21.偽伯爵令息は行方不明になる。
……………………アベル、遅いな。
カイはアベルを待つのに辟易として来ていた。カイはれきっとした情報ギルドの情報収集員だ。これまでも数々の任務で与えられた役目をこなし、ギルド員としての責任を果たしてきた。たとえ見つかりそうになっても、死にかけても、その逆境をむしろチャンスにかえ乗り越えてきた功績は、他の情報員に負けることはない。
もちろん、これからもだ。
だが、今のこの状況。アベルが任務を果たすのを見守り、ただただ信じて待つしかないこの状況が、むしろカイには苦痛だった。自分ではどうにもできない、そう思うとより一層焦りが増し、アベルに心の衝動をぶつけてしまいそうになる。
一週間前の王宮の社交パーティー。その日、カイは特になんの指示も受けなかったが、新人の12歳の子供がミッションを遂行するとの連絡を受け、急ぎ自主的に王宮に潜入した。果たして12歳の子供が、重要な任務を遂行出来のだろうか…………そんな不安から、衛兵の格好をしながらも遠目でその姿を追っていた。その子供は、とても美しかった。生まれ持った貴族の気品に、本当に一ヶ月で身に付けたのかと疑いそうになる身動き。アルフォーレは判断を見誤ったと思っていたのだが、確かにそうなってしまうほどその子供は案外上手くやっていた。が、やはり子供は子供だ。まだ自分への慰め方をしらない、純粋な子供。彼が廊下に出たとき、カイもその後を追った。そして、彼が過呼吸になっているのを発見した。やはり、まだ彼には荷が重かったのだ。大人の事情でその重みを背負わされたアベルが、とても気の毒に思えた。彼を落ち着かせるために包み込んだ身体が、とても軽く、力をいれるとすぐに壊れてしまいそうだった。
これは、正しいことなのか――――???
子供を使ってまで任務を遂行する事に、疑問が生まれた。だが、その考えは最後まで考えようとしなかった。これはアルフォーレの指示だ。アルフォーレの方式に従わなければならない。彼がそうすると言ったならば、カイはそれについていくと誓ったのだから。
アベルを見るたびに、自分ができればどれほどいいかと考えた。もっと上手く出来るのに。失敗なんかしないのに。そう思っても、無駄なのはわかっている。でも、焦りとイラつき、悔しさが交互にカイの心をかすってはすり減らしてゆく。でも、アベルから憧れと言う名の好意の目線を送られてきたとき、同時に罪悪感が胸を突き刺した。彼は、まだ子供だ。子供になんてこと考えいるんだ―――。
今は、ただただ任務が早く終わるのを望んでいる。アベルが早くアルフォーレから解放されるのを願って。
カイは、そっとうつむいた。
『カイ!!!!!』
うつむいていたカイの耳元から突如マハルの切羽詰まった声がした。カイはハッとして顔を上げる。
「なんだ?なにかあったか?」
『アベルと連絡がとれない。通信障害が発生した。何かあったに違いない。』
「通信障害だと????」
通信障害は、魔素の流れが中断されることで起きる一時的なバグだ。だが、ここでこれが起きると言うことは、何か外部からの刺激があったのかもしれない。
カイは勢い良く立ち上がり、待合室から飛び出した。
どこにいる―――。
従者の姿なので、派手には動けない。カイは慎重に屋敷を見回った。だが、四階にいると思ったアベルは、どこを探しても見当たらなかった。マハルが言うには、最後に見たのは二階だと言う。カイのもとへ向かう途中だったとか。
カイは大いにため息をついた。ただ事ではなさそうだ。やはり子供に任せるには大きすぎる任務だった。カイは右手で自身の左肩を掴む。スーツがぐしゃりと曲がった。
どこにいる…………。
焦りと不安でイラつきが増す一方だ。こうも上手くいかない任務の時は、とにかく不安だ。
『焦るな。とにかくアベルの方から連絡が来るのを待つしかない。ひとまず通信障害さえ良くなれば何とかなるさ。』
カイはマハルの言葉に何とか頷く。そうだ。とりあえず冷静にならなければ。冷静に考えろ。慎重に行動するんだ。迂闊なことはできない。
「あれ??ルシアンの従者さん。」
四階の部屋の扉が開いて、意外なものを見たような目つきのアンドリューが声をかけた。
「こんにちは。」
カイは落ち着いて挨拶をする。
「こんにちは…………。ルシアンは一緒じゃないんですか?」
