24.偽伯爵令息と協力者。
「じゃあ、証拠を探そう。」
「ちょっと待て。どうやって探す気だ??」
「もちろんまずは外に出ないと。ひと部屋ずつ確認していくんだよ。」
「危険すぎる。もしイグナティウスに会ったらどうする気だ!」
狭いクローゼットの中で、カイとアベルは押し問答をする。クローゼットがガタガタ揺れた。拷問された恐怖と興奮でアベルはアドレナリンがドバドバだった。
「そんなの知るもんかっ!またカイさんが助けてくれるんでしょ。」
「あのなぁ!」
カイはうんざりした。だから無邪気な少年を連れてくることを懸念したのだ。発想が無謀すぎる。拷問から乗り越えた今の自分なら何でも出きるとでも思っているのだろうか。
「リスクを考えろ。これはイグナティウス単体で行ったものではないかもしれないんだぞ。もし一家がグルならば、メイドとすれ違うだけでも危険だ。」
「でも、今動かないと。もしイグナティウスが地下に戻ってきたら僕がいないことに気づいて屋敷中を探し回るかもしれない。今こそ行動できるときなんだよ。」
カイは唇を噛む。確かに、アベルの言うことには一理ある。イグナティウスがどのような行動をするかによって、これからの計画が立てずらくなるのは痛いところだ。
「それにね、僕実は痛い止め持ってきてるんだ。ビタミンと勘違いしてポケットに入れてたんだけど、これを飲めば痛いのも当分我慢できるはず。」
「…………。」
カイは返事をすることができなかった。
ただの子供が言うことじゃないか。無謀だし、無防備だし、リスクを軽く考えている。
…………だが、痛み止を飲んでまでやりたいとは…………覚悟はあるのかもしれない。子供が覚悟を決めてやるって言ってるのに…………俺は否定ばかりしていいのか???
黙り込んだカイを、アベルは不安げに見る。
「…………良いだろう。」
アベルが真っ暗な夜明けを照らす朝日のようににっこり笑った。
「決まりだね!」
カイははあ、とため息をついた。かなり危険な橋なのだが、アベルの言う通り渡る他ないのかもしれない。
それに、どうせダメだと言っても無駄だろう。変なところで頑固な子供だ。臆病だと思ったら、今度は自ら切れそうな橋を渡ろうとする。
「だが、勝手な行動はするなよ。また一人で出歩いて取っ捕まったら次こそは助けられんかもしれない。」
アベルは一瞬顔が強ばりぶるりと震えたが、真剣な面で返事をした。
よし、そうとなったら善は急げだ。イグナティウスが気づく前に行動しなければ。
カイはクローゼットの扉を慎重に開け、そこからひらりと出る。アベルも後に続いた。そして部屋の扉をそろりそろりと開けた。廊下の灯りが部屋に漏れ出る。アベルはその灯りを避けてカイの背後に回った。
「よし、行くぞ。良いか、極力俺の後ろにいるんだ。後ろから見たらバレはするが、前から見ればお前は俺に隠れてみえないはずだ。」
「わかった。」
アベルはカイの背にピッタリとくっついた。対格差があってなんだかむず痒い。カイは自分が父親で、息子のアベルの面倒を見ているように感じた。
カイとアベルは部屋からそろりと出た。一生懸命アベルを抱えて走ったため、定かではないが確かここは二階のはず。まさかイグナティウスは二階にいないよな、と思いつつ、カイは前進する。カイが階段近くまで進んだとき、脚立をもった一人のメイドと出くわせした。一瞬心臓が跳ねたが、メイドは挨拶をしただけだった。
「こんにちは。見慣れないわね。」
少し年の言ったメイドだった。カイは心臓とは裏腹ににこりと笑って対応する。
「こんにちは。ええ、そうなんです…………ところでその脚立重そうですけど、何かあったんですか?」
「ええ、そうなの。アンドリュー坊っちゃんが屋敷の庭にある木に登って降りれなくなっちゃってね。高さがかなりあるものだから三階の窓から木に梯子をかけて下ろしてやったんですよ。まったく、最近の子は奇抜な事をしますよね。」
アベルは危うく声を出して笑うところだった。木に登って一体何をしようと言うんだ。大人しい性格の子だと思っていたが、やることがなかなか大胆だ。
カイはクスリと笑い、好青年を演じる。
「はは、なかなか面白い坊っちゃんだ。これからが楽しみですね。」
「ええ、そうなのよ。」
メイドは肩をすくめ、そのまま脚立を抱えて階段を降りていった。
廊下には誰もいなくなった。
「ねえ、アンドリューは何をしようとしたんだろう?」
アベルが小声でカイに訪ねた。
「シッ、迂闊に声を出すな。」
カイは注意をする。気を緩んだらそこで終わりなのだ。常に注意を払わなければ。
「上の階に行くぞ。」
カイは慎重に階段を上った。なるべく階段の端に身をよせ、アベルが見えないように工夫している。
三階に到着したが、まだ人は見えなかった。カイはゴクリと息を飲む。
これは、賭けだ。
確信の持てない賭け。
彼が味方であると言う確信はない。できない。
だが、駆け引きの余地はあるはずだ。
彼がいなければ、この任務は難しい…………。
「ルシアン…………!??」
