第6話 正ヒロイン二人目
朝。通学路で瑠香に意味深なセリフをぶつけられてから、どうにかこうにか数時間が経過。
色々と気になるものの、伊刈虎彦の意識を乗っ取るような形でラバポケの世界に転生した俺は、なんとか放課後を迎えて学校での一日を終えた。
「はぁ……疲れた……」
帰りのホームルームが終わった騒がしい教室内で、深々と息を吐く。
本当に今日一日は大変だったのだ。
なんとか伊刈虎彦を演じるものの、普段周りにいる奴らは俺の違和感を見抜く。
意識が正木俊介である、なんてそこまで具体的に当てる奴はいないものの、いつもと喋り方が違うだの、雰囲気がダサいだの、失礼なことを多々言われた。
微妙にイラつきながら、それでも俺は生まれ変わった伊刈虎彦なのだ、とよくわからない設定で誤魔化し、とりあえず事なきを得た。
しかし、頑張って虎彦のこと演じたのに、周りにいる奴らってのはよく見てるもんだ。
違和感なんて抱くかね。俺、悪役であるこいつのことは喋り方とか含め結構知り尽くしてるのに。
「……さて、と」
帰りの準備を終え、カバンを肩に軽く担ぐ。
教室に長居していると、誰彼に声を掛けられて面倒だ。
放課後は陽花と一緒に帰る約束をしているし、集合場所にしている校門近くの桜の木には、先に着いて待っていたい。
陽花の奴、なんだかんだ瑠香のセリフを気にしていたからな。
鬱陶しがりながらも、本当は瑠香が俺のことを好いているんじゃないか、って。
正直、俺も一瞬そうなんじゃないか、と疑ってしまった。
この世界線でラバポケの主人公――遊星がどういったルートを踏んでいるのかはまだ全然わからない。
ゆえに、バッドエンドの方向へ進んでいる可能性も否定しきれず、疑ったわけだ。
でも、それも俺の中で否定された。
昼休みに聞いたのだ。
「――あ、もう帰んの、伊刈君?」
ちょうど今、俺の背から声を掛けてきた女子。
ラバポケの正ヒロインのうちの一人――佐伯史奈に。
「どしたどした? いつもだったらクラスの人たちとカラオケとボーリングとか、そっち方面に直行してるじゃん? 一人で帰宅って珍しくない?」
明るい声音で話し掛け続けてくる史奈。
さっぱりしていて、こいつはゲームの中のままだ。こうしてリアルに相対すると好感が持てる。さすがは正ヒロインだよな、と思えた。人気ランキングの順位は他ヒロインに比べて低めだけど。
「……別に一人で帰宅ってわけじゃない。義妹と一緒に帰るから」
振り返って答えると、メガネを掛けているロングヘアの巨にゅ……いや、爆乳だな。爆乳美少女はニヤリと笑んだ。
「義妹って、件の可愛い子ちゃん? 確か、名前は陽花ちゃんだったっけ?」
「そうそう。陽花。俺なんかと違って性格も良いし、可愛い、究極の義妹だよ」
やっつけのように言うと、史奈はケラケラ笑い、
「やっぱり今日の伊刈君、すっごく変だね。いつもだったらそこはゲスい感じで笑ってさ、『あいつなんてブスブスw 全然可愛くねぇってw』みたいなセリフ吐いてるところじゃない?」
「……クソ野郎だな。陽花のことをブスとか、目が腐ってるとしか思えん」
確かにそう言いそうなのは否めない。
悪役の伊刈虎彦として生まれて正解だったかも。こいつの腐り切った性根を俺という人格で矯正してやる。
「っふふふ……! しかし、面白いねぇ。何か心変わりするようなことがあったのかな?」
「別に何も。……っていうか、面白いのはお前もだろ? クラス一緒だけど、そんな俺に話し掛けてきてたっけ?」
逆に問い返すと、史奈はニコニコした表情のまま一瞬固まり、やがて「あぁ」と顎元に指をやる。
そして軽く宙を見上げた後、俺の方へ視線を戻し、
「話し掛けなかったね。なんでって、遊星に怒られるから」
だよな。
俺と会話するのは遊星に怒られるし、そもそも史奈は俺のことを嫌っていたはずだ。他の正ヒロインたちと比べても。
「じゃあ、それが何で今こうしてフレンドリーになってる? 放課後だし、廊下から八神が見てたらどうすんの?」
「大丈夫。そうなったらこう返すので。『なんか伊刈君が良い人化してるー』って」
「やめろ。変わったのは変わったけど、別にそんな良い人化まではしてない」
「なら、『重度のシスコンになってるー』とかがいいかな?」
「なおやめてくれ。変な噂が出回る」
ツッコミみたいにして返すと、史奈は面白げにお腹を押さえて笑った。
確かにね、と。
そう口にしながら爆笑だ。
「いやぁ、面白いねぇ。けど、本当に大丈夫だよ。たぶん、今の君と接してても遊星は怒らない。むしろ、遊星も伊刈君見て面白い奴になってるって言うかもしれないよ」
「なんか嫌だな。イジる流れみたいなのができそうで」
「あははっ! わかんない、できちゃうかも」
言いながら、史奈はすれ違いざまに「じゃあね」と声を掛けられたクラスメイトに軽く手を振って返してる。
俺はそれを見ながら、頭をポリポリと掻いた。早く桜の木の下に行かないと。
「ねえ、伊刈君? 実は私、君に頼み事したいな、と思って今こうやって話し掛けてるんだけど、受けてくれたりとかしないかな?」
「無理だな。今も早いところ校門近くにある桜の木の下まで急ぎたいと思ってるくらいだし」
「ふむふむ。それはまたどうして?」
「義妹と待ち合わせしてるんだ。そこに集合して、一緒に帰ろうってな」
担いでいたカバンを担ぎ直す。
すれ違うクラスメイトに今度は俺が話し掛けられた。
「また明日な」、「妹ちゃんによろしく」と。複数人だ。
簡単に返し、史奈の方へ視線を戻す。
彼女はにこっと笑みながら、「へぇ」と呟いて続ける。
「でも、もしかしたらその必要も無いかもよ?」
「……? いや、そんな無いとかお前が決めることじゃ――」
「後ろ見て?」
指差しながら史奈は言った。
示しているのは教室の出入り口だろうか。
俺はすぐにそっちへ目をやる。
すると、だった。
「あ……!」
史奈は笑う。
笑いながら、面白げに言った。
「妹ちゃん、私たちの教室まで来てくれちゃってるし」
と。
ジッとこちらを睨んでいる陽花を見やりながら。




