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騎士ですが、奈落道を行きます  作者: PuRi
偽伯爵令息と事件簿
10/25

9.偽伯爵令息はひと息ついて、話しかける。






「きゃあッ!!」

突然、人波が変わって、別の方向へ流れ始めた。なんだろうと目を向ければ、令嬢達が言い争っている。その令嬢達を囲んで、他の令嬢達も集まり始めた。


『今の隙だ!!アベル、今逃げるんだ!』

待っていたかのようにマハルが耳元で叫ぶ。アベルはその指示を聞いてすぐその場を離れた。数人の令嬢は名残惜しそうにアッと言ってアベルを切なげに見つめてきたが、他の令嬢達は視線が逸れているのでバレずに抜け出すことができた。


とんだ災難だった。心臓があり得ないくらいドクンドクンと鳴っている。

あれだけ大勢の女の子に囲まれたことは、これまで一度も経験したことがなかった。社交というのは、ただ挨拶をしてダンスをして政治経済の話をするだけじゃなかったのか。

アベルはホールのできるだけ目立たない、隅の方に隠れてひと息着いた。



『さすがアベルくん。眼鏡をかけてもその美貌はごまかせないってか。』

マハルが感心するように言った。

いやいや、それどころじゃないって。

言い返したかったが、こちらからしゃべっても相手に聞こえないのでなんとも歯がゆい。それになんだ、マハルの指示通りに言おうとしたら逆効果だったではないか。

アベルは近くのソファに腰掛けた。ソファの座り心地が良すぎて、さすがは王宮だ……!と感心してしまう。できればこの腰を浮かすことなくこの時間を終えたいのだが、と思った矢先、



「カーネリウス・グリムヴァルト公爵様ご一家のご入場です!!!!」



それまであらゆる方面でぶつぶつと会話をしていた人々が、一気に同じ方向を向いた。それはアベルも例外ではない。アルフォーレが言っていた、調査対象だ。

アベルは出発する前、アルフォーレに言われたことを思い出した。



「いいか、お前はモンターニュ伯爵令息として王宮で開かれる夜会へ参席してもらう。そこで、何としてでもグリムヴァルトの人間と脈を作れ。親でも息子でもいい。できれば、ヤツの息子と縁を作って、公爵家に招待してもらうようにするんだ。取り敢えずそれが一番にやることだ。」

アベルは純粋な疑問を投げ掛けた。

「どうしてビートさんじゃなくて子供の僕なの?」

「ヤツは、人を信じない。笑顔で挨拶してくる人間全員敵だと思ってやがる。だが、子供はそうでもないはずだ。ヤツは自分の家族、特に大の子供好きだと聞いている。息子が気に入った人間なら、招待を許すだろう。」

アルフォーレは確信を持っているようだった。



だが、いざグリムヴァルトの一行を目にしたアベルは、確信どころではなかった。むしろ嫌な予感しかしなかった。

一番危険そうなのは、先頭を歩いている公爵家の当主、カーネリウス・グリムヴァルト。あの鋭い眼孔に睨まれたら虎だって立ちすくむだろう。全身から負のオーラが滲み出している。友達にしたくない男ナンバーワンと言うところか。歩き方も傲慢だし、絶対目なんて合いたくない。その横で、あの恐ろしい男の腕に手を回し、あの男の歩くスピードに合わせながら素早く歩いている妖絶な見た目の女性は、恐らく公爵夫人なのだろう。彼女もまた傲慢そうな笑みを浮かべている。真っ赤なドレスはひときわ目立った。そしてその後ろを、二人の男が着いて歩いている。一人はひどく公爵に似た青年、もう一人は夫人に似たアベルと同じ年頃の少年。息子達だろうか。


アベルはげっそりした。あんなとんでもなさそうな一家に声をかけるなんて、相当な野心家ではなかろうか。現にアベルも任務のためにそうせざるを得ない立場ではあるのだが、絶対話しかけたくない。


それでも、話しかける勇気ある馬鹿者は思った以上にたくさんいる。

「公爵閣下、お目にかかれて光栄に存じます。」

カーネリウスがワインを受け取り眺めていたとき、中級貴族の青年が挨拶に声をかけた。

「僭越ながら、挨拶だけでもと思いまして、」

「悪いが、君には興味がないのでな。」

カーネリウスは低い声で言い、その青年を睨んだ。きっとその青年は蛇に睨まれたカエルの気分だっただろう。だから、話しかけてはならないのだ。


アベルは密かにその場を離れようとした――――が、


『さあ、アベル!!今からが本当の始まりと言うやつだよ!!』


耳から聞こえる声には敵わなかった。

『僕のおすすめは次男の方だよ。君と年も近いし、気が合うんじゃないかな。』

そう簡単に言いはするが、難しいのではないだろうか。

『見ただろ??あの一家は見るだけでも恐ろしい。』

マハルは淡々と言う。

『だから、子供とかは絶対あの一家に近づかない。次男は友達とかいないんじゃないかなぁ。』

そう言うものだろうか??友達がいなくても、何人か社交的な繋がりはありそうなものだが。


アベルが渋っている間も、グリムヴァルト一行はだんだん人に囲まれていく。話しかけ難くとも、政治的に繋がりたい貴族はたくさんいるのだろう。それこそカーネリウスが嫌うものなのだろうが。


