12.偽伯爵令息は茶会へ行く。
『明日開催される公爵家の親睦会へルシアン・モンターニュ殿を招待します。ぜひお越し下さい!』
「ん?????!どういうことだ?????」
そりゃそだよな、というアルフォーレの反応。アベルも何がなんだかわからない。この手紙を見るまで、おそらくアベルはアルフォーレから公爵家の反感を買ったのだと思われていた。相当強ばった表情をしていたのが、今では気の抜けた表情になっている。そりゃそうだよな、とアベルは思った。アンドリューと仲良くなるつもりが、逆に警戒されて作戦が失敗してしまったのだから。
だが、不思議なのはこの手紙だ。アベルは渡された封筒をまじまじと眺めた。茶色の封筒に、公爵家の印が押されている。まさか、偽物ではあるまいと思ったが、アルフォーレの反応を見るにそうでもなさそうだ。
「でも、なぜお前だけ招待された?」
アルフォーレが呟く。アベルは首をかしげた。確かに、ビートではなくルシアンだけが招待されたと言うのが不思議だ。普通は伯爵家の当主であるビートを誘うものなのに。
「お前が行ってなにをするんだ??」
アルフォーレがおかしな顔をする。アベルは自分が親睦会にいる様子を想像してみた。いかつい雰囲気の公爵達の中に、ポツンといるアベル。政治の話をしようにも、実家の料理屋の家計がよくなったことくらいしか話すことができない。そう言えば、政治についての教育はアルフォーレから教えてもらわなかった気がする。もし政治の話をするなら、なにもついていけない気がする。
アベルは手紙を封筒に入れ、アルフォーレに渡した。
「やっぱり、僕には無理だよね。行かない方がよさそう。」
アルフォーレは封筒を受け取らず、じっとそれを見ていた。何かを考えているようで、その目にアベルは映らない。アベルは考えに耽るアルフォーレの瞳を見つめた。真剣なその瞳を見つめたとき、アルフォーレが情報ギルドのギルド長であると言うことを再度思い知らされる。グレーのその瞳に、静かな熱情があった。アルフォーレの瞳が、アベルをとらえた。
「行くか。」
澄んだ声だった。意外な一言にアベルはドキンとする。
「これも、何か意味があるのかもしれない。」
アルフォーレのその言葉が心にスッと入った。アルフォーレが言うなんて珍しい、と思った。アベルは招待状をじっと見つめた。明らかに何か怪しい。単純な理由での招待ではないのだろう。何か意図があって、そうしているのかもしれない。が、アルフォーレがそれを受けてたつと言うのならば。
「わかった。」
アベルも、同参するしかないだろう。可能性がないと言うなら、可能性を作ればいい。100パーセント不可能なんてないのだから。諦めなければ、まだ''可能性はある''と言えるのではないだろうか。
親睦会が翌日だと言うので、急いで明日着る服を選び、靴を磨く。服を何パターンも用意しておいて本当によかったと思う。全て伯爵が用意してくれたものだが、質もよくデザインも合っている。今まで古くて身軽な服を着てきた身としては少し身動きがとりにくいが、それは最低限我慢しなければならない領域ではないだろうか。
「私は行かなくてもいいのかね?」
部屋で休んでいたはずなのに、アベル達が世話しなく明日の準備をする物音を聞き付けたビートが心配そうに尋ねた。アベルは大丈夫だと言っておいた。もちろん不安は拭いきれないが、子供であるアベルを招待すると言うことはおそらくただの親睦会ではなく、何かの意図があるのだろう。ビートではなくアベルを招待した、その意図が。
「多分、大丈夫だと思う。」
これは、ビートに向けた言葉ではない。自分に向けた言葉だ。
その日の夜はなかなか眠れなかったが、1時間ほど寝返りを打つといつの間にか眠気が来て、寝たと思えば目が覚めて、時間がまだ来ていない事を確認し、また眠りについた。心のどこかで、夜会を甘く見ていた。どうせ失敗しても巻き返すチャンスはあるだろうと思っていた。が、いざ失敗してみると、もうチャンスはないのだと言うことを悟らされた。チャンスがなければどうすればいい?最大限努力して自分でチャンスを作るしかない。貴族達の集まりの場へ行くことが、何かのきっかけになるかもしれないと言うことをアベル達は信じている。
明日の親睦会が、どうかチャンスをつかむ場となりますように……………。
アベルの知らないところで、流れ星は落ちているのだ。
◆□◆□
