8.偽伯爵令息は一日目の社交界で苦戦する。
王宮で開かれる社交パーティーは、全貴族参席することができる。それは、モンターニュ伯爵家も同様だ。辺境伯爵貴族ではあるが、堂々とした貴族であることに変わりはない。少し下の身分であっても、平民からすればみんなきらびやかに見えるものだ。
社交界一日目――――。
王都に到着し、そのまま城で開かれる夜会へ参加するため、ルシアン・モンターニュとビート・モンターニュは馬車で城の門を潜り抜けた。初めての王都は、アベルが暮らす土地とあまりに違ったため、王都に入った瞬間外の景色を見て思わず息を飲んだ。大きな建物、たくさんの人々、いろんな店、カラフルな服装――――。
見慣れない景色に目が食い入るほど見つめていると、ビートが苦笑した。
「はは、初めて見るようじゃないか。さぞ珍しかったようだ。」
アベルは途端に顔を赤らめて、恥ずかしくて顔をうつむかせた。
ただの貧乏なガキと思われているかもしれない。そうだったら恥ずかしすぎる。身なりもせっかく貴族っぽく装ったのに、これでは貧乏人丸出しだ。
もっと貴族感を出そうと、アベルは背筋を伸ばして控えめに窓の外を眺めた。やっぱり、王都は雰囲気がまるで違う。人が、土地が、建物が、生きている。呼吸をしている。活発に活動をしている。その生き生きとした雰囲気が、アベルを魅了した。
「王都はやはり生き生きとしておるな。」
ビートが目を細めた。ビートは久しぶりに王都に来たらしい。しばらく社交界には顔を出していなかったそうなのだが、今回アルフォーレの頼みでわざわざ王都まで来てくれたそうだ。ありがたすぎる。
アルフォーレはと言うと、全力で寝ていた。外の景色に全く関心がない。見慣れているのか、あるいは本当に興味がないのか、あるいは疲れているのか。ビートの横の席で堂々と眠りこけている。
「あの、すみません。アルフォーレが寝ちゃって……。」
「ああ、かまわんよ。ギルド長てのは忙しいもんだからね。アベルくんの身分を用意したり他のギルドに打ち合わせに行ったり依頼人と会ったりして眠る暇もなかったんだろう。」
ビートの言葉に、アベルはまじまじとアルフォーレの顔を見つめた。いつもなにをしているのかよくわからなかったが、想像以上にギルド長というのは大変な仕事のようだ。
到着したのか、ガタガタ揺れていた馬車が止まった。続けて扉が開き、「お降り下さい。」と言葉がかかる。先に、ビートがよっこらせと降りた。次に、アベルが降りる番になった。ビートが降りやすいように手を差し出してくれている。恥ずかしながらもその手をとり、高さのある段差を飛び降りた。アルフォーレが一番最後だ。ヒラリと馬車から降り、髪を軽く撫でて整えている。
外は薄暗かった。昨日の朝に出発したはずなのに、もう夕方だ。アベルの住む町というのは、ここからよほど遠いところにあるようだ。
「ちいと、早く着いたようだな。」
ビートは懐から魔術器具の時計を取り出して時間を確認した。
「夜会は一時間後だ。だが、まあ、何人かはもう来とるだろうし……中に入って先に楽しんどるか?」
「そうだな。それもありだ。」
アルフォーレはうなずいた。
「アルフォーレも中に入るの?」
アベルは首をかしげた。アベルはビートの息子という体で夜会に参加することができるのだが、アルフォーレはそうではない。いったいどうするつもりだろうかと思っていたら、アルフォーレはニヤリと笑って言った。
「俺は今日は使用人なのさ。従者として入るから、まあ、俺の事は気にせずやってくれ。」
そして、アベルの耳に付けられたピアスを指した。耳に取り付ける式の超小型無線機だ。
「すべての指示は、マハルがする。お前はその指示を聞いて従えば良い。俺は、マハルがちゃんと周囲を確認できるようにカメラを持ってなきゃいけないんでな。」
アルフォーレはアルフォーレでちゃんと役目があるようだ。通りで今日、おめかししていると思った。
アベル一同はひとまず控え室に入り、夜会の準備をした。アルフォーレは髪を銀色にして、黒のジャケットを羽織り、白手袋をはめた。見た目が落ち着いて、すっかり従者らしくなったのでなんとも不思議だ。しまいには「私もご一緒に参ります、お坊っちゃま。」なんて言うものだから、気持ち悪くて思わず顔をしかめた。
「何ですか、お坊っちゃま。お坊っちゃまこそルシアンとして振る舞わなければならないことをお忘れではないでしょうね。今回の夜会では何としてでも公爵家の人間と関係を結ぶのですよ。」
言い方こそ丁寧だが、目が野獣のように鋭い。失敗はするなと言うことだろう。情報調査員として初めてで、貴族の夜会にも初めて参加するアベルには酷ではないだろうか。そう、うまくいくものだろうか?
