14.偽伯爵令息は本格的に謝りに行く。
さて、ここまで何があったかもう一度整理してみよう…………。
アベル兼ルシアン・モンターニュは、グリムヴァルト公爵家に潜入するために公爵家の次男に取り入ろうと目論むも、作戦は失敗に終わる。が、夜会でアベルが令嬢達に囲まれているところを見たヴァンサン・エステからいきなり親睦会の誘いが来る。もしかしたらというわずかな期待をこめて親睦会への参加を決意し、いざ行ってみるとそこは親睦深い令息達の集いであった。そこでなぜモテるのかと聞かれ、今度はモテたい令息達に囲まれる(精神的に)。
そして今、
「ヴァンサンさんもモテるじゃないですか。」
「モテてないのは僕ですよ。」
「何を行っている、もっとモテたいに決まってるだろ。」
「ヴァンサンさんもモテる秘訣教えてくださいよ。」
「ルシアンくんには叶わないんだから。」
「なにッ……弱気を吐くなッッ!!!!」
と言う状況だ。よくお分かりいただけただろうか。ここは非モテ令息達の聖地なのだ。モテる秘訣と要因を探るべくアベルを招待したと言うわけなのだが、顔と気品には勝てないと言うことで、次にヴァンサンがターゲットになったというわけだ。令息達はヴァンサンからもモテる秘訣を探り出そうとしている。が、実にくだらなく、見ていて呆れる光景なのだが、いじめられるよりかはましだなとアベルは肩を撫で下ろした。問題は、そう……アンドリューだ。
アベルはお茶を飲む素振りをしながら目の前にいるアンドリューを盗み見た。アンドリューは特に話す相手もおらず退屈すぎて、紅茶をすでに三杯も飲んでいる。アベルに紅茶の味はいまいちわからなかったが、紅茶の匂いを嗅ぎながらすすっているのを見るにそこそこおいしいらしい。アベルは耳元からマハルの声を聞き取った。
『アンドリューがたくさん紅茶を飲んでるね。こんなに飲んでたら多分トイレに行きたくなるんじゃないかな。』
マハルの言葉通り、数分後にアンドリューは席を立った。
「なんだ??」
先程からあれやこれやと令嬢のことで言い合っていたヴァンサン達が、いきなり動いたアンドリューにびくりとしながらも嫌な顔をする。
アンドリューは手をギュッと握りしめて言った。
「少々お手洗いをお借りしたい。」
「……庭を横切り右にある建物にある。」
感謝する、とアンドリューが言うと同時に回れ右をして席から離れていった。
アンドリューが庭を抜けた瞬間、令息達は安堵のようなため息をついた。全員が肩を撫で下ろし、緊張感から解放される。
「やっぱり怖い……。」
令息がぼそりと呟いた。が、隣にいた令息がパシリと叩く。
「おい、聞かれたら困るぞ。なんたってあのグリムヴァルトの人間だから……。」
「いや、そもそも同じ公爵家だと言うのに、なぜ俺が恐れなければならない。」
ヴァンサンが悔しそうに言った。確かにその通りだ。グリムヴァルト公爵家は雰囲気が怖かったが、実際はどうなのかわからない。なぜ皆こうも恐れているのだろうか?
