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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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 少し先に進むと鮮やかな花が立ち並ぶ、オシャレな店が見えてきた。それはこの前オープンした、森をモチーフにした可愛いらしいカフェ。広々とした飲食スペースは女性客でひしめき合っており、その大行列は凄まじいものだった。しかしドリンクのみをテイクアウト出来る専用窓口は空いているようだ。これはチャンスとすぐさま自転車を横づけし、数人の列へと並んだ。

 商品を受け取った女性客がお店を背景に写真を撮っている。グラデーションのかかったアイスティーに渦を巻くソフトクリーム。白いコントラストがよく映える。その様子に美味しそう! と思わず生唾を飲み込んだ。何度もレジの方を覗き込みながら、少しずつ近づいてくるディスプレイに心躍らせる。

 数分後、ついにナオの順番がやって来た。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「えっと、アイスカフェラテをひとつお願いします。ミルクと砂糖多めで、アイスもトッピングしてください。あとカラフルシュガーも」

「かしこまりました」

 待ちわびていた分まくしたてるような注文であったが、笑顔の素敵な店員が丁寧に対応してくれてナオのテンションはさらに押し上げられた。会計を終えると、再び財布をポケットへと押し戻す。

「準備が出来るまでそちらの椅子に掛けてお待ちくださいね」

 ドキドキ高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、白いサンシェードが引かれた屋根の下へと移動した。そこには小柄な椅子が四個置かれており、ナオは一番手前にある端の席へと腰かける。前には三人女性客が座っていて、皆小さな鞄を膝の上に乗せていた。ナオもちょこんとその隣に居たのだが、あまりにも大きなカバンが少しだけ恥ずかしくなって、ぎゅっと膝の上で抱え込む。すると鞄の中の風呂敷包みが窮屈だと言わんばかりに、べコリと音を立てた。あともう少しだから我慢してよと弁明しながら、店員の邪魔にならぬよう身を縮こませ続けていた。

 先客であった女性客が全員入れ替わった頃、ついにナオの待ち望んだものが運ばれて来る。

「お待たせいたしました」

 店員の明るい声と共に透明のカップに入ったアイスカフェラテがナオの目の前に差し出された。ミルクの混じった優しい色合いのコーヒーの上に、渦を巻いて乗っているたっぷりの生クリームとソフトクリーム。その上にはカラフルシュガーが降り注ぎ、絵にかいたような美しい一品だった。

「綺麗~! ありがとうございます!」

 歓喜の声を上げ、ナオは両手で包み込むようにしながらカフェラテを受け取った。その時……。

「あちちち!」

 空気を一変させる声が、店の外まで響き渡って来た。その声に聞き覚えのあったナオは思わずその場に立ち上がり、覗き込むようにして店内を確認する。まさかとは思っていたが、思った通りの展開にナオはぎょっとして男を見た。

 ――やっぱりいた。あの時のへにょへにょ男……!

 ナオの予想通り、そこにはなんと先ほどパン屋でずっこけていた男が立っていた。この場所でも災難に見舞われている彼は、熱々のホットコーヒーを足元にこぼし片足でぴょんぴょん飛び跳ねているところである。

 カフェラテを持ってきた店員は、大急ぎでその男の元へと駆けつけて行った。

「大丈夫ですか⁉ 火傷などはされてませんか⁉」

「すみませえん、よそ見しちゃってえ」

 先ほど同様の間延びした話し方。呑気なのか鈍感すぎるのか。されどその話し方は些かせっかちなナオにとっては不快なものに感じられた。男はヘラヘラ笑いながら店員から差し出された布巾で足元を拭いている。顔を合わせてしまえば向こうから絡んでくるかもしれない。関わってもあまり良いことはなさそうだなと感じたナオは、少し駆け足でその店を後にした。