アンドリューが眉を潜めた。カイはにこやかに笑う。
「お手洗いに行くと言っておりました。」
「お手洗いならすでに行ったはずだけど???」
怪しむようにカイを見た。カイは苛立つ気持ちをこらえる。
『変にごまかすともっと怪しまれるぞ。』
マハルが耳元で忠告した。確かにそうだ。すでにカイを怪しんでそうな目つきをしている。
カイはこほんと咳払いをした。
「失礼いたしました。お恥ずかしい事ながら、ルシアン様が屋敷に見当たらないものでして、探しておりました。」
「ルシアンがいないだと?」
アンドリューが怪訝そうに言った。
「君のもとに向かったはずだ。」
「左様でございますか……。ですが、見ておりません。」
「そんなはずが。」
アンドリューはごくりと息を飲んだ。ひきつった表情を浮かべ、カイの様子を伺うように見る。
「何かご存じですか?」
「あ、いや……。」
アンドリューは目を伏せた。
「僕も一緒に探そう。見つけたら言うよ。」
「…………心強いです。ありがとうございます。」
カイは一瞬拒否しようかとも思った。が、何せ彼はグリムヴァルト公爵家の次男坊だ。何か手がかりでもあるのかもしれない。使える駒は使うが得だ。
カイは拳を握りしめた。
…………アベル……。
――――早く、見つかれ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
頭にズキッとした痛みが走って、アベルは目を覚ました。全身が痺れるような感覚。頭が鈍い。意識はあるが、脳に蜜をかけられたようにぬったりとしている。視界はぼやけ、はっきりと見えない。ただ、真っ暗な空間にいるということはわかる。ここはどこかはわからない。カイのもとへ行こうと二階の階段を下りようとしたところから記憶が飛んでいる。何があったのかさっぱりだ。アベルは身がよじると、ジャラリと言う音が鳴り、アベルは慌てて周囲を見渡す。霞んだ視界ではあるが、人がいないことは確かだ。それなら、今の音はアベルから鳴った音だと言うこと。
もしかして、鎖で縛られているのか???
アベルは頭をブンブンと振り回した。
しっかりしろ、しっかりしろ。目を覚ませ。
はっきりとはわからないが、自分が今とてつもなく危険な状態にいると言うことは本能で感じ取っている。鼻を突く刺激臭に、腐ったような腐卵臭が混ざり、余計に頭が混乱する。
アベルは唯一使えそうな聴覚を頼りに、自分がどうなっているのかを探ろうとした。
身をよじると聞こえるジャラリと言う鎖の音、鎖の音が鳴ると山びこのように少し空間に残る音の感じ…………。
まるで、牢屋みたいな空間だ。
少し時間がたつと、目も大分見えてきて、触覚も元通りに鳴った。ただ、まだ痺れる感覚は残っている。
アベルは今真っ暗な空間に閉じ込められており、両手は鎖で壁に繋がれている状態だ。誰がこんなことをしたのかはわからないが、いきなり過ぎて戸惑ってしまう。
アベルがマハルとの通信を試みようとしたものの、それを妨害しようとする何かの障壁があるらしく、全く連絡が撮れなかった。そうなるとアベル一人で解決しなければならないというわけなのだが、それはなかなか難しいことだ。
コツン コツン コツン コツン
足音が聞こえた。
暗闇の中で、不気味に響く音。
それが何を意味するのかは、アベルにだってわかる。
……………………アベルをさらった犯人が、近づいてきている。
アベルはもがいた。必死に鎖を解こうと腕をがむしゃらに振るたびに鎖がジャラジャラと鳴る。鎖の音が、暴れても無駄だとアベルをあざ笑うかのように暗い部屋に響いた。無力感、焦燥感、緊張感……。それらがアベルを取り囲み、わいやわいやと騒ぎ立てる。
足音がもうすぐそこに近づいている。
アベルが必死に腕を振り回していたのだが、急に何者かがアベルの顎を思い切り掴んだ。アベルの顎が前に引き寄せられ、座った体制で上半身が前屈みになる。
「やはり、なかなか綺麗な顔をしているな。」
低い声がアベルの鼓膜を震わせた。この声に更なる恐怖を感じ、アベルは固く目をつぶった。が、目を無理やりこじ開けられ、強制的に相手の顔を見ることになってしまった。
「驚いたろ???」
小馬鹿にした口ぶり。普段はそれに対しムッとするであろうアベルは、震えるしかなかった。何せ、相手は
グリムヴァルト公爵家の長男、イグナティウス・グリムヴァルトだ。




