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騎士ですが、奈落道を行きます  作者: PuRi
偽伯爵令息と事件簿
16/25

15.偽伯爵令息は刺客に合う。





『逃げろ!!刺客だッッッッ!!』

マハルの裏返った警告の声が、アベルを緊張の淵へと追いやる。心臓がバクバク言うのが聞こえた。

何が起こったのだろう。刺客って、なんだ????


アベルが混乱していると、アンドリューが「危ないッ!」と叫び、アベルにタックルをかましながら共に倒れこんだ。アンドリューの頭越しに、さっきまでアベルの頭があったところを三本のナイフが飛んでいるのが見えた。背筋がひんやりとした。アンドリューがタックルをしなければ、アベルにあれが直撃していたかもしれない。

「ルシアン、立てるか??」

アンドリューが次の攻撃に備えて体制を立て直そうとする。が、アベルは腕が震えて動くことができなかった。

『アベル!来るぞ!!右に避けろ!』

辛うじて、マハルの声がアベルを動かした。アベルはアンドリューの首根っこを掴み、一緒に右に転げた。さっきまでアベル達が倒れこんでいたところにナイフが突き刺さっている。完全に頭が真っ白になった。

今、アベル達は殺されようとしているらしい。


「に、逃げよう!!」

アベルはすかさず立ち上がり、アンドリューの手首を引いた。

アベルの手に引かれ、アンドリューも立ち上がる。アベルは手洗いから刺客が出てくる前にその場から逃げようとしたが、遅かった。黒い衣装を見にまとい、顔が見えないようマクスで顔の半分を覆った刺客は素早い動きで手洗いから出てきたと思えば、ナイフを片手に襲いかかってきた。あっという間に合間を詰められる。

全てがスローモーションに見えた。刺客がよく切れる角度にナイフを持ち直す。キランと光ったナイフが、アベルの顔を映した。


切られる。


そう思ったときには、アンドリューがアベルの服の襟を掴み、思い切り後ろに引っ張ってくれていた。おかげで顔に少し掠れるくらいの傷ですんだ。頬が熱い。ヌルッとした温かい感覚で、血が出ているのだとわかる。アンドリューはアベルを背にかくした。

「おい!!!下手くそ!!!」

アンドリューが叫んだ。

「こいつは伯爵令息だぞ!グリムヴァルト公爵家の息子は俺だ。目が曇ったのか???」

まるで、俺を狙えとでもいう風に。

その挑発的な態度にアベルは違和感を覚えた。まるで、なれているかのようだ。何回も経験したかのような、そんな感じがする。

アンドリューは憎々しげな表情で刺客をにらんでいた。そんな牽制をものともせず刺客が襲いかかってくる。巧みな足で、一歩踏み出しただけでも3メートルの距離を一気に縮めて来る。空間が縮んだのかと錯覚するような速さ。距離が縮まったと思えばナイフを振り上げ、アンドリューを刺そうとした。が、アンドリューはその前に蹴り足で相手の腹に一発かまし、刺客の攻撃を避けることに成功した。刺客は床に転がったが、アベルが「やった!」と思ったのもつかの間、素早く受け身をとり態勢を立ち直し、またもやアンドリューに襲いかかろうとした。今度は低い態勢だった。限界まで屈み、足の力で前進する。

避けたかと思った。


「うっ」


と言うアンドリューのうめきと共に切られたズボンの隙間から血が滴るのが見えた。

『足は避けるのが難しい。』

マハルが低い声で呟いた。

確かに、上半を狙った攻撃ならただ態勢を低くしたり普通に避ければいいのだが、足を狙った攻撃となると避けるのが大変になってきそうだ。攻撃が来る寸前にジャンプでもするか、あるいは大きく後ろに下がるかでもしないといけない。だが、今回後ろにはアベルがいたので下がりたくても下がれなかったのだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、今は目の前の相手に集中しなければならない。

『アベル!何とかして、刺客から離れるんだ。ギルド長から聞いたけど、君のスーツの内ポケットには魔素撃ショットと言うのが隠されているらしい。』

「なにそれ……。使い方わからないよ。」

『魔素が魔術の根元であると言うのは教わったよね?魔素を凝縮し、エネルギーへと変換した装置なんだけど、あまりのエネルギーの大きさにそのショットを食らった人は痺れる。酷い場合は失神なんだけど。』

「じゃあ、それを使えば逃げきれるってこと???」

『ああ、だがよく見て使うんだ。直接魔術器具を相手に当てなければならない。』

アベルは内ポケットから器具を取り出した。手のひらくらいの大きさ。魔素を流す作りなのか、U字型になっている。通りで固い感触があったわけだ。まさかこんなのが仕込まれていたなんて思うわけがない。

だが、今は万が一のために備え用意してくれたアルフォーレにありがとうと言うしかなかった。


刺客がひたすらアンドリューを狙い、低い態勢を維持しながら動き回っている。アンドリューは頬に汗をかきながら攻撃をいなし、蹴りで相手に反撃していた。しかし怪我を折った足はとても痛々しい。まだ血が止まりきっていないのに切られた方の足を振り回しているせいで、血が辺り一面に飛び散った。ボタボタと床に血が落ち、アンドリューはうめいた。うめきながらも、刺客の腹に思い切りの足蹴りを食らわせることに成功した。痛そうな声をあげ、苦痛に顔を歪ませながら刺客は床に転がった。


