23. 偽伯爵令息は真実に近づく。
『で、今どこにいるかわからないんだよね??』
暗い空間、心細い灯りに照らされた中、マハルの声がアベルの唯一の心の支えだった。アベルはマハルの問いにうなずく。
「目を覚ましたら、ここにいたんだ。今は鎖で繋がれていて、動けない。イグナティウスがやったんだよ。」
『そうか……。実は、アベルの声は聞こえるんだけど、カメラの方がうまく作動しなくて全然見えないんだ。今カイが君のことを探しているんだけど、もしかして場所に心当たりとかない?』
アベルは首を捻る。心当たりとというか、ここは暗すぎてそもそも良く見えないし、隠し部屋のようなところなのでアベルも何がなんだかさっぱりだ。
……………………。…………隠し部屋???
「…………あ。」
『心当たりでも??』
心当たり、といってもいいのかわからない。が。
「僕が思うに、ここは地下だと思う。」
『地下?』
「叫んだときに、声がこだましたんだ。地下って、結構声が響いたりするでしょ?それに光が完全にない。だからそうなのかなって。」
『ほほう。』
マハルが感心したように相づちを打った。
『だが、この前潜入したときに地下へ続く道なんてなかったはずだけど?』
「それは、地下事態が隠されているからだよ。」
『というと?』
アベルはごくりと息を飲む。
「これはただの予想なんだけど……多分、一階の変な絵に……扉が隠されてるのかも知れない。''穴''があったんだよ。」
そう、''穴''。目立たないし、良く見ないとわからない暗い些細な違和感。でも、アベルが絵から風を感じたのは、勘違いなのではなかった。
さらにその違和感を確実にさせたのは、アンドリューの話。絵から悲鳴が聞こえたのは、それは―――きっと、被害者の悲鳴……。
『なるほど。すぐそちらに向かう。少し待ってくれ。』
アベルはうなずいた。今、アベルにできることはただただ助けを待つのみだ。
ただただ、彼らを信じて―――――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『カイ、嬉しい報告だ。アベルと連絡がついた。』
カイが苛立ちを我慢できずに壁を拳で突き破ろうと構えた矢先、やっとマハルから待ちに待ったその報告が来た。
「どこにいる。」
いち早く知りたいのはその情報だ。他はどうでもいい。早くアベルを見つけて早急に対処しなければ。
『地下にいるみたい。とりあえず一階に降りて。』
「地下だと?そんなのがどこにあるって?」
はて、とカイは首を捻った。だがとりあえず一階に行ってみなければ。従者と言う立場は忘れて、とりあえずスピード重視で行動する。階段は踏まない。飛ぶものだ。
『なんかね、彼がいうには壁に隠し扉でもあるみたいなんだってさ。探してみてよ。』
「隠し扉?なるほど。」
どうもうっかりその可能性は見落としていた。アベルはどうやって気づいたのだろうか。
カイは一階にひらりと着々すると、すぐ正面にある絵を覗いた。誰がこんな絵を飾りたくなるのだろうかというほど不気味な絵だ。趣味が悪すぎる。
カイは絵に手を置いた。ペタペタと触って感触を確かめているが、確かに変な窪みと言うか、隙間があった。
カイがその部分を押すと、長方形の形の窪みが後ろに下がり、扉のスイッチだったのかカチャッと音が鳴り、絵の部分が扉となって開いた。
「驚いたな……。」
『まさかここまでするなんてね……。』
マハルが呆れたように呟いた。
カイが扉を押すと、重々しい音を立てて、扉がゆっくり開いた。中は真っ暗だ。扉には行ってすぐ階段があるようだった。
「チッ……。暗視ゴーグルを持っていない。」
今こそ必要なのに……。カイが頭をかいていると、マハルがため息をついた。
『懐中魔素灯も持ってないの?』
「いや、それなら懐に忍ばせたはずだ。」
かなり焦っているようだ。やれやれ、とマハルが言う。
カイは懐の中身を少しあさり、そこからコンパクトサイズの懐中魔素灯を取り出した。大きさは大体中指の指の付け根から先端くらいだ。
カイが中央にあるボタンを押すと、棒の先端から眩い光が出た。これぞ、文明の開花だ。光を自ら生み出すことが出きるなんて――――――素晴らしすぎる。
カイは懐中魔素灯片手に地下へと続く階段を降りていった。かなり急な階段だ。こんな地下を作るなんて、趣味が悪すぎる。
