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騎士ですが、奈落道を行きます  作者: PuRi
偽伯爵令息と事件簿
23/25

22. 偽伯爵令息は窮地に陥る。






生臭い臭いのする男――――イグナティウス・グリムヴァルト。

これは腐った食品の臭いではない。血の臭いだ。腐った血肉の臭いだ。臭いがアベルの緊張感を刺激し、足が意図せず震え出した。ガタガタと足が小刻みに揺れ、アベルの全身は強ばった。


「……暗いな。良く見えない。」


イグナティウスは低い声でそう言うと、壁に設置されている蝋燭にマッチで火をつけ、真っ暗な空間をぼんやり明るくした。公爵に似たイグナティウスの顔の半分に光が辺り、もう半分は陰ができている。極悪人の顔――――アベルは本能的にそう感じ取った。

さらに彼はアベルの顎を掴み、極悪人の顔を近づけてきた。しばらくは何も言わずに、アベルの顔を堪能しているだけだった。アベルは心臓がバクバク言っていたが、気づかれないよう澄まし顔をして、できるだけイグナティウスと目が合わないように視線を下にした。


「お前が、ルシアン・モンターニュだな。」


不気味な声でアベルの仮の名を呼ぶ。アベルはその名が自分の物でなくて良かったと思った。もし彼がその恐ろしい声でアベルの名を呼んだら気絶していたかもしれない。今は、ルシアンを他人と思うことで何とか精神を保っている。


「答えろよ。」


アベルが黙り込もっていると、イラッとしたようにイグナティウスが言う。

「……そう、です。」

アベルはガラガラの声で答えた。なんだか久しぶりに声を出したみたいだ。

「そう、か。」

イグナティウスはそう呟くと、いきなりアベルの腹を蹴った。後ろが壁なのでアベルの身体は壁に叩きつけられることになる。お腹の鋭い痛みと同時に背中にも鈍い痛みを感じ、タブルな一撃に顔を歪めた。

アベルは身体を折りたたみ、腹の痛みに歯を食い縛って耐えた。両手が鎖に繋がれているので、手で腹を擦ることすらできない。そんなに痛みにもがくアベルを見て、イグナティウスはクククと笑いを漏らした。



「お前、いきなり連れてこられて、驚いたろ?しかも腹まで殴られるなんてよ??」

殴った本人は愉快そうに顔を歪める。

アベルはとてもつもない後悔の念に包まれた。やっぱり油断をしてはいけなかった。ここは、グリムヴァルト公爵家のテリトリーなのだ。アンドリューと仲良くなったからと言って、油断して出歩いてはいけないところだった。

アベルは震えを押さえるため、力を入れて拳を握りしめた。




やはり、そうなのだ。

クレモン伯爵家第4令嬢惨殺事件―――――。公爵家は、この事件に直接的に関わっている。

社交シーズンにクレモン伯爵家の第4令嬢を拐い、惨殺した犯人は、彼なのだろう。

アベルは前にアルフォーレが言っていた言葉を思い出した。


「小規模の社交パーティーでめったに顔を出さないグリムヴァルト公爵家のイグナティウス・グリムヴァルトとカーネリウス・グリムヴァルトが出席した。それだけでも新聞で話題になるほどだが、さらにパーティーの後クレモン伯爵の第4令嬢がまだ帰っていないことが判明した。主催者側も協力して隠密に調査を進めてはいるが、なかなか犯人の手掛かりは見つからない。…………一週間後、グリムヴァルト公爵家から10キロ離れた位置にある川辺に令嬢の死体が打ち上げられているところを付近の住民が確認………。…………もしこの犯人が本当にグリムヴァルト公爵家ならば、貴族だって平気で殺せるってことだ。アベル、お前が潜入捜査すると言うことがどれだけ危険なことなのか…………。それに、自らやつのテリトリーに入っていくと言う行動になる。……………………それても、行ってくれるか…………???」


アベルがグリムヴァルト公爵家に初めて行く前日の夜に言った内容だ。このとき、アベルは苦笑いしながらアルフォーレに言っていた。

「僕を行かせるのはあなたでしょ?何で今さらそんなこと言うのさ。」

アルフォーレは黙り込んでいた。静かな空間。



なぜ、そのときの記憶が浮かんだのか…………。あの時、断っておけば良かったのだろうか。そうすれば今ごろはどうしてただろうか?

