13.偽伯爵令息は気を遣う。
「本日はご招待いただきありがとう。有意義な時間になることを祈る。」
ちっとも面白くなさそうな声色でアンドリューが挨拶する。その機械的な姿に唖然としたヴァンサンはひきつった顔で広角を無理やり上げ、優雅にお辞儀をする。
「よく来てくれた。歓迎するよ。」
ちっとも歓迎していなさそうに歓迎文句を言った。アンドリューは空いていたアベルの向かいの席に座った。さっきまではまだましな雰囲気だったはずだが、アンドリューが来たとたん急に殺伐とした雰囲気へと変化する。
「ヴァンサン様、いったいなぜ毎度彼を招待するのですか???気まずくはないのですか?」
ヒソヒソと話す声がアベルの耳まで届いた。わざと聞かせているのか、それとも意図せず聞かせているのか知らないが、おそらくアンドリューにも聞こえている。
「仕方がないだろう。父上が誘えと言ったのだ。嫌でも彼とは仲良くしていかなければならないのだよ。」
ヴァンサンも究極のヒソヒソ声で会話を続ける。アンドリューには聞こえているのだろうか?アベルはひっそりと紅茶に口をつけるアンドリューの様子を伺った。紅茶を飲むときにうつ向けたサックスブルーの瞳がとても儚く見える。アンドリューは静かに紅茶をすすった。
アベルはマハルが夜会で言っていた言葉の意味がだんだんわかってきた。アンドリューはいわば腫れ物なのだ。公爵家と言う強い家紋を持ちながらも、公爵家の評判がよくないだけに両親からその話を聞いたであろう令息達からはマイナスな印象が強く、なかなか馴染めていないと言うわけなのだろう。さらにエステと言うグリムヴァルトに匹敵するほどの大きな家紋の公爵家の令息が、取り扱いずらそうにしているのだ。そりゃ、まわりの他の令息達もどう踏めばよいのかわからないはずだ。今まではとりあえずヴァンサンとアンドリューの様子を見ながらやってきたのだろう。チラチラと二人の様子を見比べしている令息達を見れば一目瞭然だ。
「さて、全員そろったな。」
ヴァンサンがテーブルの中央でにやりと笑った。アベルはなぜだか背中がゾクリとする。その場に急に緊張感が走り抜けた。顔を強ばらせるアベルにヴァンサンが顔を向ける。
「さて、ルシアンくん。なぜ君がこの格式高いはずの茶会に招かれたのか……理由が知りたくないのか???」
アベルの頬に汗がつたった。アベルを招待した理由――――。それを考えると、なかなか肯定的な理由が思い付かない。何せ昨夜、彼から直接気に入らないのお言葉をいただいたからである。気に入らない相手を茶会に招待する理由…………いじめしかないのではないだろうか……。
「理由があると言うならば、ぜひ知りたいです。」
できれば知りたくないが、社交儀礼だ。
ヴァンサンは口の端をつり上げ、悪そうな笑みを浮かべた。嫌な予感しかない。アベルは理由を知ったらどうなるのかと不安になった。平民の場合は殴り合いだろう。実のところアベルも何度か平民の子供達の間で起きたいざこざに巻き込まれ、命を懸けて喧嘩に参加したことがある。殴りに殴られたが、こちらもかなり殴ったのでおあいこだ。殴りあいなら多少どうにかなりそうだが、今は身分と言う障害物がある。教育のときにアルフォーレから何があっても絶対相手を殴るなと言われているので、手出しすることはできない。が、それなら相手も同じではないだろうか。多少身分に差があるとは言え殴り合いは貴族の礼儀に反するはず。ともなると考えられるのは口での攻撃なのだが、相手がどう出るのかはわからない。アベルはヴァンサンがどう出るのか注意深く見守った。
「ルシアンくんがここに招待されたのにはこちら側のとある理由があってな。」
アベルは息を飲む。警戒するアベルをよそにヴァンサンは高々と言った。
「なぜモテる!!???」
「?」
アベルは思考が停止した。たった5文字のその言葉に思考が追い付かない。ヴァンサンはおそらくこう言ったのだ。''なぜモテるのか''と。アベルの頭に?が浮かんだ。まずアベルのモテるの概念が間違っているのだろうか?
