝るとも劣らない視界が目の前に広がっていた。

 前方に巨大生物の頭部が見える。

 

 それはドラゴンだった。

 ドラゴンに乗った俺は、Bf109と正面衝突、これを撃墜したのだ。

「なんだ、これは!」


 俺の叫びを合図のように列機を墜とされたBf109の群れが一斉に突っこんで来た。

 主翼と機首が赤輝し、敵戦闘機から機関銃の曳光弾が続け様に放たれる。

 轟音が湧いた。


 記録映像で何度も見た戦闘機同士の空戦、銃撃、爆音が周囲を満たす。

 違いは自機のエンジン音が聞こえない事だ。こっちはなにしろドラゴンだ。いったいどうやって飛んでいる?


 羽ばたきは、ない。翼は固定で空を滑るように飛ぶ。いや……ドラゴンの加速を感じる。胴体後方からブレードをすり合わせるような高周波音と、鈍い唸りが微かに聞こえる。この音は……。

「まさか……ジェットエンジンか?」


 飛翔するドラゴンが発する音は旅客機に乗った時に聞くエンジン音そっくりだった。ドラゴンの体内にジェットエンジン? 思わず振り返ったその時、一機のBf109が急接近するのが見えた。

 次の瞬間、敵機の機首と両翼が赤輝した。


 機銃の発砲だ。

 音速の二倍を超える弾速──平均800メートル/秒で放たれた弾丸が俺のドラゴンに向け突き進む。相手は手練れだ。こちらの未来位置めがけ照準を合わせ弾丸を放ってきた。


 まさに弾着の瞬間、思わず瞬いた。

 どうなる?

 空中に次々と炸裂が湧き起こった。


 立体画像立体画像(ホログラム)を思わせる緑の発光八角フレームが胴体後部に生じ、敵機銃弾を遮るのが判った。フレームに触れた機銃弾が次々と爆発し、曳光弾が遮られた。貫通する弾は一発もない。

 バリアー? あるいはシールド?


 イメージとして湧いたのはSFや魔法ものアニメでよく見られるシールド効果だ。

 フレームをよく見ると魔方陣を思わせる方形と異質な文字、記号が空中で発光している。俺はある意味納得した。Bf109との正面衝突もこれら魔方陣の力で耐えられたのだ。


 一瞬のうちに敵機がドラゴンを追い抜く。

 反撃だ。何か武器は?

 片手に握る操縦桿の先に機銃の発射ボタンがあった。


 照準器は? 前だ。

 前方に一九四〇年代の標準的な光像式照準器があった。照準環がBf109を捉えた瞬間、思わず機銃の発射ボタンを押していた。


 轟音が湧いた。

 発砲音と共に機銃の作動音が続き、ドラゴンの胴体から曳光弾が続け様に放たれた。橙色の光が煌めき、敵機と交差した一瞬──。

 爆発が湧き起こる。


 そこから先は夢中だった。

 照準器内に飛びこんで来る敵戦闘機に合わせ、ドラゴンを操り、照準環に捉えた直後、引き金を絞る。

 機銃の数は複数、最低でも四門搭載されているらしい。こちらの機銃に撃たれ、炎の塊となったBf109が乱舞する。


 都合五機を撃墜したところで機銃の弾が尽きた。恐らく無駄撃ちをしすぎたのだ。

 前方から編隊を組み直したBf109が向かってくる。撤退の二文字が脳裏に浮かんだその時、コクピットの一角が赤く輝くのが見えた。


 視線を向けるとそれはある種のセレクターだと判った。

 切り替えスイッチがついていて、赤ランプが点滅している。

「これか?」

 思わずセレクターを切り替えた。


 その瞬間、照準機構が現代戦闘機のヘッド・アップ・ディスプレイ──視野内情報投射照準機構と類似するものに切り替わった。


 同時にコクピットに押しこめられる特に聞いた命令呪文『ファイアブラスト』が脳裏に浮かび、俺はそれを唱えた。

「ファイアブラスト」


 途端にヘッド・アップ・ディスプレイが青く輝き、七機の敵戦闘機に対し△のマークが次々と追尾に入る。全機に△が重なった瞬間、革帽子の内蔵レシーバーがブザー音を鳴らす。こうなれば現代の戦闘機かフライトシムのゲームと同じだ。


 導かれるように俺は発射ボタンを押した。

 途端にドラゴンが唸りを発した。

 高周波音と共に目も眩む赤い焔が空中を走り、なぎ払うようにして敵戦闘機七機を次々と撃破していく。


 焔が途切れたその時には、敵戦闘機はすべて爆発、炎上、撃破され、紅蓮の塊となり大地に向けて破片を撒き散らしていた。


 俺は唖然としつつドラゴンを旋回させた。

 交戦から三分もかからずBf109の一二機編隊が全滅した。

 一個飛行中隊をわずか一頭のドラゴンが壊滅させた……。


 いや。他人事ではない。

 それをやったのはこの俺、鳥飼理人なのだ。

 無線が鳴ったのはその時だ。


「ブラボー、初陣で一二機全機撃墜とは恐れ入ったよ、黒田彩夏」

 三〇代とおぼしき男の声だった。むろん日本語ではない。英語だ。反射的に俺は怒鳴り返していた。

「どういうことなんだ、説明しろ。それに俺は……」


「黒田じゃない。その言葉が事実なら、君は能力付与型ではなく、精神転移体、過去から転生したドラゴンナイトだ。我々デンマーク空軍は君を歓迎する。降りてこい」


 デンマーク。

 ここは、デンマーク上空だというのか。それに精神転移体はなんのことだ?