アベルは急に緊張してきた。失敗してはならない――その言葉がプレッシャーとなって、急に重くのしかかってくる。全てはアベルの振る舞いにかかっているというのだ。
「ま、そうピリピリするでない。」
ビートが明るく言った。
「こういうのは軽い気持ちでやるもんだ、緊張したら逆にうまくいかないものさ!」
さ、もう行こう。
ビートはそう言い、アベルを控え室の外に出した。アベル達は長く続く廊下を歩いた。一歩踏み出すたびに、大理石の床が鳴り響く。外は暑かったはずなのに、廊下は冷えている。
廊下を曲がると、社交パーティーホールの入り口が見えた。城に入場する際に招待状は見せたので、再度見せなくても良かったはずだ。入り口に立っているポーターが、アベル達に聞いた。
「二名様ですか?」
違います、三名です、と言おうとしたアベルを遮って、ビートが左様である、と肯定した。そうか、従者はカウントしないのか。
「それではご入場ください。」
ポーターは重そうなホールの扉を開け、入るよう促した。
「うむ、では行こうか、ルシアン。」
「はい、お父様。」
ビートが差し出した手を、アベルはそっと握る。背筋を伸ばし、余裕のある佇まいを心掛ける。なるべくビートの歩く速度似合わせて、アベルも前に進んだ。
「ビート・モンターニュ伯爵様とルシアン・モンターニュ様のご入場です!!!」
会場いっぱいに叫ばれたその入場者を告げる言葉が、アベルをピリピリと刺激した。
――――僕はアベルじゃない。ルシアンだ。ルシアン・モンターニュ。
伯爵令息になりすませ。もう、平民じゃない。僕は、貴族だ。
足で一歩一歩を確かに踏んでいるはずなのに、なぜか周りがスローモーションに見える。まだたいして人はいなかった。大きなホールにちらほら人がいるくらい。こちらに注目している人もそういない。
「ルシアンや。」
ホールの端の方まで来て、ビートがルシアンに優しく語りかけた。
「もっと人が来てパーティーが本格的に始まったらの、私は挨拶と言うものをしないといけないのだよ。」
「社交儀礼ってやつ??」
「なんだよく知っとるではないか。」
ビートは感嘆した。
「そうだ、もちろんただ遊びに来たやつもいるが、そんなのは若い子くらいだ。大人は政治的な見解を求めて来る者が多い。なので軽く、な、話を交わさねばならんのだよ。」
アベルはうなずいた。
「うん、僕はその間に貴族の子供達の集まりに入っとけば良いんだよね。」
「その通りだ!よくわかっとるの。」
ビートは嬉しそうに手を叩いた。まるで孫に接しているみたいだ。
それからアベルとビートは、人が増え本格的に社交が始まるまでの間、準備された間食に手を出したり、ソファに座っていたり、たまに挨拶に来た人に挨拶を返したりしていた。
だが、人が増えるとともに、なぜかアベル達をしてひそひそ噂する婦人や令嬢達が現れてきた。何なのだろう、背筋が冷える感じがする。不安になって、思わずビートの服の袖を掴むと――――
『ほらほら、なにやってんの。君は今貴族なんでしょ、習った通りに振る舞うんだよ!』
いきなり、声が聞こえた。いや、あのピアス型の超小型無線機から出てくる声だ。ということは、今マハルがアルフォーレの持つカメラからアベルの様子を伺っているということだろう。
アベルは言われた通りに背筋を伸ばし、佇まいをただした。
『君を見てひそひそ言ってるのは、多分だけど君が綺麗な顔をしているからさ!自信を持てば良い!』
アベルは苦笑いした。眼鏡をかけてるはずだけど、それでも美しい顔の判別がつくのだろうか……。
不思議で少し疑っていたが、しばらくして女の子が話しかけてきたとき、その言葉は本当であったのだと気づく。
「ねえ、あなた名前は何ですの?」
同い年か年下に見えるのに、話し方はずいぶん貴婦人っぽい。
「こんにちは、麗しいお嬢様。僕は、ルシアン・モンターニュと言います。今回初めて社交に出るので、お目にかかるのは初ですね。」
習った通り、少し微笑みながら優雅な動作でお辞儀をした。すると
「きゃあ!!」
どこかで悲鳴が上がった。
えっ?と思って声のした方に顔を傾けたが、ただ令嬢達がこちらを見ていただけだった。
何なんだろう。なんか、怖い。
『アベルよ………………。ここからが勝負なのだよ………………!!』
耳元で聞こえるマハルの声も、なぜか熱気が含まれている。なにが勝負なのだ。意味深すぎる。
そんなアベルが、数分後には令嬢達に囲まれていたことは言うまでもない。
「ルシアン様、わたくしにも挨拶してくださらないの?!」
「ルシアン様、後で一緒にダンスでもしません??」
「休憩室でおしゃべりでもしましょうよ!!」
「喉乾きませんの?わたくしと一杯いかが??」
ああああああああああああああ
なにがなんだか。
気づけば同じ年頃の令嬢達に囲まれているし、それを少し離れたところから婦人達がにやにやしながら眺めてきている。
これが、社交界なのか!?こんな野蛮なのが社交界と言うやつなのか…………!?
目がぐるぐる回る。眼鏡のズレも気にする暇がない。
『アベル、取り敢えず落ち着け!!令嬢達と離れるんだ!!』
ピアスからマハルの声が聞こえる。が、どうやってそうすれば良いと言うのだ。四方八方に令嬢がいると言うのに。
『良いか?少し気分が優れないので、休んできますね。って言ってみるんだ!!!』
「え??あ、す、少し気分がす――――。」
「きゃーーー!!好きですって!??わたくしのことが!??」
なにを言っているんだ。
「違うわよ!わたくしに向けていったのよ!」
「勘違いも甚だしいわね。そんなわけないじゃない。」
混乱が混乱を呼ぶ。良い訳さえも言わせてもらえずに、アベルはさらに囲まれる。
『アベル!!!さっきの台詞をもう一度言うんだ!!』
どうやって言えと。
「「「ルシアン様~~~~!!!!」」」
アベルは気が遠くなりながら、令嬢達の叫び声を聞き続けた。