「……あの、確認なのですが、モテる、とは異性から好かれる、と言う解釈で間違いないでしょうか?」
確認のために尋ねると、何を当然の事を、とヴァンサンが呆れたように呟いた。ますます混乱した。それなら、ヴァンサンはアベルに''なぜそんなにも異性から好かれるのか''、と言ったと言うわけか。なぜ???なぜこのタイミングでその発言が出るのか理解できない。
混乱しながらヴァンサンを見ると、ヴァンサンは憎々しげにアベルを見た。
「俺は昨日見たんだ。お前が令嬢達に囲まれているところをな。誤魔化しても無駄だ。」
あれを見られていたのか。
アベルは令嬢達に揉みくちゃにされうまく対応ができなかった事への恥ずかしさで顔が赤くなった。そのことをバカにされるのかもしれない。
「しかも、その令嬢達の中にはいつも俺を囲んでいる令嬢もいた!」
一見バカバカしい話に聞こえるかもしれない――いや、バカバカしくはあるのだが、話している人にとっては大事なことなのだ。ヴァンサンはわなわなと震えながら言った。
「数日前までは、俺に好きだなんだと甘い言葉をぶちかましていたのだ!それが今はなんだ、ルシアンくんを囲み、他の令嬢達と奪い合っているではないか!」
すざましい怒り。アベルは身を引いた。お互い端と端の席のはずなのになぜか近く感じる。ヴァンサンの気迫に他の令息達も身を縮みこませている。
「昨夜君に気に入らないと言ったの覚えてるか。」
「あ、はい!」
思わずアベルは元気よく返事をしてしまった。他の令息がええ……と微妙な反応をする。いきなり聞かれてただ反射的に答えただけなのだ。ユリウスは笑いをこらえているのか顔が引きつたっている。こっちは全然笑い事ではない。昨夜から根に持っていたことだ。
ヴァンサンは立ち上がった。
「俺は俺よりモテるやつが嫌いだ。お前がなぜ俺よりモテるのかわからない。」
ユリウスが「ゔ、ゴホゴホ!」と盛大な咳をかました。アベルは驚きを通り越して呆れと言う感情にまで到達した。だが、それでもヴァンサンは終わらない。
「教えろよ!そのモテる業とやらを!!!!!」
切実すぎるその叫びに、非モテ令息達が涙を流す。爵位が高いと婚約者になりたい人が多いと思ったのだが、そうでもないのだろうか?令息の1人が「女が見てるのは金……そして顔……。」と呟きテーブルに顔を伏せる。令息達の集りはいつもこんな感じなのだろうか。雰囲気が痛々しい。
アベルは咳払いをして言った。
「いえ、あの、僕はただ令嬢に挨拶をしただけです。それなのにいつの間にか他の令嬢達がよってきて、僕だって大変だったんですよ。」
「いいよな、よってくる令嬢達で悩めるなんて。」
「令嬢ホイホイなんてやつすか。」
「一度言ってみたい言葉だよ。」
令息達はアベルに恨みでもあるのかと言うような恨みがましい目でアベルを見る。アベルは苦笑いをしておいたが、今だけは呑気にお茶をすすっているアンドリューと入れ替わりたい。
「ルシアンくん、その挨拶とやらを俺ら相手にもやってみないか?どんな技術を使ったのか見定めてやろうじゃないか。」
唐突にヴァンサンが提案した。
「え、今やるんですか??」
「そうとも。」
ヴァンサンは当然と言う風にうなずき、手をアベルの方に差し出す。ほら、やってくれと言った仕草にアベルは戸惑った。令嬢相手に言うならいいが、あの挨拶を令息達にしなければならないのか。そう考えると羞恥心と気まずさが湧く。
「俺らを令嬢と思ってやればいい。」
無茶なことを言う。
『やっちゃえばいいじゃん。』
しまいにはマハルまでもが耳元で楽しそうに囁き懸けてくる。
令息達の強い視線に逃げ場はないと悟ったアベルは、恥を忍んであの時の台詞を口にした。
「こんにちは、麗しいお嬢様。僕は、ルシアン・モンターニュと言います。」
もちろんにこりと笑いながら。
令息達は見えない何かに殴られでもしたかのように、グハッと苦しそうな声を出した。
「結局は顔か……!」
「顔はどうしようもならねえ……。」
「いや、顔にプラスアルファで優雅な雰囲気まであるからモテるんじゃないか??」
なにやらこそこそと言っているが、聞こえないフリをしよう。令息達は隠すことなくじっとアベルの顔を見つめながらため息をつき、顔以外の要因を探すべく話し合っている。ヴァンサンもその話を険しい表情で聞きながら、「いや、顔なら俺も負けていない。」だの「気品なら公爵家が持ち合わせている!」だの負けじと口を挟んでいる。アベルはもう放っておいてくれと切実に願った。アベルを見る視線が怖い。
「くだらない。」
アンドリューがひとりぼそりと呟いた小さな声をアベルの耳は拾うことを忘れなかった。
そうだ、アンドリューがいたのだった。皆がわいやわいや話している間、一人だけ何の反応もなく佇んでいたアンドリューにしては、特に面白くなかったのだろう。アベルは冷や汗を流した。このお茶会でアンドリューと親睦を深めなければならないと言うのに、まだ何も話しかけれていない。
何か話さなければ、と思ったアベルはとっさに先程の話題に関連した内容をアンドリューに投げ掛けた。
「アンドリューくんも、もしかして気になる女性がいたりするの???」
我ながら情けない質問だったと思う。ほぼ初対面の人に聞くような内容ではない。人によってはデリケートな質問に敏感な人もいるだろうに、この言葉しか思いつかなかった。そして案の定、アンドリューは不快そうに眉間へシワを寄せた。眉間からぐしゃりという音が聞こえてきそうだ。
「誰が、誰を気になるって……???」
アベルは身を縮めこませた。アンドリューは父親には似ていないが、雰囲気はやはり血統を誤魔化せないらしい。
「いえ……すみません。なんでもありません。」
仲良くなるどころか逆に悪い方に進んでいるような気がして、アベルはヒヤリと汗をかいた。




