1.物語は、始まる。
空が朱色に変わっていく。真っ青な昼空の真下、広大な草原の上に横になったと思えば、もう一日の終わりを告げる町の鐘が響いている。アベルの近くで横になっていた鍛冶屋の主人も、いつの間にか忽然といなくなっていた。いなくなるんだったら一言言ってくれれば良いのに。
アベルはため息をついて、ふと6歳の頃、母が言った言葉を思い出した。
どうやら、僕は空から落ちてきたらしい。
母が、お前は他人の子だと言った。あげく、お前は空から落ちてきたのよ、と言う。まさかそれを本当に信じるわけがあるまい。母と手を繋ぎ町を歩いているとき時折見る孤児達。自分も、この孤児達のように、親に捨てられたのだ。捨てたところを今の親に拾われたのだ。
幼い頃から、自分が誰の子であるのか、疑問だった。どうして捨てられたのか、疑問だった。あるいは、捨てなければならなかった理由があるのか、捨てることで利点でもあったのか、自分が本当に必要のない子だったのか----知るよしもないのだが、知りたいと思ってしまう。それは、衝動に近いものなのかも知れない。あるいは、知らなければならない...と本能が叫んでいるのかもしれない。
真っ赤な夕焼けを背にして、アベルは帰路に着いた。アベルは路地を横切り、狭い裏路地に入った。そこにはたまに行き場を失った孤児達の溜まり場になるのだが、今日は見回りでも来たのか、孤児の姿は見当たらなかった。ふと、今の両親に出会えていなければ今頃自分も......と言う複雑な思いが湧いてきた。だが、一度考え始めたら三日はその考えに浸りそうだったので、慌ててその思いを降りきり、アベルは裏路地を突き抜け、その先にある小さな自分の家に着いた。最近は特に、小さな子供を見かけるだけでもダメなのだ。油断は禁物、と言う言葉が座右の銘になるくらい、今のアベルは感性と言う感性が溢れ出ていた。
家に帰ると、ツンと鼻を突く酒の匂いがした。酒癖の悪い義理の父、アルレイドがまた大酒を飲んだのだろう。アルレイドはその筋肉質で大柄な体を折り曲げて埃の被ったソファの上でぐっすり眠っていた。まったくご立派なことだ。今日は護衛の仕事がないからと言って、一日中酒場にでもいたのだろう。今思えば、朝にアベルが家を出るときも姿を見かけなかった。この人はまったく、あきれたものだ。母も、どうしてこんな人と一緒にいるのだろう。何がよくて一緒にいるのか全く理解ができない。
物音を聞きつけたのか、母のユフィーナが奥の部屋からひょっこり顔を出した。
「あら、帰ってたの?帰ったのなら言ってよ~!」
「母さん、ただいま。」
ユフィーナは、真っ赤な髪をかきあげて、アベルににっこり笑った。アベルはこの笑顔が大好きなのだ。誰よりも美人で自慢の母親。料理も上手いし、人柄も良く、近所の人からも人気がある。今は自営業で料理屋を営んでいて、ユフィーナを一目見に来る客も少なくないのだとか。
だが、父親が父親なので、やはり比較されたりなどはするようだ。母にすべての才を与えた神も、男運だけは与えなかったらしい。それでも粘り強くアルレイドに負けないユフィーナは、息子からすれば誇らしかった。まだ若く、20代半ばと言ったところか。
「ねえ、勝戦祭が明日あるの知ってる?」
「ああ、あれ?国の軍がやっと戦争を終えて明日帰るときにやるやつ。」
アベル達が属するこの国、エルアシアは三年前から隣国と戦争をしてきた。その戦争に最近、やっと終止符が打たれたと言うのだ。そこで、エルアシアの勝利で幕を閉じたこの戦争の勝利記念と言うことで、国を挙げて祭りとして軍の帰還をお祝いすることにした。アベルが住むこの町は端にあるド田舎であるが、偶然にも軍がこの町を通って王都まで行くらしい。なので、明日は隣町からも、その隣町からも、隣町でない町からも、たくさんの人がお祝いをするためにこの町に来るらしい。
「そこで、あんたには私の店を手伝ってほしいの。」
そんなことか、とアベルはすんなり頷いた。
「いつもの頼みでしょ、別に良いけど。」
「いつもより忙しくなると思うわよ。」
「別に、やることないし。」
これは、別に善意で手伝うことの良い訳ではない。事実だ。
ユフィーナはにこりと笑い、アベルのライトゴールド色の髪をそっと撫でた。
「わかったわ、よろしくね。」
この時まだ思春期でなかったアベルは、にんまりとした笑みを浮かべ、母の手をそっと掴んだ。
この選択が、人生を大きく変えることになるなんて、誰も思うまい。
題名にもある通り、主人公は騎士、、、なのですが、騎士になるまでの過程も含めて書くつもりなので、それまでが長いかもしれません、、、。
どうか気長にお待ちください(-_-;)