「ルシアン~!!」
カイが大声を張り上げると、暗闇にその声が響いて山びこのようにこだました。
「どこにいる??!」
この声も、暗闇にただただ響いた。すると、微かだがそれに答えるようなか細い声が聞こえた。
カイは階段を上り降りると、まっすぐ続く地下の道を走った。地下には様々な拷問道具が壁にかけられていた。良くもまあこんなに集めたものだ。古い血の匂いと、カビた空気がカイの鼻をつく。早くこの空間から飛び出したいとカイは思った。
地下の中央にわずかな灯りがある。きっとそこにいるに違いない。
カイがそこへ近付いていくと、だんだん人のシルエットも鮮明になっていった。床にアベルが倒れている。手は鎖で縛られ、それは壁まで繋がっている。
アベルは思ったよりかなり痛々しい姿で発見された。身体中殴られたのか……。鞭のあとまでくっきり残っており、血が足元から滴り落ちている。
これでは身体を動かすだけでも痛いだろうに。床にうつ伏せていたアベルはカイを見て、ホッとしたように笑った。
「来てくれたんだね。」
彼くらいの年齢ならば相当怖いだろうし、精神的苦痛もひどかったはずだ。どうして早く来てくれなかったんだと責めてもいいくらいなのに、どうしてこの子は…………。
カイはアベルの頭をそっと撫でた。
「もう、大丈夫だ。」
これ以上痛い目には合わせない。――――カイが、いるのだから。
カイはアベルにはめられた鎖を撫でた。これなら、どうにかなりそうだ。カイは腰から水が入ったボトルを抜くと、懐から取り出した塩酸と過酸化水素が入った瓶の蓋を開け、中に流し込んだ。それを鎖にかけると、アベルと壁を繋げていた鎖は溶け、アベルは自由の身になった。
「わあ、どうやったの??」
アベルは不思議そうに溶けた鎖を見つめたが、悠長に説明している暇はない。カイはアベルを抱えると、
「科学の神秘だ。」
とだけ言い、地下から脱出すべくすばやく移動した。
「この屋敷から出よう。」
カイは地下から飛び出すなり、空き部屋に潜り、クローゼットの中に身を隠した。ここは危険すぎる。様々な拷問の跡。間違いなくクレモン伯爵家第4令嬢は、イグナティウス・グリムヴァルトに殺された。
それが個人の業なのか一家がグルなのかはわからないが…………ここは、一情報員が潜入するには危険過ぎた。
「まだダメだよ。十分な証拠とは言いきれない。」
こんなときにアベルが反対し始めた。さっきまで拷問されてたんじゃないのか。
「危うくお前殺されるところだったじゃないか。」
「でも、もう僕たちがここに潜入するのは難しくなるかもしれないよ。とりあえずイグナティウスの本性を見てしまった以上アンドリューの友人として潜入することは不可能だし…………だとしても、夜に潜入するには書類とかの証拠を探すには暗すぎるし色々と不都合がある。リスクは高いけど、今やらないとダメだ。」
「確かに、そうだが…………。」
カイはアベルの身体をさりげなく見た。血がまだ滴っている。ひどい鞭の跡。全身の痣。カイはアベルの服をまくりあげた。
「あ、なにするんだ。」
アベルは驚いて硬直したが、カイの深刻な表情にバツが悪そうな顔をした。
腹にも背中にもひどい痣があった。内出血しているので赤色と青色に染まっていた。こんなに痛々しい傷があると言うのに、ちゃんと動けるのだろうか?
カイはため息をついた。
「とりあえず今日は引き換えそう。」
「ダメだ。僕は大丈夫。痛み止持ってるでしょ?それを飲めばもっと大丈夫だと思う。」
「まだ言うか。」
カイとアベルはにらみ合いをした。どちらも負けてやるもんかと維持を張っている。マハルはうんざりしたように口を開いた。
『いい加減にしてくんない?お子ちゃまじゃないんだから。』
カイは思わずブッと吹き出した。が、アベルはいたって真剣だ。
『そうか…………君はまだ…………そうだね…………。』
マハルがなぜか反省するように言う。いや、12歳はお子ちゃまなのか??
『カイ。』
母親が問題児の名を呼ぶように、マハルが名を呼んだ。
『どうやら僕らは彼に従わないといけないようだ。』
「正気か?」
カイは宙を睨んだ。こんな少年の言うことを聞けって言うのか??
『侮ってはいけないよ。時には思いがけない判断が正解に繋がるときもあるんだから。』
マハルはきっと微笑んでいるのだろう。カイは無言でアベルの新鮮な顔を見つめた。