マハルから
『さあ、君もアンドリューに続いて手荒いにいって!』
と言う指示が来たが、それでも気になってしまう。これだけ聞いた後でと思って、アベルは質問した。
「あの、僕が無知なものでして、グリムヴァルト公爵家はなぜ恐れられているのか理由を伺ってもよろしいですか?」
アベルが尋ねると、その場にいた全員が顔を曇らせた。
だがさきほど自己紹介をしてくれた伯爵令息のユリウス・リシュモンが唯一口を開いた。
「グリムヴァルト公爵家は様々な黒い噂があるけど、今までそれが事実であるのか確定することはできなかった。グリムヴァルト公爵家のガードはかなり固いからね。でも、使用人の発言や目撃者の証言によると、孤児をさらって拷問や残虐をしたり、人体売買をしていると言われている。だから皆あの家の人間とは極力関わらないようにしてるってわけ。」
孤児、と言ったところでアベルは震えた。あまりに残酷すぎるではないか。人間は孤児であっても、生まれた意味はちゃんとあるはずなのに。孤児なら拷問や残虐をしてもいいなんて、そんなのおかしすぎる。
ヴァンサンは重いため息をついた。
「万が一息子に気に入られて家に招待でもされたら――――考えるだけでも恐ろしい。死んでもお断りだ。」
令息達は一気に震え上がり、お互いの鳥肌を擦り合っている。アベルも話を聞いて毛が逆立った。もしアベルが偽物の伯爵令息で、本当は孤児だと知られてしまえば――――。
いったいどんな目に逢うか………………。
『アベル!アンドリューの後に続いてお前も手荒いに行ってこい!そこでなんでもいいから話をするんだ。』
耳元からマハルの声が聞こえてくる。が、そう指示されてもあんな話を聞いた後に、無理だ。
「そんなこと、できないよ……。」
アベルは弱々しく呟いた。
『なにひよってんの?』
マハルの呆れた声。マハルにはこの気持ちがわかるまい。孤児が社会的にどれだけ弱い立場であるのか。どれだけより身のない不安の中で生活をしているのか。アベルは赤子の頃、物心がついたときにはすでにユフィーナに拾われていたから孤児の記憶はないものの、それでも自分もそうなっていたのかもと孤児たちの姿を見るたびに胸が締め付けられ、気のつかないフリをしていた恐怖感に襲われそうになる。
それなのに、人間を人間だと思っていないような、孤児たちに虐待をするようなそんなやつの家に入ってでもしまえれば――――――
もう二度と僕は戻れなくなるかも知れないのに……………………。
ぶるりと震えて、アベルは腕を体に回した。
『じゃあ、もしそれが真実としてそのままにしてもいいのかって言うのかい?孤児が連れ去られ、酷いことをされていると言うのに、その流れを切ってしまおうとは思わないの?』
冷静なマハルの声が胸をついた。流れを切る、と言う言葉に目の前の暗闇から光が差し込む。
『君の行動ひとつでもしかすると状況を変えることができるかもしれない。君の勇気ひとつでね。』
僕の勇気……アベルが心の中で呟いた。
『君もそれを望んでいるはずだ。変えるためには行動あるのみ。さ、立ち上がって!』
アベルは立ち上がった。もちろん不安が消えたわけではない。ただ''勇気付けられた''だけだ。
この一連の流れを止めるためには結局誰かが動かなければならない。誰かが。アベルが。
急に立ち上がったアベルに一同はぎょっとしていたが、アベルが気まずそうに頭をかいたり身体をもぞもぞされたりしているのを見て、ヴァンサンは呆れたようにため息をついた。
「手荒いだろ?さっさと行ってこいよ。」
「は、はい!」
アベルは我ながら上手な演技だったと上々の評価をつけながらさっそうとその場を飛び出した。アンドリューはもう手洗いを済ませてしまっただろうか。ほんの少しでもいいから二人きりになる時間がほしい。アベルは庭園を右に曲がり、大きな建物に入った。建物は王宮と同じく大理石でできているため、ひんやりと涼しかった。それにしても規模がおかしすぎる。どうして建物がいくつもあるのだろう。それも、アベルの家の20倍くらいの大きさの建物だ。ここは別荘じゃないのか。別荘だったら本邸はどのくらい大きいのか、考えてみると意識が飛びそうになった。廊下も長い。いつになったら手洗いまでたどり着くのだろうか。アベルは廊下の端にようやく手洗いを見つけた。アンドリューとすれ違わなかったことを考えればおそらく彼はまだ中にいるはずだ。アベルは深呼吸した。これでもかと言うくらい肺に空気を溜め込み、もうでないと言うくらい長く息を吐いた。脳に酸素を送る。今度は同じ失敗をしないために。