 愛車を横にしばらく進み、店が見えなくなったあたりで後ろを振り返る。姿の見えない彼の様子を脳裏に映し出すと、何故だか無性に腹が立って来た。

「なんで行く先、行く先。あの男がいるんだろ。しかも……ずっとマヌケ!」

 胸の中で悶々と渦巻いていた言葉が、ついに口から飛び出した。溜め込んでいたものを一気に吐き出したためか、今まで以上の声量だ。木々に止まっていた鳥達は一斉に飛び立ち、昼寝をしていた犬でさえその場に飛び上がった。

「でもまあ、いっか」

 昼寝の邪魔をされた犬とは打って変わって、すぐに機嫌を持ち直すナオ。愚痴を言ったところで今更どうだっていいのだ、もう自分には関係ないことなのだから。

 激しく威嚇する犬にごめん、ごめんと軽い謝罪を入れながら、片手に握られていたカフェラテをおもむろに口へと運んだ。

「わあー! 美味しい!」

 疲れた体に染み渡るその甘味は、一度食べ始めたら止まることはない。気が付けばその場に自転車を止めたまま、アイスカフェラテの虜になっていた。甘いクリームとコーヒーを混ぜ合わせて鮮やかなグラデーションを一色にまとめているナオの傍らで、犬もまた飼い主からおやつを貰っている。

 わずか数分でカップの底に残っていたクリームまできっちりとそぎ落としたナオ。買ったばかりの新品並みにお皿の上をきれいさっぱり嘗め回した犬。両者ともに大満足の食事を終えたのであった。

「あー、最高! 幸せー」

「ワン!」

 身体も涼み、糖分も摂取したことですっかり気分を良くしたナオは、先ほどの男性の存在など頭の中から消え失せていた。彼の風貌でさえ先ほどコーヒーに溶け込んだアイスのように、思い出そうとしても原型すら留めていない。思い出せると言えば、満足そうに笑う犬の顔だけである。

 再び自転車にまたがり走り出そうとした時、ポケットからスマートフォンの振動が伝わって来た。取り出して画面を確認してみると、母からの連絡通知だった。

「今日はこれから夜勤なので、夕食適当に食べておいてください、か」

 その内容に適当な了解スタンプを返すと、ナオは自分のお腹と相談を始める。まるで誰かと会話しているかのような、大き目の独り言であった。

「今食べたばっかりだけど、これじゃ夜中にお腹空きそうだよねえ。コロッケも買って帰る約束だったけど、その前にガツンと食べておきたいと言うか。鉄板焼きは皆で行って食べたいし。うーん……よし決めた! なーんも予定はないし、ちょっとだけ遠回りしちゃおっと」

 やっと彼女の落ち着いた声を聞き終えた犬は、再び冷えた土間にある犬小屋の中へと腰を据えた。

 ナオは来た道をUターンして帰り道とは逆方向へと進んで行く。向かう先は赤い看板に黄色いM字で有名な、ハンバーガーショップだ。

 自転車を漕ぎながら建物の合間から見える空を見上げる。まだまだ日は長いが、早くしなければ帰る頃には空も茜色に染まるだろう。夏休みのこの時間帯は混んでいるかもしれないなと考えながら、腰を上げて強くペダルを踏み込んだ。

 途中横断歩道で信号が変わるのを待っていると、目の前に見覚えのあるシルエットが現れた。溶けたはずのアイスが再び形を取り戻す。

 ……うげえ!

 思わず口から飛び出しそうだった壮絶な悲鳴を、なんとか心の中だけでとどめることに成功した。

 本日三度目となる、長身へにゃ男が、そこにはいた。

 左手には買ってしばらく経ったカレーパンの紙袋、右手には既に半分以上服が飲んでしまったホットコーヒーを持って、向かい側の歩道で信号が変わるのを待っている。

 なんでこんな一日に何回も!? 知らないフリ、知らないフリ……。

 ナオは青信号になると顔を合わせないように反対方向に首をひん曲げ急いで渡り切った。まさか追いかけてきたりはしていないよなと、後ろを振り返る。だが彼はそのまま直進して歩いて行っているようだった。

「よし、これでもう二度と会うことはない、はず!」

 ナオはそれをしかと確認した後、真っ直ぐハンバーガーショップへと向かって走り出したのだった。

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