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サニーサイドアップにブラックペッパー  作者: 九曜
第2章 慣性の法則
12/15

/Scene08

ゴールデンウィーク2日目の今日は、紗羅とデートの日。

可純が待ち合わせ場所に着いたときには、すでにトラブルははじまっていた。

8.

 ゴールデンウィーク2日目。

「おはよう、キャロル。よく眠れたみたいだね」

 朝、ベッドの上でむくりと体を起こした梓沢可純は、部屋の隅に寝ているトラ柄の毛皮、もとい、トラ猫のキャロルに声をかけた。

 キャロルは少しだけ首をもたげて飼い主を一瞥すると、すぐにまたもとに戻って数回尻尾を振った。よく眠れたどころか、まだ寝るつもりのようだ。そんなふうに怠惰だから太るのだろう。

「かく言うボクは、ぜんぜん寝られなかったんだけどね」

 可純は苦笑気味に言って、立ち上がった。

 まずはいつものようにパジャマから部屋着に着替える。それから机の上の宝石箱のような小もの入れを開けた。中にはいろんな髪ゴムが。

「……」

 じっと睨んで考えた末、結局、いちばん気に入っているものを取り出した。赤い玉がふたつついたやつだ。

 それを持って1階へ降り、洗面台では鏡を睨みながら、いつもの3倍の時間をかけて髪をセットした。

 これでよし――と満足した瞬間、

「ふぁーあ……」

 あくびが出た。

 夕べはあまり寝られなかった。

 それもそのはず。今日は柚木紗羅と一緒に出かける約束をしている日なのだ。類稀なる美少女であり、校内でも憧れる生徒の多い――もちろん可純もそのひとりの、その紗羅から誘われ、その日を前にして眠れるはずがない。故の、寝不足。

「デート、だってさ」

 可純は鏡に顔を写しながら、思わずにやける。

 紗羅がそう言ったのだ。

 明日はわたしとデートです、と――

 だから、今日彼女と会うのは、デート。

「って、いつまでもこうしてられない」

 可純は顔を引き締め、もう一度だけ自分を見直してから鏡の前を離れた。

 

 待ち合わせは昨日同様、やはり一ノ宮の大スクリーン前。

 いちばん大きな改札口のすぐ目の前にあって、これほどわかりやすい場所はない。待ち合わせに重宝されているスポットだ。

 今日の可純は、白のショートパンツに白とクリーム色のヨットパーカーというスタイル。紗羅と会うこともあって、どんな服を着ていこうかずいぶん悩んだものだったが、最終的に参考にしたのは昨日の樹里だった。いや、かつてはモデルをしていて、今でもファッションリーダーである樹里を真似るというのもむりがある話なのだが、それでも彼女のボーイッシュなファッションは可純にとって都合がよかった。

 尤も、ならこれで紗羅の横に並んで恥ずかしくないかというと、それはまた別問題なのだが。自分とは素材からして違うと思う。

 きっちり15分前に待ち合わせ場所に着いた可純がそこで見たものは、大スクリーン前に立つ紗羅と、彼女に懸命に話しかけているいろいろと軽そうな男二人組だった。可純と同年代の、高校生くらいの少年たちだ。すぐにナンパという単語が思い浮かんだ。それを裏づけるかのように、紗羅の顔は鬱陶しそうで、完全に無視を決め込んでいいるようだった。

