30 『それは運命の石』
自分に出来ることはなにか。彼は必死にページをめくった。どこに何が書かれているのか、暗記するほど読み続けてきた。この本の中にはきっと、答えとなるヒントが隠されているはずだ。
ミヅキはあるページでその手を止めた。そのページはケチャップソースが星を彩っているようだった。
「そうか……。これなら僕にも、出来るかも……」
ミヅキは思わず走り出した。その走り出しで一度ずっこけたが、すぐに起き上がり再び走り出した。向かうところはそう、この国で一番星に近い所――都会にそびえる、白い塔。
ミヅキが着いた場所は駅だった。だがもちろんのこと深夜帯に電車など走っておらず、駅員どころか人っ子一人姿は見えない。
「ここから向かうために、一番早い方法は――」
ミヅキは目的地へと向かう方法を探るためポケットから携帯電話を取り出したが、残念ながら充電が切れている。大抵の人なら大体の移動方法を理解しているようなところであろうが、この世界に来てからほとんど家を出なかったことが仇となった。全く他の移動手段が分からない。錆びた長針が動くたび弾かれたような音を立てる時計を振り返ると、まだ始発まで三時間はありそうだった。
「この電車だけで大丈夫なのかな……」
ミヅキは次にポケットから、戻って来た財布を取り出し中身を確認した。数枚のお札が肩を揃えきっちり収められている。最悪現金が足りなくなっても電子マネーで乗り切れる時代。銀行に預けた予算残高だけが些か心配であったが、こうなったら出来ることはやるしかない。
ミヅキは意を決すると、すっかりシャッターのしまった商店街を駆け抜けていった。そこからやや開けた街の中へ舞い戻ると、唯一灯りが付いている店の中へと飛び込んでいった。
そこは若者が集う、ネットカフェだ。ありがたいことに携帯の充電もしながら、パソコンで調べものも出来るという、今のミヅキにとってもってこいの場所であった。ミヅキは受付をするや否や個室に入ると、すぐにパソコンを立ち上げた。そして目的の場所までの道筋を確認し、携帯のメモ機能へ取り込んでいく。
あらかた移動方法は確立した。残りの時間はとにかく魔法の本を読み返すことに徹した。一度たりとも失敗は出来ない。タイムリミットは明日の夜明け。それまでに必ず、自分が存在すべき魔法使いであると証明させなければ。
正直なところ、ミヅキがこれからやろうとしていることが、本当に誰かの助けになるのかなど全く分からなった。だがミズキは信じていた。母の言葉を。ナオの言葉を。きっと訪れる、争いの終焉を――。
朝が来た。本を読んでいるうちにいつの間にか眠りこけてしまっていたらしい。携帯のアラーム音が鳴り響いたことに驚いて、その場で飛び上がるように目が覚めた。
「わあああああ!」
つい渾身の大声を出してしまい、隣の客から壁を強くたたかれた上に店員からも注意された。
「すみませえん」
情けない声で客と店員に謝罪の返事をし、逃げるようにネットカフェを後にした。
時刻は午前十時。駅へと向かい、その駅から新幹線の通る大きな街へと出るための切符を買った。それなりに田舎の駅なもので、三十分は待った後に電車が来た。電車内は空いていたが座ることはせず、入り口付近に立ったまま移動した。扉の先で移り行く景色を眺めていると、なんだかものすごく遠くまで旅に出たような感覚へと陥った。急に寂れた商店街が恋しくなった。
そこからおよそ一時間半かけて、目的の駅へとたどり着く。駅員に確認しながらなんとか新幹線の切符を手に入れたミズキは、何度も改札に引っかかりながら新幹線の止まっているホームへとたどり着いた。随分と車体が長い。自分の乗り場も分からず、導かれるがままチケットに書かれている席へと向かった。
「えっと、7のBはと……。ここか」
案内板を元にやっと座るべきところを発見した。しかしそこは既に、先客が陣取っていた。左右を狩り上げた七三分けのサラリーマンが膝にパソコンを乗せて作業に没頭しているところだ。ミヅキがその場に立っていることに気が付いていながら、知らないふりをしているようだった。
