7.偽伯爵令息は社交デビューする。
「さあ、アベル――――――いや、ルシエル!!ついにこの日が来たのだよ!!!」
アベルがヘブンバーで教育を受け始め、早一ヶ月間。
「わかりましたッ!!」
アベルは、いや――――ルシアン・モンターニュ伯爵令息は、習った通りピシッと背筋を伸ばした。真紅の髪にゴールドの瞳は、魔術器具を使った。プラスお守りのような感じだが、身バレ防止のための銀縁のメガネをかけるのを忘れない。
ブランドものの清楚な服を身に付け、明らかに貴族ですという雰囲気が漂う。
アベルはこの3日間、鬼も泣くアルフォーレの熱血指導のもと、貴族っぽく振る舞うためのノウハウを教わっていた。
そして特にアルフォーレに強調された3つのポイントがある。
その一 姿勢を正す。姿勢が良いだけでも育ちの良さがわかるらしい。
その一 ゆっくりしゃべる。余裕のある感じで、落ち着いて話すんだって。
その一 会話をするときは、聞き手にまわる!相槌も具体的に言ってやるとより効果的!
「これだけやれば大体大丈夫だ。」
と恐ろしい形相でアベルに言ってきたアルフォーレの教えは間違っていないのだと信じたい。
今回の潜入は、アルフォーレにとってよほど重要っぽかった。
情報ギルドでは、すでに持ち合わせている情報を売るのが常だが、たまに超極秘情報を頼まれることがあるらしく、その場合はその情報を得るためにいろいろな手段を使って捜索するらしい。毎回どうやって情報を手に入れるために動いているのかはわからないが、それでも今回のようにアベルに無理矢理契約を結ばせてまでやる調査は初だとマハルは言う。
「まっ、失敗しないように僕が案内するから大丈夫だよ。」
マハルは優しそうな目元を緩ませながら自信ありげに言った。
情報ギルドにはチームがある。まず、アルフォーレはギルド長。依頼を引き受けたり、交渉したりする。ルアさんは接客。店の店員と言う形で働いているのだが、実はそれだけではなくて、色気に溢れた見た目を生かして客から情報収集をしていると言う。バーに来る客は様々だが、たまに少し上の位置で働いている人も訪ねてくるそうで、そのようなときには酒で軽く酔わして聞き込みをするそうだ。次に、調査チーム。実際に潜入したりして、情報を奪うチームだ。このチームが一番危険で、難しいという。アベルは今回、この調査チームと一緒に行動する。調査チームは二人いて、マハルは指示担当だ。魔術器具を使って遠隔で相手にどう行動をとればいいのかを指示をする役目だ。マハルは判断能力が抜群に良く、状況を判断しながら適切に指示できるため、主にマハルの指示を聞いていれば良いそうだ。頼りになりすぎる。そしてもう一人、カイという調査員も入ると言うのだが――――。アベルはまだあまり知らない。
アルフォーレは昨日、教育を受け終わったアベルににんまり笑顔で言った。
「お前は、明日から伯爵令息様だ。身分は俺が準備しておいた。期待しておきな。」
身分をどうやって準備したのかは、わからない。が、気づけば今日、本当に伯爵令息になってしまったみたいだ。
アベルは今、辺境伯爵貴族、モンターニュ伯爵家にいる。目の前には知らないおじさん………いや、モンターニュ伯爵がいる。いきなり連れてこられ、着せ変えられ、見た目も直され、「ちょっとトイレ行ってくる。」と言って出ていったアルフォーレに取り残され、知らないおじ……じゃなくて、モンターニュ伯爵と二人にさせられ、今気まずい状況だ。
モンターニュ伯爵はニカッと歯を見せて笑った。
「ホッホッホ。良く来たな。」
朗らかにアベルを歓迎してくれている………のだろう。だがなぜ、協力してくれるのだろう?