次の日になると、伯爵家の別荘から公爵家の別荘まで距離があり馬車で1時間はかかるということで、朝早くから準備をし馬車に乗った。馬車は静かだった。
「気をつけていってらっしゃい。」
と言うビートに手を振りアルフォーレと共に馬車に乗ったわけなのだが、どうも疲れている。アルフォーレはどかっと椅子に腰かけたかと思えば、目を閉じ眠りについた。アルフォーレも従者の格好をするのに朝早くに起き準備をしたからだ。それだけでなく、アベルの準備も手伝ってくれた。
アベルはアルフォーレの寝顔を見つめ、わずかな緊張感を解すために肩を回し、体をリラックスさせた。
これ以上失望させるわけにはいかない。
アベルは外の景色を眺める気にもなれなくて、そっと目をつぶった。
体を揺すぶられて目を覚ますと、もうすでに公爵家に到着していた。慌てて馬車の窓から外を確認すると、そこに大きな屋敷が建っていた。エステ公爵家の別荘は、伯爵家よりも遥かに大きかった。まさか庭園まであるとは思うまい。庭園は日当たりのよく、緑と言う緑の自然が完璧に管理されている、といった印象だ。色とりどりの花達が満足げにそこに咲いている。アベル達が馬車を降り、公爵家からもらった招待状を番人に見せ、親睦会が開かれているところまで案内してもらう。6つの公爵家のうちの1つ、エステ公爵家に平民のアベルが入ったなんて、人生の思い出になるだろう。噴水まで設置されている庭を横切ると、裏庭に入った。裏庭には、テーブルが設置されており、そこに間食やら飲料やらがたんと準備されており、もうすでに何人かは椅子に座っていた。座っている人たちは皆子供だ。
「やあ、来たのかい。」
長方形のテーブルの一番真ん中に座っていた金髪にピンクの瞳の少年、ヴァンサン・エステがにこりと笑いながらアべルに向けて手を振った。昨日とは態度が大違いだ。昨夜はアベルを嫌っているようだったのに、今日はむしろアベルを歓迎しておるようではないか。
違和感は感じたが、アベルは貴族らしく振る舞うことを忘れてはいない。今日も爽やかな笑みを浮かべ、完璧な動作で挨拶をする。
「ヴァンサン公爵令息様にお招きいただき、この麗しき親睦会に列することが叶いまして、身に余る光栄でございます。今日という佳き日を共に過ごせますことを、心より喜ばしく思います。」
片手を胸に当てながら軽くお辞儀をする。ヴァンサンはうなずいた。
「うむ、突然の誘いにも関わらず本日は来てくれて感謝する。親睦会、とは書いたが、実のところお茶会のようなものだ。俺は格式高い貴族の令息を誘い定期的に茶会を開いているのだが、今回は特別にお前の参加を認めたわけだ。」
「認めていただき、ありがとうございます。」
少しバカにされた感じがいどめないが、気にしないことにする。格式高い貴族だけを招待するのだが"特別に"そうでもないお前を招待してやる……といったところか。まあ、平民の身からすれば一生参加することもなかったはずの茶会に招かれたわけなのだから、ありがたいことに代わりはないだろう。
それにしても、まさか令息達の集いだったとは。通りでビートに誘いがなかったわけだ。他の令息の顔色を伺いながらアベルは一番端の席に座った。従者であるアルフォーレはテーブルと少し離れた席で待機している。令息達は、皆気品に溢れていた。体から満ち溢れる裕福さ、そして顔に現れるプライド。特に主催者であるヴァンサンは自信という自信に溢れ、プライドの塊のように見えた。「俺より上がいるもでも??」と言わんばかりだ。それでも、確かに彼は容姿においても気品においても別格のようだった。さすがは公爵令息というところか。
アベルは耳に手を当てた。今日も超小型無線機を装着している。ただ、昨日と違うところは、昨日はアルフォーレがカメラを持っていたのが、それに加え今日はアベルが胸元にカメラを仕込んでいる点だ。なのでマハルは第三者目線からもアベルの視点からも見ることになるになり、より分析率が上がる。さらに、メガネの縁の裏側にはスピーカーまで仕込んでおいたので、こちらの会話までちゃんとマハルに聞こえるわけだ。この器具をたったの一晩で作り上げ、早朝に伝達鳩を使って送ってくるものだから、たまげたものだ。
『とりあえず、他の招待客が揃うまで間食には手をつけず、喉が渇いたら水だけ飲んどけばいい。おそらく招待客の中でアベルの階級が下側だろうからな。』
アベルはごくりと唾を飲み込む。だが、全員が全員公爵家の令息なのだろうか?今現在来ている令息だけで6人だ。アベルとヴァンサン除く4人は公爵家の令息なのだうか?