 さらに続く言葉は、ドラゴンナイト。

 意味は『竜に騎乗する者』だ。

 まさに現状そのものと言える。


 俺はラダーペダルを踏み、操縦桿を傾け、高度を落としていった。滑走路が下に見え、拡大する中、フライトシムの記憶を元にドラゴンを着陸状況に持っていこうとするや、無線が入った。


「そうじゃない。伝え忘れていたな。まずは口頭で『融合解除』と声に出して宣言するんだ。すると君を乗せた戦闘機──スピットファイアとドラゴンが空中で分離する。君はスピットファイアを着陸させ、無人になったドラゴンも自然と降りてくる手はずだ」


「俺がスピットファイアを降ろす? 無理だ。実機を飛ばしたことなんて一度もないぞ」

「大丈夫。ドラゴンナイトは基本的にあらゆる種類の航空機を操縦できる。そうインプットされているんだ。やって見ろ」


 無線には諧謔(かいぎゃく)とも揶揄いともつかぬ嫌な響きがあった。が、今はそれを信じるしかない。

 俺は口を開き、

「融合解除」


 全球状視野モニターが解除され、代わりにキャノピー──風防から次第に遠ざかるドラゴンの姿がはっきり見えた。


 彼我の位置関係は、前方数十メートル先にドラゴン、その背後に俺の操るスピットファイア戦闘機だ。

「融合解除の成功、おめでとう。黒田彩夏」

 無線が鳴り、例の男の声が続く。


「ドラゴンは放っておいていい。自然に降りてくる。今はスピットファイアを着陸させることだけに神経を集中しろ」

「了解」

 応じるや操縦桿を傾け、ラダーペダルを軽く蹴った。


 機体はスムーズに指示に従い、ゆっくりと旋回を始める。

 驚いたことに、どうすれば機体が飛び、どうすれば降りられるのか、全ての知識が自然と頭の中に整理され流れていた。喩えるなら、自転車の操縦法を充分習った者が、自然と自転車を操り、走っているような感覚だ。


 スピットファイアの失速速度、機体の癖も感覚的に把握できている。

 俺は滑走路に向かい、スロットルを絞りつつフラップを降ろし、主脚を下げた。

 高度が自然と下がる中、操縦桿を加減し、着陸コースに機体を入れ……やがて、主輪が滑走路を捉えた。


 ブレーキをかけつつラダーを蹴ると誘導路が……そして格納庫へと続くルートが判った。

 機体を格納庫に寄せつつエンジンを切るや、周りを取り巻いていた整備兵や軍服姿の男たちがこちらに駆け寄る。

 俺はキャノピーを開け、スピットファイアから降りた。


 途端に背中を叩かれ、例の男の声が直に響いた。

「一二機撃墜、おめでとう。黒田彩夏」

 振り向くと金髪碧眼の偉丈夫が立っていた。


 身長は一八〇センチほど。中肉中背で筋肉質な体つきなのが制服の上からも見て取れる。

 第一印象は

「上司にしたくない暑苦しさのあるタイプ」だ。


 のっけから喧嘩を売ってもしかたがない。俺は

「無線で俺に指示を出していたのは、あんたか?」


「その通り。デンマーク空軍イースコウ基地のイエンヌ・ペーターセン少佐だ。よろしくな」

「最初に言った通り、俺は黒田じゃない。鳥飼理人だ。基本的な部分で誤りがあるようだな」

 静かにそう応じると、ペーターセンは肩をすくめた。


「伝承通りの反応だな」

 続いて彼は後ろに控える下士官に尋ねた。


「鏡の用意は?」

「できています」

 うなずいたペーターセンは、俺を見て微かな笑みを浮かべた。


「ならば、今の君の姿を見せよう。これが、今の『君』だ。鳥飼理人君」

 人垣の輪が崩れ、大判の鏡を持った男たちが姿を現す。衣料店で試着服の確認に使うような大きな鏡だ。

 そこに写る姿に俺は動揺した。


 鏡の中に、ペーターセン少佐の隣に立つ若者の姿があった。

 若者と呼ぶにも早い。少年だ。


 黒髪、黒い瞳、日焼けした肌に整った目鼻立ちが描かれ、こちらを見つめ返している。つぶらな瞳が印象的だ。


 俺がペーターセンを見ると、鏡の中の少年も彼を見つめた。

 右手を鏡に降ると、鏡の中の少年も同時に手を振り返す。

 片手を上げても同じ反応が瞬時に返り……顔面から音を立て血の気が引いていくのが判った。


「だから、言っただろう。今の君は、黒田彩夏だ」

 ペーターセンの諧謔混じりの英語が耳朶を打つ中、俺はめまいにも似た感覚に襲われた。

 視野が暗転し、膝関節が文字通りへたりこみ、次の瞬間──。

 その場に気絶した。


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