「私は、ビート・モンターニュだ。そして君は、今日からルシアン・モンターニュだ。私の亡き息子に代わって、社交デビューしてもらう。」
少し白髪の混じった赤髪に、金色の瞳。ルシアンと同じ髪と目の色だ。
屋敷の壁には、ビート・モンターニュの肖像画がたくさん飾られてある。だが、今アベルがいるこの部屋には、ビートと、もう一人似た容姿の子のツーショットの肖像画が飾られていた。恐らく、これが本物のルシアンなのだろう。三年前に事故で他界したという、伯爵の息子。奥さんもすでに他界していて、使用人と寂しく領地を切り盛りしているんだとか。息子の死は公にはせず、屋敷のものたちで埋葬したそうだ。それに社交デビューもしていなかったので、ルシアンを知る者はそう多くいない。
「よ、よろしくお願いします。」
アベルは丁寧にお辞儀をした。ビートはアベルをまじまじと見つめ、蓄えた髭にそっと触れた。
「いやはや。髪や目の色は息子そっくりではあるのだがね、やはり似ていないね。君は美しく、いかにも貴族っぽい。…………我が息子は、普通の子だったよ……。」
ビートは遠くを見るように目を細めた。
「だが……これも何かの契機なのかもしれないな……。名義だけでも、我が息子を社交デビューさせることができるなんて……。」
ビートは鼻をすすった。アベルは、気まずくて目をそらした。
本当にこのやり方で大丈夫なのだろうか。僕が貴族だなんて…………。
後ろめたい思いに足が重かったが、ビートの「ほらほら、君は貴族らしく振る舞わないといけないんだろう?アルフォーレの言う通りに振る舞いなさい。」という暖かみのある言葉になんとか持ち直し、アルフォーレに叩き込まれた貴族の礼儀を忘れるものかと、ピシッと姿勢を正し、座り直した。
トイレから戻ったアルフォーレは、親しげにビートに話しかけた。
「今回はありがとな!おっさんのおかげでなんとかここまでこれたわ。」
親しげと言うか、もはや無礼だ。とても貴族に話しかける言い方ではない。人にはあれだけ厳しく教育しておきながら……!と思ったが、よく見るとアルフォーレは仕事の日はいつも装着するはずの黒ウサギの仮面を、今日はつけていなかった。
「なんだね、いきなり連絡をしてきたと思えばかなり大がかりなことしてくれるじゃないか。まあ、楽しくはあるがね。」
ビートはフフン、と笑った。
「こうして私を楽しませてくれるのが君だと言うことをよくわかっているからね。まっ、今回もそうしてくれればなにも言うことはないわけさ。」
「言ってくれるじゃねえか。」
アルフォーレがビートの肩に腕をまわし、豪快に笑った。アベルはなにがなんだかわからない。
「あの、」
と話しかけようとはしてみたが、聞いても良いのかわからない。
「なんだ、アベル。」
アルフォーレがアベルの様子に気づいたようだ。
「言いたいことがあるなら言えば良いじゃねえか。」
「そうとも。なあに、私たちの前では遠慮することはないのさ。」
二人して、調子よく言う。
「あのさ、二人は友達なの???」
当たり前に気になることをアベルは口に出した。
一瞬、その場の空気が静かになる。アベルはなにか口にだしてはいけないことを言ってしまったのか、と冷や汗をかいたが、次の瞬間弾けるような笑いがその場を埋め尽くした。
「確かにな、お前には言ってなかったわ!」
「すまんね、当たり前のことだと思ってスルーしておったわ。」
二人の明るい返答がアベルの心配をサッと取り去った。
「俺らは幼なじみってやつだ。同い年だしな。」
「そうそう。腐れ縁ってやつだよ。」
「……同い年……って、ええ!??」
アベルは二人を交互に見比べた。アルフォーレはチャラい雰囲気と見た目で恐らく二十代後半、ビートはまばらに生えた白髪と髭で四十代後半に見える。いったいどうやって同い年だと気づくことができようか。と、言うか、二人の年齢はいくつなんだ???
「まあ、わからんだろうね。」
ビートが苦笑した。
「い、いえ、すみません。失礼でしたよね……。」
一瞬でも顔に本音をぶちまけてしまったアベルは縮こまった。
「でも、どうして僕があなたの息子の代わりになることを許可してくれたのかなって……ぼ、ぼく、てっきりビートさんがアルフォーレに脅されているんじゃないかと……。」
「なんだって?」
ビートがブフッと吹き出した。
「そんなまさか。」
「もしかして、私たちが仲良くしてるのを見て驚いたと?」
アルフォーレが呆れるように顔をしかめた。
「ったく、俺をなんだと思ってる。」
「僕に無理矢理契約を結ばせた人でしょ。」
アベルはアルフォーレをじとっと見た。当然のことだが、この人にはあまり良い印象がない。最近やっと「詐欺師の人」から「チャラい男」に印象が改善されたというのに、それがさらにランクアップするには相当の努力が必要だ。
「他人の自分に対する評価を甘く考えない方が良いかもな、アルフォーレ。」
ビートが心に染みる言葉をしみじみと言った。アルフォーレはウッとうめき声をあげる。
ビートは椅子から立ち上がった。
「さあ、悪いがアベルくん、説明する時間はあまりないようだ。今日ここを出発して王都には明日到着するだろう。あまり時間がないのでな、そろそろ出発しようじゃないか。」
ついに、ここを出なければならないようだ。すべての準備は完璧だと言うアルフォーレを信じて、アベルは王都へ行かなければならない。いきなり「二週間アルフォーレという友達に誘われて旅行にいってきます。」というアベルを信じて見送ってくれた母には感謝しかない。できるだけ早く用をすませて帰りたいところだ。
与えられた期間は、二週間。社交シーズンは明日からスタートだ。
アベル、いや、ルシアンは、アルフォーレとビートと共に馬車に乗り込んだ。さあ、出発するのだ。
通称『クレモン伯爵家第4令惨殺事件』を解決する、その糸口を掴むために。