「あのう、お忙しいところ、すみませえん」
ミヅキが声をかけると、そのサラリーマンは至極不機嫌そうにミヅキを見上げた。
「なに?」
「そこ、僕の席じゃないですかね」
「いや、自分のところであってますけど」
サラリーマンはそう一言だけ返すと、再び画面へと視線を落とした。
「で、でも。僕もこの席の番号が書いてありまして――」
ミヅキは慌てながら切符をポケットから取り出す。するとその手からすり抜けた切符は、サラリーマンの足元へと落下して行った。サラリーマンは大き目のため息をこれ見よがしにすると、パソコンを二つに折りたたみ隣の座席へと置いた。どけてくれるのかと期待したミヅキであったが、彼はけだるそうにミヅキの切符を拾い上げると突き返して来た。
「間違えてますよ、乗る電車」
「え?」
「東京行はあっち」
彼はそう言うと、窓の外に見える離れた場所の新幹線を指さした。
「あっち……?」
「反対側のホーム!」
「そ、そうでしたか! すみませんでした!」
「ていうかもう出るよ、その新幹線。急いだほうがいいんじゃない?」
サラリーマンにそう告げられ、ミヅキは大慌てで来た道を引き返す。去り際その場全体に響き渡るお礼の言葉を述べると、サラリーマンは頬を赤く染め、車内は少しだけ笑い声で包まれた。
彼に言われた通り、あと三分足らずで新幹線出発の時間だった。出発ホームまでの道を熟知している人ならまだしも、この場所の名前すら知らなかったミヅキがその時間で目的地までたどり着けるはずなどない。ここは暗黒迷宮かと疑いたくなるほどに右往左往していると、ふと気が付いたことがある。
都会に出るほどに思った。誰も、自分のことなど見ていないことに。スマートフォンの画面に夢中な女子高生、パソコンと向き合う会社員、ゲーム画面に夢中の子ども。何をしていなかったとしても、挙動不審な彼に関わろうとせず目を逸らす人ばかりであった。
つまりは――チャンスである。ミヅキはあえてその人混みの中で、瞬間移動の魔法を使うことを試みたのだ。その場に膝まづき、うーんと唸る。約一分間その儀式は続き、ようやく力を解放した。思い切り一歩を踏み出した瞬間、瞬間移動で目的地にひとっとび! のはずだったのだが――もちろん失敗に終わる。
その場に膝を折るようにして転び、さらにはポケットからスマートフォンが吹き飛んで行った。
「何やってんの、あの人」
「なんだろうね。それよりおやつ食べよっか」
ゲームをしていた少年が不思議そうにこちらを指さす。母親は極力接したくないような様子で、子どもを連れて別の場所へと移動し始めた。膝の痛みをこらえながらスマートフォンを拾いに行くと、その画面は芸術かと思えるほど粉々に割れている。それだけならまだしも、完全にシャットダウン状態だ。電源すらつかなくなっていた。
――まずい。電子マネーは全てこの中だ。慌てて現金で全て払ってきたものだから、今手元にあるのは缶ジュース一本買える程度のお金。現金も無ければ、移動手段をメモした内容もすべて失った。残った自分に出来ることは……? 無情にもミヅキが乗るべきだった新幹線が出発する、アナウンスが聞こえて来た。
「もう、無理だ……」
ミヅキがそう呟いた瞬間、彼の目の前が突然歪んだ。彼の周りの空間が崩れ落ちた次の瞬間に、彼は忽然と姿を消していた。少し離れた場所でもまた同じようなことが起こり、今度はその歪みからミヅキが姿を現した。目の前には乗るべきだった新幹線がある。
――魔法は成功していたのだ! ミヅキは扉が閉まり切る前になんとか中へと飛び込んだ。後ろを振り返ると反対ホームの新幹線の中、七三分けのサラリーマンが親指を立ててグッドポーズをしてきているのが見えた。彼に深く一礼すると、ミヅキはようやく自分の席へと腰を据えたのであった。
さてここからさらに三時間。彼はついた先でどうやって移動しようかだけを考えていた。移動方法は訪ねて知り得るとしても、交通機関を使うお金はない。徒歩で行くとしたのなら、一体どれほど道に迷い、どれほど人に尋ね続けなければならないのだろうか。ならば先ほどのように魔法で移動すればいいのではと思われるところ、一流の魔法使いならまだしもミヅキにいたってはそうはいかない。あの数百メートルを移動するのがやっとで、偶然にも偶然成功した魔法が的確に発動できるだなんて期待もできない。不安を抱えたまま、彼は目的の駅へと降り立ったのである。