後ろから、彼――――アンドリューの声がした。その声には驚きが含まれていたが、同時に嬉しさも滲み出ていた。
アベルが返事をする隙も与えず、カイは後ろを振り返りアベルを自身の背中に追いやった。
「えっ。」
アンドリューとアベルが同時に声を出す。アンドリューは目を真ん丸にした。
「どうして――――…………。」
「信用できない。」
カイは鋭い眼光でアンドリューを睨んだ。アベルと親しくなったからと言って、彼はグリムヴァルトの人間。100%信じるには値しない。
カイはアベルとアンドリューの襟元を掴み、無理やりアンドリューの部屋に連れ込んだ。いきなりで驚いただろうが、アベルが「痛い痛い」と呻くだけでアンドリューは何も言わなかった。
部屋にはいると、カイはピシャリとドアに鍵をかけた。アベルとアンドリューを降ろしてやると、二人ともお互いを気にし始めた。
「アンドリュー!どうして木に上ったんだ!?」
「えっ、なんで知ってるの??いやッ、て、言うかッ、君傷だらけ…………えっ、メガネは???えっ?え??」
アンドリューはメガネなしのアベルを見て、目を見張った。そりゃそうだろう。この世を血眼で探したとてこうも完璧な美少年はそう簡単に見つかりはしない。メガネで隠していたとは言え、メガネありでもなおその美しさは健在だった。直で見れば男でも惚れてしまうほどだ。
アベルは気まずそうにはにかんだ。
「君…………。メガネがないのもそうなんだけど………………なんで全身傷だらけなんだ…………?」
アンドリューの視線がアベルの顔から下へと下がると、その顔がくしゃりと歪んだ。あたかも、自分が痛いのかのように。
カイは冷たく言い放った。
「あなたの兄がやったんじゃないですか。」
アンドリューは驚愕した顔でカイを見た。
「僕の、兄が、ルシアンにやったんですか??」
アンドリューが視線をアベルにやる。
「まさか、そんな……ルシアンがッ……。」
「白々しい。元から知ってたんでしょう?同じ屋敷で暮らしながら君も薄々気づいてたはずです。」
カイが容赦なく言葉切りつける。アンドリューはサックスブルーの瞳を曇らせた。
そうだ。彼は、分かっていたはずだ。反応からして自分の客が襲われるとは思いもしなかったのだろうが、数々の人間が兄の手によりここで拷問に会い、死んでいっていることを、感じているはずだ。
アンドリューは呆然としてダランと腕を垂らした。
きっと、それは彼にとっての"可能性"だったのだ。それが今、"確信"に変わった。
こちらとしても確信を持ちたい訳なのだが……とカイが冷たい目でアンドリューを見ていると、アベルがぶらんと下がった彼の腕を掴んだ。
「僕は、大丈夫だ。」
嘘だ。
カイはアベルの背中を睨んだ。
「死ぬかと思ったけど、大丈夫だった。」
アンドリューがアベルと目を合わせた。その瞳が小刻みに揺れる。後ろ姿で表情は見えなかったが、アベルは多分今、笑ってる。
「怖かったんだ。……その、拷問中は。」
「ごめん…………。ほんとに、ごめん…………。」
サックスブルーの瞳から透き通った雫がこぼれ落ちた。アベルはアンドリューの肩を叩いた。
「君のせいじゃないじゃないか!」
「いや…………僕のせいなんだ。」
アンドリューが俯いた。ぽたり、ぽたりと雫が床に落ちる。
カイは無言でそのやり取りを見つめた。
アンドリューが鼻をすすった。
「この家には悪い噂が多いからね……。兄さんの部屋がないのもそうだし、何かしら隠れてやってるとは思ってた。それに、危険だとわかっていながら君を屋敷に招待したんだ。これまで父や兄さんの事は変に勘繰らないようにしてたけど…………これまで見知らぬふりをして黙視し続けた結果起こったことだ。当然僕が悪い。僕のせいだ。」
「何いってんのさ。わかっていたところで、子供である君が家族である君の父や兄を止めるのは無理がある。仕方のないことだったんだ。そうだろう??」
アンドリューは頷かなかった。きっと、「仕方のなかった」で済まさせることではないと思っているのだ。背徳感がアンドリューを包んでいる。
「拷問は怖くて痛かったし、びっくりしたし悲しかった。でも、従者が早く助けてくれたから、これくらいの傷で済まされたんだよ。僕は大丈夫。」
アンドリューは手の甲で涙を拭った。
「それに、友達じゃないか。」
聞いてあきれる。カイはため息をつきたかった。「友達」なら何やっても許されるのか??なら、昔暗殺業をしていたとき、カイが殺した彼らと友達だったなら許されたのか???
――――いや、そんなはずない。
「友達だから許される」なんて、綺麗事だ。建前だ。
それでも、アベルは許すのだろうか。
…………いや、違う。そもそも裏切られただとか、彼のせいで、だとか思ってないんだろう。むしろ、アンドリューを被害者だと思っている。……ある意味被害者ではあるが。
殺人一家の下に生まれた、悲運な子供。
それが、彼なのだから。
「僕達は、友達だ。そうだろ??」
アンドリューは頷いた。
彼の涙は床に染み込んで、しばらくして僅かな染みを残して乾いた。




