16.偽伯爵令息はあの時の恩人に会う。
「まっさか本当に上手く行くとはな!!!」
お茶会が終わり、各自宅へと帰ったあと。伯爵家の別荘に着いたとたん、一日中立ちっぱなしだったアルフォーレがドカッとソファに身をやった。
いざとなればアベルを守りに走りかけてくるのだろうが、従者の仮面を被り立ち続け、アベル達がお茶会で会話をしている最中もさぞかしもどかしかったであろうアルフォーレが、ようやくひと息つける状況になったのだ。
ちなみに言うと、アルフォーレはアベル達の身に起きたことを全然知らなかった。ただ戻りが遅いなあと思ってはいたと言うのだが、まさか刺客に合うとは夢にも思わなかったらしい。それを知ったのは、帰りの馬車の中だ。
知るなり聞くなり自身のピアスにも付けられた超小型無線機に怒鳴り付けた。
「マハル!!!なぜ俺にも言わなかった!???危うくアベルがやられるところだったじゃないか!」
本気で怒っているらしく、珍しいなと思った。
マハルは冷静に答えた。
『僕にはプランがあった。もちろん危なかったのは事実だったけど、でもそのおかげでこうやって計画が上手く行ったんだ。アルフォーレが駆けつけていたら刺客は片付けられただろうけど、変わりにアンドリューには怪しまれていただろうね。』
「だがなぁ……!!」
『アベルに指一本かけた契約を交わしておいてよく言うよね。』
呆れたようなマハルの声。正論を言われアルフォーレは言葉に詰まった。
『何事にもリスクは付き物。もちろん、本当に危険そうだったらすぐ君に連絡していたよ。僕はアベルの可能性にかけてみたんだ。』
「僕の可能性……?」
アベルの可能性、と言う言葉に心臓がドクンとなった。アルフォーレはアベルの頭に手をのせた。
『そうさ!君は頭も良いから、状況をよく把握して判断できると思ったんだ。それにこの前護身術も習ったでしょ?応用も効くのかなっとか思って。』
マハルの楽しそうな声。相当アベルを評価してくれているみたいだ。それは嬉しくもあり、むず痒くもあった。
「とりあえず明日アンドリューくんの家に行くことになったから、どうするか考えようよ。」
アベルは話題を変えた。今日の事を話すより、明日どうするかを話した方が絶対良い。アンドリューの家に行くことが決定したのは決定したが、ここからどう攻めていくかがまだわからない。アベルの行動次第で事態が変わるかもしれないし、どうすれば良いのか聞いておきたい。
するとマハルが上機嫌に笑った。
『ははっ!さすがアベルだ。冷静に把握しようとしている。』
「からかわないでよ。」
『からかってないさ!』
マハルは笑った。
『でも、確かにそうさ。目的はグリムヴァルト家に侵入することじゃなくて、グリムヴァルト家を調査して証拠を掴むことなんだから。』
アルフォーレは渋々と言った感じでうなずいた。
「それもそうだ……。だが次に危険だと思ったときは、お前達だけで解決しようと思うなよ。なにかあってからじゃ遅いんだからな。」
グレーの瞳をギンと光らせ言った。アベルは、心配してくれるなんて結構いい人なのかな、と少し好印象を持った。いや、だが例の契約の事を考えるとプラスマイナスゼロなのかもしれない。良い面もあり、反対に非情な面もあると言ったところか。まあ、ギルド長をするならこれくらいの器がないとやっていけないのだろう。
アベルは真面目な顔をしてうなずいた。
「さて、明日の事だが。」
アルフォーレが魔術器具で染めた銀色の髪を撫でた。
「お前の事は他のやつに任せることにした。」
他の…………ギルド員???
アベルは首をかしげた。ここにはアベルとアルフォーレ以外来ていないはずだが。
アルフォーレは疑問を顔に浮かべるアベルを見てニヤリとした笑みを浮かべた。
『………………まさか、カイ???』
「ああそうだ。」
『え、でも、彼そこにはいないんじゃ……!???』
マハルの驚いた声。アルフォーレは手をひらひらさせた。
「自主的についてきたってよ。実は昨日王宮で見かけたんだ。……まったく、大したやつだよ。」
呆れたようなため息。アベルだけが話についていけない。
「カイって誰??」
「あ、そうか。お前まだ会ったことないんだよな!」
『彼は普段別のとこにいるからねー。任務のときにだけ呼んで彼に実行してもらってんの、いつも。』
なら、情報ギルドの情報収集係りと言ったところか。かなり大変な役割ではないだろうか。アベルは今の自分の状況を考え、そのカイと言うギルド員を心の中で労る。
「おそらく、カイと一緒にいた方が俺よりも安心だと思う。潜入する場所はなんと言ったってグリムヴァルト公爵家だし、危険なところだからな。」
「カイさんは戦いが得意ってこと?」
「やつは元々暗殺者だったからな。」
アルフォーレがしれっと言った。
…………ならアベルは明日元暗殺者と共に行動しないといけないと言うわけで……。
…………暗殺者……………………。
……
…………殺されないよね…………?