指は一本ないかもしれないが、それでも命は助かっていたはずだ。ないもない平凡な日常。母の暖かいご飯。それらが未練となって、アベルの胸の内を駆け巡った。


アベルは拳を強く握った。

「なんか言えよ!!!」

イグナティウスは身体を折り曲げているアベルの左頬に足をのせ、床に押し付けた。ポキッと音がして、アベルの眼鏡が真ん中から折れた。

イグナティウスは倒れ込んでいるアベルの背中にどしっと腰を下ろし、ニヤッと笑った。

「ああ…………。やはり、なんの価値もない奴隷や平民を痛みつけるより、愛しい母上と父上に愛されながら優雅に育っていたお貴族様たちを殺す方が何倍も愉快だ………。お貴族様を殺すのは、お前で二人目だが…………お前は、前の令嬢よりも反応がなくてつまらない………が、これも貴族のプライドと言うやつなのだろう???むしろ興奮するかもな…………。」

イグナティウスがアベルの赤髪を鷲掴みし、引っ張った。

「うっ………。」

アベルが初めて呻き声を出すと、イグナティウスが笑った。

「楽しみだなあ。お前はどんな愉快なさえずりをするんだろうなぁ。」

イグナティウスがたちあがり、床に粗末に放置されていた鞭を手に持った。さすがにアベルの顔がひきつりざるを得なかった。昔、父のアルレイドに暴力を振るわれたとき、鞭を打たれたときがある。焼けるような痛み、飛び散った自身の血の色に、驚いた記憶が鮮明に甦る。アベルは反射的に、後ろに引き下がった。壁に背中をぴったり合わせ、イグナティウスを睨み付けると、イグナティウスは興奮したように高い声で笑った。

「ハッハッハッ!!!そうだよなァ。やっぱ痛いのは嫌だってか?」

イグナティウスはアベルの腹をまたも蹴りつけ、腹の痛みに身体を折り曲げたアベルの背中に鞭を振るった。


バチンッ


重い衝撃に、皮膚が腫れ上がった。アベルが「アアッ」と叫ぶと、今度はふくらはぎに鞭を振るった。

気絶できたらどれだけ幸せだろうか。アベルがうめくたびに、イグナティウスは気持ち悪く笑い、うめかなければ重い鞭でアベルの身体を傷つけた。

床に血が飛び散り、アベルは大きくうめいた。そのうめきは、辺りに響く。





そうしてどれくらい時間が経っただろうか―――恐らく、20分ほど。イグナティウスはアベルの髪を掴んで引っ張り、アベルの右頬を思い切り平手打ちした。アベルの頬が赤く染まる。

「勘違いすんなよ。俺は、これくらいで満足するやろうじゃねえんだ。これは、まだ序盤だ。物語で言うところの、あらすじ程度。こんなところでへたばられても困るのはこっちだからな??次は本格的に拷問すっから…………。」

イグナティウスはニタリと笑うと、アベルの髪から手を離し、立ち上がった。そして、遠ざかって行く足音。恐らく、少し休みにいったのだ。

アベルは痛む身体を起こそうとしたが、あまりの鋭く指すような痛みに口から悲鳴が漏れた。悲鳴が空間にこだました。


早く、マハルに連絡を取らなければ。アベルは「マハル…………。」と呟いた。だが、さっきからおかしいのは、アベルがいくらうめいてもマハル側からなんの反応もなかったことだ。アベルはマハルから事前に受けた説明を思い出した。


「強力な魔素の流れとぶつかったとき、通信が乱れるときがある。このときは、周辺に強大な魔素を使う機械が周辺にあるはずだ。それを探して、壊せ。」


あるはずだ。この、どこかに。

アベルは重い頭を持ち上げ、目を凝らした。ここにあるものと言えば、鎖、鞭、そして……壁にかけられた数々の拷問器具。

この中のどれかにあるのだろうが……よくわからない。それに、まずこの鎖をどうにかしないといけない。

アルフォーレがもしや何か仕込んだのでは……という懇切な願いを込めながら、服の中をあさる。アベルが胸ポケットに手を突っ込んだとき、ヒラリとしたものに手が当たった。引っ張り出してみると、薄っぺらい紙だ。

なんだろう??役にたたなさそうなのだが。

アベルがため息を突いて、紙を地面に捨てた。―――と、そのとき。



『アベル???』



聞きなれた声が聞こえた。間違いなく、マハルの声。

「マハル!??」

アベルが大きく反応すると、マハルが安堵したようにため息をついた。

『良かった……。やっと連絡が取れた……。』

安心感から、アベルの目から涙がはらりと溢れた。やはりマハルもアベルを心配してくれていたのだ。

『今どこにいるの?』

「わからない。ずっと連絡が取れなくて……なんか、懐に入ってあったペラペラした紙が地面に落ちたとたんに連絡が取れるようになったんだけど。」

『それは、魔素の流れを押さえる防止紙だね。恐らく床に魔素の流れがあったんだと思う。良くやった。』

アベルは笑みを浮かべた。とても久しぶりに笑ったみたいだ―――顔の筋肉が強ばっている。

でも、もう大丈夫だ――。




そう考えると、少しだけ心強くなった気がした。







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