25.偽伯爵令息は協力者と企む。
「君の家族を訴えたいんだけど…………いいかな。」
アベルがボソリと言った。
「良いんじゃない。」
アンドリューはけろっとして言った。一応言っておくが彼の実の父と兄についてだ。
それだけでなく、
「協力するよ。」
自ら協力するとまで言い出した。
カイは今まで友情がこれほどまで恐ろしいものだとは思わなかった。むしろ美しく、儚いものであると思っていた。
…………家族を売るほどだとは、誰も思うまい…………。
鳥肌も立つ事を忘れるほどだ。
「アンドリュー、よく聞いてほしい。」
アベルがアンドリューの両肩をがっしり掴み、額を寄せた。アンドリューの頬が少し赤く染まった。そりゃそうだ。美少年を近くにしたら男女老若関係なくみんな赤面する。
アンドリューは耳まで赤くなりながらカイまで聞こえるくらいの大きな音を立ててゴクリと喉をならした。
「今より約三ヶ月前のことだ。クレモン伯爵家第4令嬢が何者かに惨殺された。」
ゴクリ。
赤い顔がみるみる青くなってゆく。何を言いたいのか、アンドリューはわかっているのだろう。
「僕は、グリムヴァルト公爵家が怪しいと思っている。」
「…………。」
アンドリューは黙って聞いていた。
「だから証拠を探したい。クレモン伯爵家は今悲しみに包まれている。」
「君は、この屋敷に証拠があると信じてるんだね??」
「そうだよ。」
アベルは迷いなく頷いた。
アンドリューは突然顔を張り積めていた糸が切れたかのように、フッと笑みを漏らした。
「わかった。僕は、君を信じることにした。それに僕もまだ知らないこのグリムヴァルトの闇を暴きたい。父と兄が裏で何をしているのか、グリムヴァルトの一員として知らないといけないと思うんだ。」
そういったアンドリューは、覚悟が決まったような顔をしていた。まだアベルと同じくらいの年頃の子供がする表情にしては、少し早すぎる気がした。
「よし。わかった。」
カイはいつも通りできるだけ冷淡に言った。
「君なら父が秘密をどこに隠すと思う??」
書斎にもなかったのだ。もしかすると証拠ももう残されていないかもしれないが、最後にかけてみるだけだ。
「そうだなぁ…………。」
アンドリューは頬に手を当て首をかしげた。無意識の癖なのだろうか?少し愛嬌がある。
「まぁ、父の事だし…………もう燃やされてるかも知れないけれど、、、。残ってるとするなら、趣味の日記帳とか…………。」
アベルは思わず吹き出した。あの、見るだけでも恐ろしい公爵が日記をつけているだって??
ギャップと言うものだろうか、萌えはしないが。
まぁ、誰しも隠されし趣味と言うものはあるものだが、それはグリムヴァルト公爵にも共通のようだ。笑っている場合でもないのだが、少し面白い。
「ジャーナリングって知ってる?」
アベルとカイは首をかしげた。
「ただ日記を付けるんじゃなくって、思っていることをノートに書き出すんだ。例えば、今日は気分がよくなかったとする。なぜ気分がよくなかったのか?どうやったら解決するのか?正直に書き出すんだよ。精神を落ち着かせたい時とかに使いたいよね。」
なるほど。自分の正直な気持ちを書き出し、精神の安定を図るものか。そんなものをわざわざ公爵がするなんて、よっぽどストレスが大きい環境にいるのか。いや、もともとそういう人なのか?