「ルシアン……お前は早く逃げろ……。」

刺客を要注意し機会を狙っていたアベルにアンドリューはささやく。額から汗が滲み出ている。足も怪我しているのに、どうしてそんなことが言えようか。

「ダメだよ。」

「いや、逃げろ。あいつは僕を狙っているんだ。お前まで狙われる必要はない。」

アンドリューがアベルを軽くにらんだ。早く行けと催促する。アベルは首を横にふった。

「行かないよ。」

「なっ!」

アンドリューが、お前はバカかとでも言いたげにアベルを見る。

彼一人をおいていけるわけない。怪我までしていると言うのに。それに、アベルを助けてくれたのだ。絶対根は言いやつに決まっている。グリムヴァルトとか関係ない。


ただ、友達になりたい。

この危機を乗り越えて。



だから、逃げない。

「きっと大丈夫だよ。」

「大丈夫じゃないから早く逃げろと……!!」

「刺客が来たら相手の動きを止めてほしい。」

アベルは低めの声で言った。これはどうしてもアンドリューの協力が必要だ。どうしても、アベルの今の力だけでは相手に叶わない。アベルより背が高く、まだ力もあるアンドリューが協力してくれれば、成功する確率が格段に上がるだろう。

アンドリューは一瞬戸惑ったようにアベルを見たが、何か考えがあると察したのだろう、静かにうなずいた。

そして、態勢を整え直した刺客に挑発するように吠えた。

「お前も大したことないな!下手くそ!!!!」

挑発に乗るように刺客は鋭いナイフを持ち直し、アンドリューの方へと前進する。意識は完全にアンドリューをとらえている。

アベルは刺客が飛び出すのと同時にアンドリューの横へ飛び出した。手に魔素撃シャットを握り、スタンバイしておく。

アンドリューは刺される危険性も顧みず、刺客が振り上げた手を掴み、その手を捻りあげた。足に体重がかかって顔をしかめたが、何とか耐えてくれている。

『今だ!!!』

アベルは刺客の首に魔素撃ショットを浴びせた。魔道具から強力な魔素が流れ、「ギャああああああ!」と叫びながらその刺激に耐えきれず刺客は意識を失った。

アンドリューが失神した刺客の手を離すと、刺客はその場に崩れ落ちた。

「え、これ死んでないよね?」

ピクリともせず白目を向く刺客を見て心配になってきた。

『大丈夫でしょ。もともとそんなものだよ。』

からっと言うマハル。恐ろしや、魔術器具。アベルはそんな器具を平然と取り扱うマハルがなんだか怖くなってきた。

「あ、アンドリューくんは、大丈夫??」

次にアベルはじっとしているアンドリューへと話しかけた。

刺客はアンドリューを狙っていると本人の口から語っていた。もしかすると、ショックを受けているかもしれない。

アンドリューは何を考えているのかわからない表情でアベルを見た。


「行くぞ。」

「え?」

「お茶会。戻ろう。」

アベルは驚いて瞬きをした。

「人を呼んでこようよ!!このままじゃこの人、数分後に起きて逃げてっちゃうかもしれないよ!」

「そうなっても構わない!人は呼ぶな!」

アンドリューは鋭い剣幕でアベルに言った。


まるで、絶対に知られたくない秘密を知られたかのように。


アンドリューは一歩踏み出そうとした。が、「うっ!」とうめきながら、切られた足を引きずった。ざっくり切られたため、まだ血は止まっていない。

「怪我してるのはどうするつもり?」

「……言うな。」

アンドリューは唇を噛み締めた。

「言わないでくれ…………頼む。」

顔をうつむかせたが、アベルにはその表情がくっきりと見えた。悔しそうな、悲しそうな顔。

誰にも言えない訳があるのか、ただプライドがそうさせているのかはわからない。だが、彼の言い表せない孤独と苦しみを感じ、感じた瞬間胸が苦しくなった。



どれだけの間一人で苦しんできたのだろう。

今まで誰にも言えなかったのだろうか。


アベルには悲しいとき、話を聞いてくれる母親がいる。実の母ではなくても、愛し、自分を理解してくれる母親が。




……彼には、いるのだろうか。




「アンドリューくん、わかったよ。」

アベルはポケットからハンカチを取り出し、痛々しいアンドリューの傷口にギュッと巻き付けた。

「傷口は圧迫させて血を止めるんだよ。」

「どうして……。」

「アンドリューくん。」

いきなりのアベルの行動に困惑したようなアンドリューだったが、アベルはそんな彼を見つめ、優しい笑みを浮かべた。

「僕は、誰にも言わないし、君が嫌だと言うならこの刺客もこのままにしておく。」

「……いいのか?」

アベルはうなずいた。サックスブルーの瞳が揺れる。

だが、ここで引き下がるわけではない。むしろ、チャンスなのだから。





「でも、その代わり君の家に招待してほしいんだ。」





「は????」



お前は何を言っているんだと言わんばかりに驚いたアンドリューの表情。考えもしなかったと言うのがバレバレだ。

アベルにはこの機会を最大限に活かすしかなかった。もともとアンドリューを助けるためではなく、グリムヴァルト公爵家に侵入するために来たのだから。



ちょうど良いチャンスなのだ。




逃がす訳にはいかない。




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