2.アベルは誘われる。
アベルがもし貴族だったら、たとえその地位が男爵だったとしても、求婚者で溢れかえっているはずだ。
アベルの現在の年齢は12歳だ。金髪の霞んだ色の髪に、スカイブルーの瞳、神が創造した最高傑作といっても良い、完璧に整った容姿を持っている。誰もが、たとえ同性であったとしても、その容姿に引かれたであろう。だが残念なことに家が貧しく、体もまともに洗えていないため、顔が泥で汚れていたり、町の子達と森でかけっこをした際には顔を切って血が出たりしたこともあった。なので、なかなかその容姿に注目を浴びたことが今まであまりなかったのであるが、それでも今日のような祝うべき日に、綺麗に体を洗ってまともな服に身を包んで見れば、貴族の子も顔負けの見た目になると言う訳なのだ。
ユフィーナは改めて我が子を見て、感心したようだ。
「あんた、私より美しいなんて生意気すぎない?」
これは本人最大の褒め言葉だ。女性が自分の容姿よりも相手の容姿を心から誉めるとき、それは完全屈服を意味する。
「別に、そうでもないけど?って言うか、ここまで着飾る意味ある?普段通りの格好じゃダメなわけ?」
「今回は貴族の人もたくさん通りかかるはずよ。その時、もしうちが目に入ったり気に入ってもらったりしたら、いくらか店を支援してもらえるかも知れないでしょ。掴めそうなチャンスは逃してはいけないものなのよ?」
アベルは着なれない質感にそわそわした。
「この服、まさか買った?」
「いいえ、借りたわ。」
その口振りから恐らく、近所の奥さんのものだ。まさかこんないい服を持っていたなんて。
町は、アベル以上にそわそわしていた。もうすぐ軍が通りかかる頃合いだ。これまでにないくらい人通りが増えて、店の周りにも人がたくさん通りすぎていく。店の前に立たされたアベルの前を通り過ぎていく人々は、皆一度は振り替えった。
「ねえ、見た?」
「貴族の子かしら。」
「子供だけど、とても綺麗ね。」
ユフィーナの思惑通り、アベルを見て店に入る人もちらほらいた。が、アベルからしてみればいい迷惑だった。いい感じに利用された気分だ。
反対に、ユフィーナは上機嫌だった。一日に10人来るか来ないかの客足だったのに、開店から3時間でもう30人だ。その分忙しくはあったが、なかなかない快挙に心が高ぶっていた。
「来たぞ!!!!!!!!」
唐突に、わああああぁぁと大きな歓声が上がって、人がそっちの方向にどっと流れていった。
恐らく、皆が待ちに待った、祝祭の主人公達が来たのだ。早く見たいがためにアベルの肩にぶつかってきた人達も、謝罪することは一切なく、ただ歓声のする方に耳を傾け、走り去って行く。アベルはおかげさまで転びそうになったが、そこまで見たいものなのかと、少し気になり始めた。
少しくらい、見に行ってもいいだろう。
アベルはさっき肩にぶつかってきた人の後を追って、人混みの中に入っていった。大通りに行くにつれ、歓声も大きくなっていく。紙吹雪が舞っている。アベルの横を、花売りの少女が過ぎていった。
「英雄の方に花のプレゼント、いかがーー?」
すると、見る見るうちに花が売れて行く...。
アベルが無理矢理人混みの間に体を割り込むと、ようやく軍人の行列が見えてきた。
「キャー--!!!サヌア様---!!!」
「花を受け取って下さい!!!」
「おめでとうございます!!!!」
「万歳!万歳!」
拍手喝采を浴びた軍人達はただただ手を振り返した。アベルの目には皆同じ顔のように見えたが、ひときわ一番先頭で馬に乗った大柄の男がアベルの目を引いた。
「キャー--!セヌ様ーーー!」
真横にいた少女がいきなり叫んだ。思わず顔ごと横を向くと、その少女がアベルをぎろりとにらんだ。
「何?もしかして、セヌ様を知らないの?」
「え、なに...…?」
少女がさらに鋭くにらんだ。
「ほら、一番先頭にいる騎士の人。あの人、この騎士団を率いるリーダーなのよ。セヌ様なしに勝利はなかったわ。」
さっきアベルが目で追っていた人だ。いや、別に興味があったわけではなかったが、なるほど、この軍人達はどうやら王国の騎士達のようだ。
エルアシア王国。戦争の多いこの国が今まで負けなしだったのは、この騎士達のおかげだったのかも知れない。エルアシア王国は建国歴約2000年を越える大国だが、なぜか戦争のない日は10年と続かなかった。常に他国との争いを繰り返す。やがて、エルアシアは、戦いの国とまで呼ばれるようになった。いつこの国から戦争がなくなるのだろうか………。
騎士達の一行は過ぎていったが、人々の熱気はそう簡単に冷めることはなかった。アベルが店に戻ると、また新しい客達が店に足を運んでいた。
「どこ行ってたのよ、アベル。」
料理皿をせっせと客に配膳してたユフィーナが足を止め、アベルに文句を行った。
「あ、そこの床、汚れちゃったから拭いてちょうだい。」
帰ってくるなり早々店の手伝いだ。アベルは店の端に立て掛けてあるモップにバケツに汲んであった水を浸し、その場所を掃除し始めた。
と、すぐ横にいた客に声をかけられた。
「君、かわいい見た目じゃないか。」
アベルはドキンとしてその客を見た。グレーの正装を来た、サングラスの男。座っているが恐らく高身長で、黄土色の髪色だ。その話し方に、少しチャラチャラした雰囲気が感じとれた。
「君、ここで働いてる子?」
「……息子です。」
何だろうと、不安になりながらも答える。今まで薄汚いおじさんの相手をしたことはあっても、正装を来た男の相手をしたことはない。
男は、ユフィーナを指差した。
「彼女の?」
「……そう、ですけど。」
男は顎をポリポリかいた。そして、ユフィーナに聞こえないよう低い声で、
「似てないけど、もしかして養子?」
「………!」
アベルが肩で反応すると、男ははは、と笑った。
「わかりやすい反応だな!わりぃわりぃ、いきなり失礼だったかな?」
何だ、この男……。アベルが思わず睨み付けると、男は上着の内ポケットから、名刺を取り出し、アベルに突きつけた。いきなりのことで、アベルはとっさに半歩後に下がり、男との合間を図った。そんなアベルをお構いなしに、男は言った。
「なぁんかわかんねぇけど、お前、気になるって顔してんぜ。」
「な、なにが。」
「さぁな?」
男はククク、と声を圧し殺しながら笑った。
さらに、訳のわからないことを呟く。
「お前、気に入ったから特別に招待してやってるんだぜ。この名刺は大事にとっときな。」
「べ、べつに…。」
別にいらない、とアベルが手で押し返そうとしたとき、男はスルリとその手を抜けアベルのズボンのポケットに名刺を突っ込んだ。
「これで、次会うときはお客様だ。」
男がにたりと笑い、席を立った。立ち上がるとやはり高身長で、下からアベルを見てくるのが気持ち悪かった。
「じゃあな、坊主。」
それだけ言い残して、男は店を去っていった。
いったい、何がしたかったのか。ただ不気味な感じだけ残していった。