――――大丈夫。僕はできる。
「おたのもうす!!!!」
アベルが知っているなかで一番力強い挨拶をしながら手洗いの扉を開けた。勢いよく開けてしまったため、当然中にいたアンドリューはビックリしていた。
『ブッ!!なんなの、おたのもうすって!貴族はそんなこと言わないって!』
ケラケラと笑う声がアベルに聞こえた。確かに言葉選びに失敗したかもしれない。今は伯爵令息であることをうっかり忘れていた。
呆然とアベルを見つめるアンドリューに心の中で謝りながら、咳払いで誤魔化す。
「あ、アンドリューくん!」
「な、なに??」
なぜか二人ともビビリながら言葉を交わす。アンドリューは手を洗っている途中だった。蛇口からチョロチョロと流れる水の音がやけに大きく聞こえる。
アンドリューは昨夜と同じ、警戒するような表情を浮かべ、アベルの様子を伺っていた。アベルは大きく息を吸い込んだ。ここは、思いきりが必要なのだ。そう、思いきって、
「アンドリューくん、昨日はごめんなさいッッッ!!!!!」
大きな声で謝罪するのだ。
「ええ??????」
アンドリューはまたもや呆気にとられた表情でアベルを見つめた。ポカンと開いた口がなんとも儚い。
「昨日、僕がいきなり話しかけて驚かせてしまいましたよね!?本当に申し訳ないですッッッッ!実は夜会に参加するのは昨日が初めてのものでして……!」
「そ、そう、なのか……?」
「はいっ、そうなんです!!!」
アベルの勢いに圧倒され、一歩後ろに下がったアンドリューの濡れた手をガシッと掴む。アンドリューはうめいたが、手を払い除けようとはしなかった。しめしめと思い、さらに追い討ちをかけるべく言葉に感情を乗せて口で発する。
「僕はただ、アンドリューくんと仲良くなりたかっただけなんです!アンドリューくんってクールじゃないですか!一目見てかっこいいと思って話しかけたのですが、世間知らずな僕が無礼を振る舞ってしまったようで、とても申し訳なかったです……!でも、やっぱりあなたと仲良くなりたいので、謝りたいと思いまして……。」
極めつけは上目遣いだ。あくびを圧し殺した反動で出た涙でうるうると目を潤わせる。心から申し訳ないという表情に加え、涙まで見せるなんてなかなかナイスなチョイスだろう。
アンドリューはかなり戸惑った表情だった。多分人とあまり接してこなかったせいで、こういうときにどうすればいいのかわからないのだろう。
数秒間うるうるとアンドリューを見つめ続け、蛇口の水がビチャビチャ流れ続け、ついに絞り器に詰め込んだ石を絞りこむ様にぼそりと言った。
「ベ、別に気にしてないし……。」
そう言うとふいっと顔を背けてしまった。が、耳が赤くなっているのをアベルは見逃さなかった。
「ゆ、許してもらえるのですか??」
「そうだと言ってるだろう!悪気はなかったみたいだし……。」
アンドリューは思春期の子供のように不貞腐れたように言った。そして思い出したかのようにようやく蛇口を捻り、水を止める。アベルは熱いまなざしでアンドリューを見つめた。その気配に気づいたアンドリューは「うっ!」とうめき、決してアベルの顔を見ようとしなかった。
「じゃあ、友達になってもいいですか!?」
『あ、アベル、いきなりブッこみすぎじゃない???』
マハルが戸惑ったように言った。目の前の相手も、驚き、戸惑ったかのように言葉を詰まらせ、動向が揺れ続ける。
迷っているのだ。自分が友達を作ってもよいのかと。
自信がないのだ。いつも批判され続けていたから。
だから、好意を見せてくる相手にどうすればいいのかわからない。
アベルを受け入れる準備ができていない。
でも、だからこそまっすぐな気持ちを伝えようとした。アンドリューはそれほど悪い人ではないのだ。実際に友達になってあげてもいいと思っていた。…………グリムヴァルト公爵家と言う家紋さえなければ……。
だが、そんな残酷な家紋のもとに生まれても、彼は純粋に育ったのだ。だからせめてアベルだけでも友達になってあげたい。
………………今はルシアンとしてだけれども。
「ルシアン……僕は…………。」
アンドリューが続けて口を開こうとした、その時。
『アベル!アンドリューを連れて早く手洗いから出ろ!!!!』
切羽詰まったマハルの声。アベルは何かあったのだと直感し、間髪入れずアンドリューの腕を引いて無理矢理外に出た。
「わっ!」と言うアンドリューの声。そして、ガンッと言う金属がぶつかったような音。
こんな事に巻き込まれるなんて、やっぱりお茶会にはいろいろ組み込まれていたらしい。