念のため駅員に白い塔までの行き方を聞いてみた。するとやはり電車やタクシーを勧められたので、徒歩ではどうかと聞くと渋い顔をされた。
「お兄さん、徒歩だと日が暮れちゃうよ」
半笑いでそう告げられて、ミヅキも冗談の雰囲気を出しながら一緒になって笑っておいた。外に出て見れば白い塔の片鱗くらいは見えるのではと期待したが、高いビルに囲まれたそこは、数メートル先の赤い看板の黄色いM字をかすませる程であった。人で溢れかえる駅前、それだけでも目が回りかけるミヅキはその場に立ち尽くしていた。
「さて、どうしますかねえ。棚から牡丹餅、期待して見ますか」
とりあえずハンバーガー屋に直行したミヅキは、中でも一番安いハンバーガーを購入し英気を養っていたのである。
彼がお店の中でハンバーガーをかじっていると、一人の男の子がオモチャで遊んでる姿が目に留まる。自分の幼い頃繰り返し同じオモチャで遊んだものだ。ここでは美味しいハンバーガーを食べながら、新しいオモチャまで貰える。なんて幸せな空間だろうか。……オモチャ?
ミヅキは思い出したようにポケットの中に手を突っ込んだ。
『あの子ったら、あれをオモチャだと思い込んでいるんですよ』
『そうか、そうか。ミヅキ、それが気に入ったか?』
『うん! だってお星さまみたいで、綺麗だから』
『そうか。じゃあそれを、ミヅキにあげよう』
『本当!?』
『あら、いいんですか? おばあさまから預かった、大切なものでしょう?』
『いや、いいんだ。それは人を傷つけるためのものじゃない。護るためのものだからね』
『……?』
『ミヅキ。その石は今からお前のものだ。それは運命の石。おじいさまの血と涙が染みついた大地から持ち帰った、大切な石だ。この世界のどこかには、暗い夜空に輝く黄色い星があるらしい。おじいさまはそれを見るのが夢だった。その夢を抱え、戦闘機に乗って行った。真っ赤な地中に埋もれた、黄色い星だ。きっとお前を、護ってくれる』
『これ、おじいちゃんなの?』
『ああ、そうさ。おじいさまは偉大な魔法使いだ。お前もおじいさまのように、明日から母さんのことを護ってやってくれ。頼んだよ』
『お父さん、明日からどこに行くの?』
『そうだな。きっと美しい場所だと思うよ』
「おじいちゃん……」
ミヅキが石を握りしめ声をかけると、突然その石から眩しい程の星芒が瞬いた。慌てて周囲を確認するも、誰一人それに気が付いた様子はない。人間には見えていないのだ。
空のトレイをひっくり返しながら大急ぎで椅子から立ち上がると、慌てて外へ駆け出した。手のひらから溢れ出す光は、外に出るや否や真っ直ぐに一点を指す光の道となって、目的の場所とここを繋いでいるようだった。
「この先が……」
ミヅキはゆっくりと目を閉じる。手の中に広がる温もりは、家族の手のぬくもりのように感じられた。ざわついた街中の入り乱れた音色がだんだんとおさまり、静かな空間へ移動した。目を開けた先はそう、この国でもっとも高い、白い塔の中だった。あれほど溢れ出していた光は手の中に納まり、次第に温もりも薄れていく。
ゆっくりと手を開くと、黄色く輝いていた石は炭のように黒くなり、手のひらから浄化されるように消えて行った。
「おじいちゃん、ありがとう」
ミヅキはふとそこから見える都会の景色を展望した。魔法の国とは違う、けれどそこもまた美しい国だった。この場所もかつては火の海に包まれ、焼け野原になったことがあるらしい。
遠くに見える夕日が、間もなく完全に姿を消す。この街もまた、完全な闇に包まれる。だがきっと、ここから見える街の灯りはいつまでも消えることはないのだろう。――その灯りが、星を遮ることになろうとも。
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