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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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6

「え…? ええ⁉ えええー! な、なんでアタシの名前――‼」

 見ず知らずの男から自分の名前が出て来た。衝撃の事実に驚きを隠せないナオ。店内に響きわたる叫び声を響かせ再び注目を浴びることになってしまったが、今の彼女にとってはどうだって良いことであった。

 ……まさか本物の魔法使い⁉ それとも正真正銘のストーカー⁉

 人生最大、究極の二択を迫られている。メルヘンチックな物語の始まりか、はたまた虚々実々なミステリーの始まりか。

 目を見開いて彼の顔を見ていると、男はくすくす笑いながら何かを指さした。その先には、スポーツバックに付けられている野球ボールのマスコット。後輩たちが引退祝いでくれたものだ。そこにはしっかり『鳴海』の文字が縫い付けられている。

「やっぱり名前でしたか。最初学校の名前かなと思ったんですが、ここらへんでは聞かない響きでしたし。大当たり! でしたね」

 勝手に盛り上がっている男とは対照的に、がっくりと肩を落とすナオ。どうやら華やかな夢物語ではなさそうだ。鈍感そうな男にも分かるように、これ見よがしなため息をついてみせた。

「間違いなくストーカー気質あるよ、お前」

「やだな。だから僕、ストーカーではなく魔法使いですってば」

 ナオは底つくコーラをわざとらしく音を立てて吸いあげた。当てつけのつもりだったが、男はむしろ表情をコロコロ変えて見せるナオを見て、楽しんでいるかのように見える。その顔は朗らかだ。

「でもまあ、今回ばかりは言い逃れできそうにないですね」

 その一言にナオは思い切りむせ返った。気管に入り込んだコーラを引き戻しつつ、男の顔を向き直る。

「なんだって……⁉ じゃあやっぱり――‼」

「――僕の財布、そのかばんの中に落っことしてませんでした?」

「……へ?」

 ナオはきょとんとして男の言葉を聞いた。

「ですから、あのパン屋さんですれ違った時ですよ。僕の財布、ズボンのポケットに入れていたんですが。あの後からなくなっちゃってて」

「財布……?」

 ナオはパン屋出会った出来事を思い出す。そうだ、ファーストタッチはすれ違いざまに鞄がぶつかった時の事。確かに衝撃はあったが男がよろめいただけで、自分には何も起こっていないと思い込んでいた。

「お会計は電子決済で済ませちゃいました。便利な世の中になったものですねえ」

 呑気な口調の男とは裏腹に、ナオは慌てて鞄を覗きこむ。巨大な風呂敷を持ち上げてみると、見慣れない二つ折り財布が飛び出して来た。大きな容器を無理やり底へ押し込んでいたがために大口を開けた鞄が、男の財布を見事に丸飲みしていたのだった。

「うっそ……」

「あったなら良かったです」

 ナオは思わず立ち上がると、両手で財布を握り男へと差し出した。

「す、すみませんでした――っ‼」

 本日三度目となる大声に、もはや客だけでなく店員でさえ気にする素振りをみせることはなかった。男はニコッと笑うとその財布を丁寧に引き取る。

「ありがとうございます」

「いや、こっちこそ! 追いかけてくれて良かった……。っていうか、何回も会ってたんだからすぐ話しかけてくれれば良かったのに」

「いやあ、鳴海さんが持っているという確証はなかったんですよ。でも、こいつが示す先に行くと、偶然そこにあなたが居合わせたという訳で、もしかしたらと思って」

 男はそう言うと、一つの方位磁石を取り出した。針先がくるくると回り、今赤い印は男の方を差している。

「なにそれ?」

「『落とし物見つける君』です」

 ナオは不思議そうにその方位磁石を見つめる。

「落とし物をすると、探しているものがある場所をこの針が示してくれるんですよ。僕昔から落とし物が多くって、子どもの頃からの愛用品なんです」

「これをどうやって?」

「聞くだけでいいんです。僕のお財布どこにあるのー? って。そしたらその赤い針が向く方向に進むだけでいいんですよ。僕同様方向音痴なので、時々間違えちゃうんですけどね」

「触っても?」

「もちろん」

 ナオは男から方位磁石を受け取ると、舐め回すように確認した。しかしどこからどう見てもただの方位磁石だ。正しい方角は分からないが、左側の窓から西日が差し込んできているので真向かいに座っている男の方が北だと思われる。つまりはそう――たんなる方位磁石。

「あのー。これって、赤い針が北を示す道具だと思うんですけど」

「一般的にはそうですね」

「まさかと思うけど、これこそ魔法の道具なんです! とか本気で言わないよね?」

「その通りです! いやあ、鳴海さんは本当に、ご理解がはやくて助かります!」

 ――もっと激ヤバの奴だった……。

 ナオは顔の中心部に深いしわが刻まれる程に、全力のしかめっ面をした。しかし男はいたって真剣そうだ。もうこうなったら相手の船に乗り込むしかない。面白半分でその話に乗ってみることにした。

「じゃあ、魔法使いさん。何かやってみせてよ」

「へえ?」

「魔法、使えるんでしょ? 空とか飛べたりする?」

「まあ可能ですが……僕空を飛ぶのは苦手でして」

 ……お前の事情は知らん。ナオは何か丁度いいアイテムはないか、トレイの上を見下ろした。そこには食べ終わったハンバーガーの包み紙と、赤いポテトの空箱が転がっている。ナオはおもむろに包み紙の方を持ち上げるとぐしゃぐしゃに丸め、彼の前に置いたままとなっている謎の本の上に差し出した。

「じゃあこれ、浮かせてみてよ。それくらいは出来るでしょ? 魔法使いなんだし」

「うーん」

 男はハンバーガー片手に首をかしげる。

「すみませんが、人間の前で魔法を使うことは禁じられておりまして」

「はあ?」

「ですから、規則違反になっちゃうんですよ。してあげたいのは山々なんですけど……」

 ――――結局出来んのんかい!

 思わず椅子の上でずっこけるナオ。やっぱり超絶スーパーやばやば妄想癖男だった! と、ナオは一気に青ざめた。今の会話はなかったことにして、ナオは鞄を持ち上げると逃げるように席を立つ。

「ご馳走様!」

「あれ、もう行っちゃうんですか?」

「別に一緒に食事しに来たわけじゃないし! 財布ちゃんと返したでしょ! もう話しかけないで! さよなら!」

 ナオはまくしたてるように言い切ると、足早にトレイを片付けるゴミ箱へと歩いていく。大慌てでゴミを分別していると、またしても背後からマヌケな声が聞こえてきた。ため息交じりに振り返ると、やはりその声はあの男。今度は見事にベーコンを本の上に落して、野菜サンドイッチに成り下がったバーガーを片手にあたふたしていた。

「大切な本がソースでべちゃべちゃだあ!」

 ……マジで関わらんとこ。

 ナオは空になったトレイを綺麗に重ねると、もう振り返ることなく店を出た。そして二度と会うことがありませんようにと祈りながら、大急ぎで帰り道を進む。途中またしてもストーカーをされているのかもしれないと思い何度も振り返ったが、そこにはもう男の姿はなかった。

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