ひきつったアベルの表情を見てアルフォーレは深紅の髪をがしがしと乱暴に撫でた。
「っだから今は暗殺者じゃねーから!大丈夫だって!」
「ううう、痛いっ………。」
アベルは頭を必死に押さえた。
「カイは戦闘力は高いが、仕事では人を殺さない!護衛手段と思え!」
「ううっ、わかったって!」
アルフォーレがパッと手を離した。アベルはすぐに髪を整え直す。まったく、乱暴な人だ。ひと睨みし、ため息をついた。
「明日はどういう計画でいくつもり?」
「ひとまず焦る必要はない。順調にアンドリューと仲を深めろ。そして、また別の日に合う予定を掴め。」
「じゃあ、楽しく過ごしたら良いってこと?」
アルフォーレはうなずいた。
「そういうことだ。相手の緊張を解くことが先ってな。あまり攻めすぎても失敗する確率が上がるだけだ。まだ時間はある。じっくりと攻めていこうぜ。」
まるで獲物を狙った狼だ。アベルはゾクッとして身震いした。急に仕事モードに入られたら困ってしまう。今日やっと茶会を無事に終えたと言うのに。
こう毎日毎日任務のために人と会うとなると、ひと息つく暇もない。
揺れる馬車のなかで、アベルは深くため息をついたのだった。
グリムヴァルト公爵家の別荘に行く日の朝。
少し肌寒い早朝朝早くに、朝を告げる鳥達の鳴き声がよく聞こえる。アベルは昨日と違った正装を着て、今日の従者役となるカイを待っていた。
一体どんな人が来るだろうか、怖くないだろうか…………そんなことを考えながら待っていると、背後から気配がした。
驚いて振り向くと、黒髪黒目で従者のジャケットを羽織った高慎重の男が立っている。男は驚いたように一瞬目を見張ったが、
「気配感知能力が素晴らしいな。」
というぼやきと共に、ネクタイを締めた。
アベルはもっと驚いてその男の顔を凝視した。見覚えのある顔。頭にあの時のたくましい胸筋の感覚がよみがえった。
王宮のパーティーの時、過呼吸になったアベルを助けてくれた衛兵だ。
目を丸くして見ていると、その男は言った。
「お前がアベルだろ?」
アベルと言われ、胸がドクンと跳ねる。声も出せずにうなずくと、その男は反応を確認し、続けていった。
「俺はカイだ。」
そうか。この人が、カイだったのだ。だから助けてくれた。
「あの、この前助けてくれましたよね……?」
「ああ。」
「あ、ありがとうございます!」
「ああ。」
カイは大したことないとでも良いふうに軽く反応した。
かっこよすぎる。今日この人とご一緒できるなんて光栄すぎる。
カイは馬車に乗ると、アベルに手をさしのべて、乗るのを手伝ってくれた。紳士過ぎる。かっこいい。
馬車の中で二人きりというのも、異性でないはずなのにドキドキする。これが憧れの人と言うものなのだろうか?
カイはサラサラな黒髪を掻き分け、黒い瞳をしている。さらに従者のジャケットを来ているので、衛兵の格好とはまた違った感じでよく似合っている。決してアベルの目にフィルターがかかっているというわけではない。普通にかっこいいのだ。
「心の準備はできているか?」
カイが口を開いた。
「はい!」
なにも考えずにアベルは精一杯の声で答える。
「本当に?」
「はいっ!」
「グリムヴァルト公爵家にいくんだぞ?」
「はいっ!」
「はい以外を言え。」
「はいっ!」
カイは深くため息を着いた。かっこよすぎる。この人が暗殺者だなんて、もっとかっこいいではないか。仕事しているところをぜひ見学させてもらいたい。
アベルが目を光らせながらカイを見つめていたのだが、カイが顔の目の前で
バチンッ
と手を叩いた。我に返る。
カイは呆れたような表情をしている。
「何を考えている。重要任務だぞ。失敗は許されない。」
「あっ……は、はい。すみません。」
うつむいて、恥ずかしさで赤くなった顔を隠した。
そうだ。今からグリムヴァルト公爵家にいって、アンドリューに会わないといけないというのに。ぼうっとしていたらダメだ。アルフォーレの言うように、あの公爵家は相当恐ろしいということがわかったのだし気を抜いてはいけないだろう。
アベルは深呼吸をして、カイを見た。カイは無の表情でアベルの様子を伺っている。
「心の準備はできました。カイさん、今日はよろしくお願いします。」
絶対、成功させる。アンドリューの信頼を勝ち取り、グリムヴァルト公爵家を調査するのだ。