アンドリューは声を潜めた。
「父は浮気相手が何人もいるらしいんだけどさ、」
のところでアベルは突然カイに耳を塞がれた。なぜだか一瞬マハルが「カイッ」と言ったような気がするけど、気のせいだろう。なぜカイが耳を防ぐのかはよくわからない。
「その浮気相手の事で色々と悩みが多いみたい。最初から作らなきゃよかったのにね。」
カイは多いに頷いた。全く、バカな公爵だ。
アンドリューはアベルの耳を塞いでいるカイを真顔で見つめ、ボソリと呟いた。
「もしかして、純粋だから人の汚さは見せたくない系??」
大方あっている。ただ、アベルはすでにアルフォーレという人物の汚さの被害者だ。だが、別の方面の汚さはまだ見せられない。カイがそっと頷くと、アンドリューはわずかに微笑んだ。
「そっか。もう言わないから手を離してもいい。」
カイは手を離した。アベルがキョトンとしてアンドリューとカイを見比べる。カイは気まずそうに目を反らした。
「なんでもないぞ。」
アベルはジトッとカイを睨む。
全く、白々しい…………。
「とにかく、その日記帳はどこにあるの??早く探しに行こう。」
「父の日記帳は、いつも本人が持ち歩いているんだ。」
アンドリューは容赦なく絶望的な言葉を放つ。アベルは思わず真顔になった。
「ちなみに、今外出してて夜に帰ってくるんだって。」
「どうして外出してるの?」
「それは…………。」
アンドリューはカイをチラリと見、一瞬気まずそうに喉をならした。
「知らない方が良いかもね。」
とにかく、カイとアベルは夜まで公爵を待つ羽目になってしまった。それに大変なことになってしまった。アンドリューとの話のあと、3階まで聞こえる声で怒声が聞こえて来たのだ。
「「「クソッ逃げられた!!!!」」」
イグナティウスの声に心臓がどれだけ跳び跳ねたことか。アベルは心臓まで震え上がり、反射的にカイの胸に飛び付いた。飛び付くと言っても本人がかなり動転してしまっているもので、ほぼタックルだ。カイはそれを受け止め、なだめるので精一杯で逆に冷静だった。アンドリューは顔が強張ったが、怯えるアベル見て申し訳なさそうにしていた。
だがアンドリューが素早くクローゼットの後ろにある隠し扉にカイとアベルを隠してくれたお陰で、イグナティウスが数分後に荒々しくアンドリューの部屋に来て中をじっくり探し回っている間も、息を潜めていれば見つからなかった。
「兄さん、どうしたの?」
アンドリューが何事もなかったかのように尋ねた。
「誤魔化すな。俺はお前を嘘つきに育てたことはない。」
「なんの事だよ。そもそも兄さんとちゃんと話したことそんなにないんだけど。」
もっともだ。自分が育てただなんて、おこがましすぎる。アンドリューが冷たく言うと、イグナティウスは苛立ったように舌打ちをした。
「お前がヤツをかくまってるんだろ???」
「ヤツって??」
「お前が招待した客の事だ。」
アンドリューはキリッと睨んだ。イグナティウスのせいで部屋の空気が1、2°くらい下がったような気がする。アベルがガクガク震えながら声だけ聞いていたのだが、カイがアベルの頭に腕を回し、抱き込んだ。
「ルシアンのこと??なんで兄さんがルシアンのこと知ってるのさ?」
「お前が知る必要はない。」
「ルシアンは帰ったはずだ。兄さんがルシアンに何かしたのか??」
普通なら同じ空間にいるだけでも怯えてしまいそうになるはずなのに、アンドリューは険しい顔でむしろイグナティウスを圧倒する。
イグナティウスは短く舌打ちし、懐疑的な表情で部屋を見わたしながら部屋から出ていき、荒々しく扉を閉めた。
まだ張り積めた空気の中、数秒が過ぎてようやくアンドリューは長い息を吐いた。
「心臓が止まるかと思ったよ…………。」
そしてクローゼットをずらし、その後ろに隠された扉を開けた。
「ようやく行っ――――……………………。」
思わず無表情になる。
男と男が熱いハグを交わしている場面を目にするなんて…………。
それも自分の部屋で…………。
アンドリューはカイからペリッとアベルを剥がし、アベルの頭を自身の胸に抱き込んだ。カイは非常に気まずそうな表情を浮かべている。
「…………弁解もなしってわけ?」
アンドリューはイグナティウスに対するときよりも冷たい声で言った。もう氷点下の世界だ。
カイは頬にじわりと汗を滲ませる。
「誤解だ。」
アンドリューはハッと鼻で笑う。
「もういい。信用できる従者だと言っても結局そういうわけだ。」
誤解が解けるには、少し時間がかかりそうだった。