ヴァンサンはアベルが椅子の上でじっとしている様子を見て、口を開いた。
「退屈か?」
まさか退屈そうに見えると無礼になるのかと、アベルは慌てて弁解する。
「まさか!そんなことありませんけど。」
「そうか?俺はあと1人招待客が来なくて待つのが退屈だけどな。」
頬杖をつけながらフォークを手に取る。アベルのおでこにじわりと汗がにじんだ。
「自己紹介でもしますか?」
令息の1人が言った。
「自己紹介でもするか?」
ヴァンサンも言った。
「あ、えっと。」
アベルは困った。すかさず耳元の超小型無線機からマハルの声が聞こえる。
『そこは、皆様がよろしければぜひ、自己紹介をさせていただきたいですって言うんだよ。もし拒否でもしたら自分達に興味ない人って思われて一気に印象がダウンするかもしれない。』
なるほど、とアベルは納得し、同時に教えてもらった通りに口を開く。
「皆様がよろしければぜひ、自己紹介をさせていただきたいです。」
「もちろんだよ。」
令息の1人がにこりと笑った。令息達がアベルに顔を向けた。
『身分の低い人から先に挨拶するのさ!』
なるほど、アベルが挨拶するのを待っているのか。アベルは顔に微笑みを浮かべ、丁寧に挨拶する。
「僕はモンターニュ伯爵家のルシアン・モンターニュと申します。お目にかかれて光栄です。」
「モンターニュ伯爵の令息だったんだね!!」
さっきの令息が驚いたように言う。皆意外と言う反応だ。やはり誰もそう思ってなかったらしい。
「じゃあ、次に僕が言うね。僕はリシュモン伯爵家の嫡男、ユリウス・リシュモンと申します。」
伯爵家らしい。アベルはあれ、と首をかしげた。なぜアベルと同格の伯爵家なのに、この集いに参加しているのだろうか?
あれ、と小さく呟いたアベルの声をスピーカーは拾ったらしい。マハルがまたもや解説をしてくれるのか、超小型無線機からマハルの声が聞こえた。
『えーっとね、失礼になっちゃうけど、モンターニュ伯爵家は辺境伯爵家ではあるけど、名ばかりなんだよね。』
どういうことだろう?
『辺境伯爵家は、国境を守るために普通軍事的に強くなくてはならない。だけど、モンターニュ伯爵家の主管領地は隣国の国境にあるとは言え、我が国とその隣国が強い同盟を結んだ国でもあると言うわけで、軍事的に心配をする必要もないわけだ。一応軍事資金とかは伯爵家が担っているんだけど、それでも軍事的な役割はこれといったものがなくて名ばかりの辺境伯爵家と呼ばれている。だから、辺境伯爵と言えばただの伯爵よりかは位が高いイメージがあるけど、モンターニュ伯爵家はちょっと下に見られているんだって。』
悲しすぎる。いつものほほんとしているビートにもそれなりの苦悩があったと言うわけか。
『それにリシュモン伯爵家は由緒正しい家系だから、古くから続く伯爵家と言うことで公爵家と同様に見る者も多い。』
アベルはヴァンサンが言っていた言葉を思い出した。格式高い貴族の令息、と言っていたのだが、古い歴史や伝統も重んじていると言う言葉だったのかもしれない。
自己紹介をしてくれたユリウスにアベルは軽く頭を下げた。物腰も柔らかで、何よりアベルに優しく話してくれる、気立てのいい人のようだ。この人となら、話せるかもしれない。
と、ヴァンサンが立ち上がった。
「最後の客がご登場のようだ。」
にやりとしたヴァンサンの笑みに、アベルはゾクリとした。場の雰囲気が一気に固くなる。アベルはさっき来た道を振り返った。紺色の髪にサックスブルーの瞳。その顔は忘れない。
アンドリュー・グリムヴァルトだ。
「まさか、本当にチャンスがやって来るなんて。」
アルフォーレは顔に浮かぶ笑みを抑えることができなかった。
アンドリュー・グリムヴァルト。今度こそ、必ず――――。
次回は9/14に投稿です!




