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目的の場所は予想通り見事に混雑していた。注文するまでに既に十分は経過しており、やっとのことで注文を済ませたが空いている席がない。トレイ片手に彷徨っていると、なんとタイミングよく目の前の席が空いた。ナオはすぐさま奥側のベンチ席へと座ると、バックを隣に置き大急ぎでテリヤキバーガーの包みを剥がしとる。
「さて、さて。冷めないうちに、いっただきまーす!」
小学生の給食当番並みに張りきった合唱を終えると、とてつもない大口でハンバーガーにかぶりつくナオ。その美味しさに酔いしれているところ、目の前の机に影が差した。
「相席いいですか」
どうやら席がなくて彷徨っている人が他にもいるらしい。ここは二人席だ。一人で来ているのだし、他人が目の前で食事をしていようが気になどならない性格な故、すぐに了承した。
「どうぞー」
軽い返事をしながらナオが顔を上げると――その通り! なんとそこには、またしてもあの男が立っていたのだ!
「うわあああ!」
とんでもない雄たけびをあげてしまい、店中の人間がナオに注目した。
「な、な、なんでアンタがまたここにっ!」
ナオは思わずその場に立ち上がると、男に向かって指をさす。男は見たことのある笑顔でへらへらしながら、悠長にハンバーガーの乗ったトレイを机の上に置いていた。
「なんでって、話せば長くなるんですが」
ナオが慌てている理由を特に気にする様子もなく、そのまま席へと着くと律義に手を合わせている男。興奮冷めやらぬのはナオの方だ。
「とりあえず、腹ごしらえでもしましょうかね。いただきま――」
「出来るかあ!」
これでもかと自慢の大声を店内に響かせた。
「本当に何なのアンタ! アタシのストーカーな訳!?」
「ええ? そんなまさか。どうせストーカーするなら、もっと可愛らしい女性を選びますよ」
「失礼極まりないっ! いいからそこ、どけなさいよ!」
あまりにもすごい剣幕で怒鳴り散らしていたためか、ただよらぬ空気が店内に漂い始めた。見かねた店員が大慌てで二人の元へと駆けつけてくる。
「ど、どうかなさいましたか!?」
少し歳の男性店員だ。これはチャンスとその店員へ向き直るナオ。この人に言い寄られているんです! と適当な理由を伝えこの男を追い払って貰おうとしたのだが、それは叶わなかった。彼の肩越しに見えたのは、店内にいる全ての客から向けられる冷たい視線だ。一人で荒ぶっているナオに白い目を向けつつ、コソコソなにかを囁いている。
「何? 喧嘩?」
「別れ話じゃない?」
「ストーカーだって」
「まじで?」
「あの人は違うって言ってるけどね」
「被害妄想じゃない? よくあるやつ。自意識過剰じゃん、笑える」
「てかこんな混んでんのにさ、そんなことで店員一人使うなよな」
「マジ迷惑」
内緒話も耳を傾ければ、案外聞こえてきてしまうものである。その言葉を耳の端で捉えてしまったナオは顔を真っ赤にして、ついには何も言い出せなくなってしまった。
そして駆け付けた店員に、動揺隠せぬまま謝罪する。
「す、すみません。なんでもないです。お、お騒がせしてしまい……、申し訳ありませんでした!」
ナオは店内全体へ謝るような大声でそう告げると、慌てて席に座り直し口直しのコーラをすすり上げた。多くの客はくすくす笑いながら、ナオから視線を逸らしていく。ちらりと前に座る男を確認すると、この現状を知ってか知らずか、既にナゲットを数個食した後だった。店員はまだ少し気にするそぶりを見せていたが、ナオの声をかき消すように響き渡ったポテトが揚がる音を合図に、慌てて持ち場へと戻って行った。
ナオは顔を伏せたまま次々しなびたフライドポテトを口の中へと放り込んでいく。対して男は何事もなかったかのようにベーコンレタスバーガーの包みを開けると、本を片手に優雅に食事を始めたのだった。――人の気も知らないでさ!
ナオは相手を警戒するようにチラチラ見ながら食事を進める。そのまま無言を決め込んでいたが、男は熱心に本ばかりを見ているので些か気になって来た。何を読んでいるのか盗み見てやろうと、ナオは表紙を覗くように顔をギリギリまで机へと近づける。それは黒い表紙に赤い星がちりばめられたような、キラキラ光る本だった。さらにタイトルらしきところには母国語ではない暗号のような文字が書かれて、太陽と月を模した不思議な絵柄が記されている。謎の男が読む謎の本に、結局頭を抱え込む以外出来ることは何もなかった。
そのまま知らぬフリをしていても良かったのだが、ここまで自分に付きまとう男の正体はきっちり明かしておくのが今後のためだと思い改める。ひとつ咳ばらいをし、本の世界に引き込まれたままの男へ勇気を出して声をかけてみた。
「ねえ」
「……」
「ねえってば」
「僕、ですか?」
「アンタ意外に誰がいんの」
わざわざ小声で潜めるよう話しかけるナオに、男は首をかしげながら返事をした。ナオは右手にフライドポテトを持ったまま、空いている左手で本を指さす。
「それ、何?」
「はい?」
「その本だって。見たことない字で書いてあるから。アナタ外国の人?」
「んー、正式にはそうですが、どちらかと言えばこの国の人間です」
「外国出身だけど、国籍はこっち、みたいな?」
「そう、そう! よくご存じで!」
……知らねーわ。心の中で思わずツッコミを入れるナオ。
「それで、それ何の本なの?」
「ああ、これですか」
男は読んでいたページを上にして、ナオの前に差し出してきた。ナオは本を覗き込むが、そこには本当に読めない文字がずらりと並んでいる。アルファベットの片鱗もないので、英語ではないことは確かであった。
「うわ。なにこれ。暗号文の参考書?」
「まあ、そんなもんですね」
「暗号文って……。何、脅迫状でも作るつもり? アンタやっぱ、何かしら犯罪起こそうとしてる?」
「やっぱとか言わないでください。何もしてません。僕、平和主義者ですよ」
「ストーカーしてたじゃん」
「だから誤解ですって!」
やや不屈そうな顔を向けつつも、ナオは今一度席に座り直す。
「それで、これが何なの?」
「これは、魔法です」
「はい?」
さらっと出た言葉に、思わず食い気味な返事をする。
「なんだって?」
「ですから、魔法の本です」
「魔法? マジックの指南書みたいな……?」
「魔法のような本ではなく、魔法を学ぶための参考書です」
至極真面目な顔でそう告げる男にナオは口をあんぐりと空けて、持っていた最後のフライドポテトを膝の上に落した。
……魔法? 本物の? それとも、妄想中二病爆発男?
ナオは戸惑いながらも、なんとか話を続ける。
「えっと、魔法? 魔法が、使えるってことでオーケー?」
「まあ、そういうことですね」
「あ、そう。魔法使いなんだ」
「ご理解が速くて助かります」
なんら疑問も抱かず当たり前の如く返事をする男に、結局再び頭を抱え込むこととなってしまった。
……やっぱヤバい奴じゃん!
すると男性は突然真剣な顔をしてナオを見た。ナオはぎょっとして少し身を引く。
「な、何……?」
「鳴海さんは、魔法を信じますか?」
彼の口から流れるように発せられたのは、名乗っていないはずの自分の名前であった。
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