『さあ、今行くんだ!いいか、公爵の目線がそれていくときに次男に話しかけるんだ。名前は、アンドリュー・グリムヴァルトだ。』

マハルの急かす声に、アベルは行くしかなくなった。確かに、どうせ話しかけなければならないのだ。今行かなくても、どうせ行かなければならない。それならいっそ行った方がいいよね、と、アベルはまた令嬢に囲まれないようにとさりげなく顔を服の袖で覆いながら、そろそろと人々の間に入っていった。進みながら、夫人たちがひそひそと噂をする声が耳に入る。


「聞いた??公爵夫人てば、また男を連れていたんですって?」

「もう何人目かしらね。やはり、公爵家には愛なんてないのよ。」

「あそこの長男も、頭がイカれてるって言いますわよね。」

「シッ!誰かに聞かれたらどうしますの??慎重に……。」


公爵家にはどうやら良くない噂が多いらしい。皆遠巻きに公爵一行を眺めながら、恐る恐ると言う感じだ。

アベルは公爵一行に近づいていった。さて、あと少し。さらに近くまでいくと、公爵一行を囲んでいたはずの人々と公爵一行との間に、ぽっかり直径2メートルほどの隙間が空いていた。公爵に話しかけたのではなかったのか。

『さっき、カーネリウスが無礼を働いた人間にワインをぶちまけたんだよ。』

それでカーネリウスの剣幕に、公爵一行に近づこうとしていた人々が恐れをなして一斉に後ずさった、というわけだろうか。これでは、一人で公爵一行に近づいたら目立ってしまう。アンドリューに話しかけてもただ怪しまれそうだし、何よりカーネリウスに警戒されそうだ。迂闊に行動すると失敗はしそうなので、動かない方がいいのではないか。



「オルフェリウス・ルクレール国王陛下とアルメリア・ルクレール王妃の御成りです!!!!!」



と、タイミング良く静まり返った会場に、この社交パーティーの主催者である国王陛下が王妃と手を取り合いながら2階からゆっくり降りてきた。

招かれた人々が拍手をし、一斉に歓声を上げた。先程とは雰囲気が違う。カーネリウスはその歓声に顔をしかめ、国王から目をそらした。アベルはポカンとして国王陛下を眺めた。


パーティーに出ると、こんな簡単に国王に会えてしまえるものなのか??


国王を生で見るのは初めてだったため、驚いてしまった。

国王陛下と王妃は準備された玉座に座り、一同を眺めた。玉座から見える景色はさぞ面白いのだろう。やがて拍手が止み、会場が静かになると、オルフェリウス国王は口を開いた。


「今宵は、王宮の扉を開き、我が友なる貴族・諸侯、そして客人の皆々様をお迎えできたことを、大変嬉しく思う。

この宴が、新たな出会いと友情を結ぶ場となることを願い、皆が心から楽しめるよう、存分に夜を謳歌してほしい。」


貴族たちが一斉に拍手をした。アベルも同じように拍手をする。陛下は目を細めた。

「では開催の義を、私と王妃が努めさせていただく。」

『夜会の初めのダンスは、王国の象徴としての威厳を保つために国王陛下と王妃が踊るんだ。これは、夜会開始の合図でもあるんだよ。』

わからないことをマハルが教えてくれた。

オルフェリウス国王とアルメリア王妃は玉座から立ち上がり、揺ったりとした足取りでホールの中央まで出た。貴族達はささやかな歓声を送る。国王が王妃の腰に手を回し、王妃は国王の方に手をのせる。二人は見つめ合い、微笑み合った。やがて、音楽が始まった。揺ったりとした音楽に会わせて、一歩一歩呼吸を合わせながら体を動かす。二人のダンスはとても優雅だった。貴族達は微笑みながらそれを見守っている。


『アベル、アベル!!』

またもやマハルだ。

『次男が会場を抜ける!!!』

アベルはハッとして公爵一行がいた方角を見た。公爵達はまだいる。それなら、次男だけ抜け出したようだ。とんでもないチャンスだ。これなら秘密裏にアンドリューと仲を深められる。


アベルはさっそくその場を離れようとして、人々の間をぬって小走りに走った。最低限気品は保つように心掛けながら、令嬢達を避けて走る。ホールから廊下へ飛び出すと、右の廊下にトイレへ向かって行くアンドリューの姿が見えた。


「アンドリュー公爵令息様!!!」

行かせてたまるか、と思わず大きな声で呼び止めた。アンドリューはびくりとして一瞬動きを止め、振り替える。紺色の髪にサックスブルーの瞳。ビックリとした表情は、カーネリウス公爵に似ても似つかない。

アベルが近くによると警戒したのか、険しい表情を浮かべ後ろに半歩身を引いた。

「急に何の用だ??第一、どこの者だ???」

「名乗りが遅れて申し訳ございません!僕は、ルシアン・モンターニュと申します。」

アベルは慌てて名前を名乗った。アンドリューの警戒の色は消えない。

「その、見かけたのでご挨拶にと。」

焦りながらアベルが笑みを浮かべるも、アンドリューはそれを信じていないようだった。それどころか怒ったかのように顔を歪ませ、アベルを睨み付けた。

「挨拶なら父上にすればいいだろう……!僕に話しかけてもなんにもならないのに。」

そう言うと呼び止める間もなくアンドリューは別れを告げ廊下を走っていく。アベルは心臓がドキリとした。


もしかして、失敗したのか…………?



頭がぐるぐる回る。

まさか、そんな。


頭が真っ白になって、何も聞こえなかった。






活動報告あげました!!

よければご確認ください!

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