 ――そりゃナンパもされるよ。あの容姿だもの。

 むりもない、と苦笑した。

 取り込み中だが(主に少年たちにとって)、こうして見ていても仕方がないので近づいていく。自分が行けば紗羅もそこを離れることができる。助け舟にはなるはずだ。

「あのー……」

 可純はおずおずとその場に進み出る。

 その声を聞いて、ナンパ少年を無視するようにそっぽを向いていた紗羅の目が可純を捉えた。途端、ぱっと笑顔を見せる。

「すいません。遅くなっちゃって」

「ううん、いいのよ。それにまだ時間になってないんだから」

 確かにまだ時間前なのだが、紗羅を待たせてしまった上、少なからず彼女を不愉快な目に遭わせてしまったのだ。やはり申し訳なく思う。

 遅れて少年たちも可純へ振り返る。

「待ち合わせしてるっていうトモダチ?」

「うわ、なんか黒っ。日焼け? てか、黒人?」

 直後、何がそんなにおもしろいのか、ふたりで笑い出す。

 可純は一度、目だけで天を仰ぎ、おもむろにため息を吐いた。

 またか、と思う。

 肌の色のことはよく指摘されることだし、黒人だなどと言われることもある。実際、可純のルーツのひとつはカンボジアだ。有色人種の血を引いている。それがなんだというのか。マイケル・ジャクソンだって作品の中で言っている。『It don't matter if you're BLACK or WHITE.(黒か白かなんて関係ないさ)』と。だから、それを指摘されて傷ついたことは一度としてない。先ほどのように、またかと思うだけ。だいたい有色人種を目にしただけで笑えるメンタリティの持ち主の中には、時々日本人が白人だと勘違いしているものもいるのだ。そんなのを見れば呆れもする。

 不意に、破裂音にも似た乾いた音が、可純の耳を打った。

「人の肌の色を笑うなんてサイテー」

 最大級の軽蔑が込められた紗羅の声。

 どうやら紗羅が少年のひとりの頬を、平手で張ったようだ。驚いて動きを止める二人組。バカ笑いも止まっている。

「行くわよ、可純くん」

 言って可純の手を掴み、ナンパ少年たちに背を向けて歩き出した。可純は引かれるままについていく。

 しかし、一瞬は圧倒されたものの、女の子に平手打ちを喰らって黙ってはいられないのが少年たちのほう。

「ちょ、ちょっと待てよっ」

「ついてこないでくれるかしら?」

 負けじと紗羅もくるりと振り返り、間髪入れず言い放つ。

「これ以上わたしたちにつきまとうなら、大きな声を出すわよ」

「あぁ?」

 それでも少年たちは引き下がらない。それどころか威嚇するような声を上げる。頬を張られた上、ここまで言われて、頭に血が上っているようだ。紗羅が大きな声を出すまでもなく周りがざわつきはじめているのだが、彼らにはそれが見えていない。

 と、そのときだった。

「おっと、そこまでだ」

 いきなり現れた誰かが少年たちの間に割って入り、それぞれの肩を抱いた。

「我が校のお姫さまたちが帰れって言ってるんだ。素直に失せようぜ。……な?」

 馴れ馴れしい態度で肩に手を置いてるが、その実、がっちりとホールドしている。

 突然ふたりの間にぬっと出てきた顔を、可純はよく知っていた。

「あぁ? 誰だよ、お前」

「俺? 俺は翔星館高校3年、相坂恭一郎。よろしく」

 そう。そのスタイリッシュな眼鏡の似合う繊細なつくりの顔は、『翔星のプリンス様』こと相坂恭一郎だった。

「あ、相坂って……」

「あの相坂かよ……!?」

 少年たちは口々に驚きを表す。

 相坂は何も言わない。

「ちっ」

「行こうぜ」

 結局、ふたりは乱暴に相坂の腕を振り解くと、集まっていたギャラリィを押しのけ、悪態をつきながら去っていった。どうやら面倒なことにはならずにすんだようだ。

 残ったのは可純と紗羅と、相坂。

「よ、大丈夫か? 梓沢に、柚木」

 その相坂は悪ガキのような笑みを見せる。

「相坂君、あなたねぇ」

 だが、紗羅はなぜか明らかに怒っていた。

「おっと、今日はたまたまだぜ、たまたま。知ってるだろ、センター街の楽器店。あそこに用があってきただけ」

「……」

 そんな説明にも紗羅は、腕を組んで睨みつけるだけ。可純はというと、そのふたりをはらはらした思いで、交互に見ることしかできなかった。

「安心しろよ。今日の俺はプリンスじゃなくてナイトだからな。役目は終わったみたいだし、これで退場するさ」

 相坂はやれやれとため息をひとつ。

「じゃあな」

 そうして身を翻し、背中越しに手をひらひら振って、立ち去った。

「まったく……」

 と、紗羅。

 こちらもため息だった。

 そして、可純もやはり、紗羅と遠ざかる相坂の背中を交互に見、ただただ首を傾げるばかりだった。

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