第19話 二人きりの部屋。陽花は葵。
部屋に入るや否や、言葉通り俺は陽花からキスされた。
それは軽いものなんかじゃなく、俺の何もかもを奪うような、暴力的で、しかし優しいものだ。
「とらくん……とらくん……私が上書きする……あの女のキス……私が上書きするの……」
それだ。
きっと陽花の目的はそれで。
俺は今、陽花に洗われている最中なんだと思った。
抵抗することなく、ただ義妹に身を預ける。
ツインテールが揺れて、陽花の前髪が額に触れた。
汗ばんでいて、互いの吐息と吐息がぶつかる。
ごめん、と。
謝罪するように俺は舌を陽花のものに絡ませた。
「……とらくん……」
俺の弱々しい積極性を感じたからか、陽花はいったん唇を離して静かに俺の名前を呼んできた。
その瞳にはどうしようもない興奮が見て取れる。
俺も溺れたくなっていた。
この密室の雰囲気に。
血の繋がりの無い、義妹との絡みに。
「……陽花……俺は……本当のところお前の知ってるお兄ちゃんじゃないんだよ」
「知ってるよ。九条部長にそう言われてたのも聴いてたから」
「……それでも、いいのか?」
小さな声で問うと、陽花は静かに頷く。
「構わない。どんなとらくんも私は好きだから。私の傍にいてくれて、私を大切にしてくれるお兄ちゃんだから」
血の繋がりは無いけど。
俺が付け足すように言うと、陽花は冗談っぽく「幸運だよね」と返してきた。
血の繋がりがないからこそ、こうして心置きなく好きなことができる、と。
でも、俺は思う。
きっと陽花は、血の繋がりがあってもこうして俺を求めてきていたんじゃないか、と。
それは勝手な想像でしかなく、俺の妄想でしかないのだが。
「……とら……くん……」
顔と顔が近い。
抱き合う俺たちは、その一線を越えるかのようにベッドの上へ移動した。
「そういえば……ここはエロゲの世界だった」
呟くと、陽花は小さく笑い、
「そういうの、今は無し」
と返してくる。
俺たちは、そのまま電気をつけずに肌と肌を重ねた。
二人きりの部屋。
父さんと母さんが家に帰ってくるまで。
●○●○●○●
ふと、俺は陽花に尋ねた。
葵は陽花なのか、と。
彼女はハッキリした答えをくれない。
誤魔化すわけでもなく、本当によくわからなさそうにして苦笑するだけだ。
「わかんない。でも、もし私がとらくんの言う葵さんなら、そうだったらいいのになぁ、って思う」
素肌を晒し、布団にくるまった状態で言う陽花。
俺は少しだけ間を空けて義妹に返す。
「不思議なんだ。なんで俺はこんなにも陽花のことが好きなのかなって」
また陽花は笑う。
そんなの、私が可愛いからだよ、と。
冗談っぽく言ってきた。
それは間違いないと思う。
でも、それだけじゃない何かがあったのだ。
「そういや、九条部長は葵の記憶が無くなってるって言ってたな」
「じゃあ、私なんじゃないの? 葵さん」
「そういう感覚ある? 生まれ変わった感」
「無いよ。あるわけ無いじゃん。生まれた時から私は私だし」
変な質問だ。
そう返すしかない。
俺も自分で笑ってしまった。何を言ってるんだろう、と。
陽花の髪の毛を指先でいじりながら。
「でも、葵さんにもし会えたとして、とらくんはどうしたいの?」
上目遣いで問いかけてくる義妹。
核心をついてくる質問に対して、俺はふと考え込む。
「どうしたいの、か。そう言われると……悩むな」
「伝えたいことがある? 好きだよって」
別に好きだよに限った話ではないと思うのだが。
真顔で問われて、いったん俺は否定した。
「好きだよ、に限った話じゃないけど……なんていうか、なんで死んじゃったのかとか、死ぬ前は楽しく生きてたかとか、色々聞きたい」
「色々、ね。そんなに好きなんだ、葵さんのこと」
「好きだな。過去形じゃなくて、たぶん俺はずっと好きなんだと思う。転生してまでこうしてあいつの影を追っかけてるから」
転生する前はその辺りが曖昧だった。
いや、曖昧にさせていた。
正木俊介は臆病な男だったのだ。
そこまで好きな女の子に対しても想いを伝えられない。
「……今なら言えるな」
「……? 何を?」
陽花に問われる。
正直に話した。
「好きな女の子に、好きって言えるよ、って」
陽花はクリっとした瞳で俺をジッと見つめてくる。
そして、改めて横になったまま俺に抱きついてきた。
「葵さんだったらいいな、私」
「たぶん葵だよ、陽花は」
「若野先輩じゃない?」
「違う。絶対違う」
「でも、あの人もとらくんに付き纏ってる」
「それはあいつの訳わかんない行動だ」
言うと、陽花は俺の胸に額をぐりぐり擦り付けてきた。
「監禁しないって言ったけど、したくなってきた」
「それは俺の生活に支障が出る」
「じゃあずっと傍にいたい。とらくんの傍に」
いいと思う。
けど、それは何も陽花からばかりじゃない。
「俺も気を付ける。なるべく陽花の傍にいる」
誓った言葉は、俺の中で深く刻まれた。
若野瑠香。
あいつには今後より一層気を付けよう、と。
強く思うのだった。




