10.従者は苦労する。
アベルが、令嬢に囲まれた。最初はただ一人の令嬢に挨拶しただけだった。それがどうしたことか、奴のルックスのせいで他の令嬢たちに次々とトキメキが伝達され、今や軽いお祭り騒ぎだ。きゃあきゃあと耳元で叫ばれ、今にも倒れそうな顔をしている。
いいな、うらやましい。俺もそんな人生を生きてみたかった……。
今、モンターニュ伯爵家の従者として会場の端で佇むアルフォーレは、静かに佇みながらも内なる熱気が沸き上がってくるのを感じた。が、我に返る。
いかん、いかん…………。そんな場合ではなかった。
アベルは今任務中だ。そんな任務を妨害する障害物に、まさか令嬢たちが当てはまるなんて思いもしなかった。なんたって、平民出だ。いきなり貴族に化けたからといって平民さが滲み出てくるのではなかろうかと思っていた。しかし、彼の完璧なルックスと佇まいに、令嬢たちは心を奪われたようだ。
――――なかなかやるじゃないか……。
アベルに感心したが、それより任務を遂行しなければならない。公爵はまだ来ていないとはいえ、いつくるかもわからないし、アベルに今ここで倒れられては困る。
まったく、なにをしているんだ……。さっさと振り払って逃げればいいのに。
アルフォーレが当人なら絶対できないことだ。アルフォーレはため息をついて、乱れたジャケットを正した。ジャケットのポケットには監視カメラがついている。マハルはここから会場を見て、分析しているのだ。
耳につけた超小型無線機から、マハルの声が聞こえる。
『ねえ、ギルド長。助けてやってよ。やっぱりアベルだけだとこんなの対処できっこないよ。』
知ったことか。
アルフォーレは嫌そうな顔をした。非モテを助けるのは理屈が通っているが女にモテるヤツを女から助けてやるのは理屈に合わない。
『ねえ、僕知ってるよ。ギルド長、例のあれ持ってきたんでしょ??』
マハルがささやく。
『それを使ってさ、ちょちょいと助けてやってよ。任務のためだよ。お願い!』
マハルが必死に頼み込む。成さねばならない任務のため、どのみちアルフォーレが助けてやらないといけないのだが、どうもこの状況が気に食わない。自分だってモテたかった。
アルフォーレはため息をついて懐からルア特製の香辛料を取り出した。そして、ちょうど近くを通りかかったウェイターを呼び止める。
「こんにちは。もしかして、この飲み物はノンアルコールですか??」
従者らしく慎ましい話し方も忘れない。ウェイターは自分がお盆にのせられた飲み物を一目見て、うなずいた。
「ええ、そうですけど。」
「ジュースですか??」
「そうですけど。」
アルフォーレはにこりと笑った。いつものニヤッとする笑い方ではなく、できるだけ平凡っぽく。
「なら、そのジュースはあちらの令嬢たちに差し上げてください。先程から喉が渇いているように見えまして、飲み物でも差し上げたらいいのかなぁと。」
「そうですか……!わかりました!!」
もちろん、喉が渇いて見えたというのは嘘っぱちだ。むしろどれだけ喉が潤いきっていたらあれだけの声量でアベルにアピールできるのだろう、と感心していたところだ。
アルフォーレはウェイターがよそ見しているうちに、片手を忍ばせて準備した香辛料を適量……より多くジュースに注ぎ込んだ。幸いにもブドウジュースだったため、香料による色の変化はあまり目立たない。
このジュースが当たった令嬢には本当に申し訳ない。こちらも手段を選んでられないのだ。できるだけ騒いで、注意を注いでもらわないと困る。
アルフォーレは心の中で謝罪しながらも、顔では笑みを浮かべ、ウェイターの警戒心を緩和させた。
「呼び止めてしまってすみません。」
「いえいえ!むしろ教えていただきありがとうございます!」
良いことを教えてもらったとありがたそうな表情のウェイターはペコリとお辞儀をし、ジュースに気を付けながら令嬢達の方へ歩みを進めた。その軽やかな足取りにほくそ笑みつつ、アルフォーレは平凡な従者らしく壁と化す。
やがて、ウェイターがアベルの周辺に群がっていた令嬢にジュースを配り始めた。
なにも気づいていない令嬢達は、あら気が利くわねと夫人の物真似をしながらジュースを受けとる。濃厚なブドウジュースに溶け込んだ香辛料を飲む令嬢は果たして誰なのか、アルフォーレが注目して見ていたところ、
ブフッ
「まっっっず!!!!!!!!!」
ピンクの振り袖のドレスを着た麗しの令嬢に当たったようだった。令嬢はジュースを口に含むなり思い切り前にいた令嬢の召し物に吹き出し、辛そうに舌を出しながら喘いでいる。汗が吹き出し、顔は苦痛に歪む。そして口の中のものをいきなり吹き出され、きれいに着飾ったドレスをメチャクチャにされた令嬢は「きゃあ!!!なにすんのよ!!!」と思い切り大きな声で叫び、吹き出した令嬢の頬を叩く。
いきなり令嬢の頬が叩かれたので、他の令嬢は「なにしてますの、あなた!!」と叩かれた方を庇い、またある令嬢は叩いた令嬢を庇う。
そうやってだんだん騒ぎになっていき、令嬢が令嬢に叫び令嬢を庇う混乱した現場へと変わっていった。
なんせ、ルア特製の香辛料だ。知らずにその香辛料を使った料理を口にしてしまったアルフォーレは、三日三晩苦しんだ。それ以来ルアには香辛料を使うなと口しょっぱく言い聞かせているのだが、今でも自信があるときなんかは自分で作ったドレッシングなどで料理をしている。アルフォーレはその事件以来ルアの料理が軽くトラウマになりなかなか口にできないでいるのだ。さて、この令嬢の場合は………。
アベルはというと、思い切りポカンとしてその光景を見ていた。その様子があまりにもおかしかったので、アルフォーレは笑いをこらえるのに必死で、腹筋がつりそうだった。
そしてマハルの指示を聞いたのか、慌ててその場を立ち去って行く。今アベルはどんな気持ちだろうか。愉快すぎて、こちらはたまらない。
そして、
「チッ……なんだあいつ……。」
アベルを少し遠くはなれたところから見ていたとある令息の姿には、アルフォーレも気づかなかった。
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