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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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29 『じゃあその時は、一緒に星を見よう』

 ミヅキが目を覚ますと、そこは見覚えのある世界だった。寝ころんだ視界の先にあるのは、工事中看板が貼りだされている老朽化したマンション。商店街を抜けた先――あの日少女が落ちるはずであった地面に、彼はたった一人で寝転がっていたのだ。

 日の出直後か、あたりにはまだ人気がない。

「また――僕は一人でこの世界に……」

 ミヅキは両手で顔を覆い、頬から伝う涙を隠した。

 かつて一人、知らない世界に放り投げられた日のことを思い出す。目の前には見知らぬ人間、見知らぬ街並み。それ以前に愛する家族はどこにもいない。護りたい存在を戦場に残し、護れただけの自分がここにいる。落ちこぼれの魔法使いがたった一人。恐ろしかった。孤独だった。けれど愛する母に会うため、生き続けなければならなかった。いつかきっと、会える時が来るはずだから。それまでは絶対、魔法使いだとばれてはいけない。とにかく自分をひた隠し、存在を消すようにして生き続けた。――しかしその願いも、叶わなかった。

 再び一人で逃げてきてしまった罪悪感に打ちのめされ起き上がれずにいると、突然目の前を覆う黒い影に襲われた。顔面を襲う強烈な唾液に、ミヅキは強制的に上半身を引き上げられた。絶えず彼の顔を嘗め回す一匹の犬に、ミヅキは必死で抵抗するも力及ばず。

 やっと起き上がったのもつかの間、再び地面へと身を預けたのである。

「うわああっ!」

「これペロや! 何してんだい!」

 情けない叫び声と同時に、何者かが犬へと呼びかける声が聞こえて来た。犬は飼い主の声を聞くと、尻尾を振りながら一人の老人の方へと駆け寄っていく。背筋の伸びた一人のおじいちゃんが挨拶を交わすように、こちらに軽く手を挙げた。

「いやあ、すまんね! この時間は涼しいから、この子もテンション上がっちまって。走って行くもんだからリードを放してしまったんだ。人懐っこいだけで悪い子じゃないんだけど、ごめんね」

「あ、いえ……僕は平気です……」

 見覚えのあるおじいちゃんは手に巻き付けるようにリードを持つと、興奮した犬に引っ張られながらなんとか足を進めて走り去って行った。昼間とは打って変わって、おじいちゃんの方も元気そうだ。

 ミヅキは犬に舐めまわされた顔を確認するように、自分の頬に触れてみた。当たり前に見えている、触れられている。確かに自分は、ここに一人の人間として存在している。それは自分が消えてしまう前に、彼女が逃がしてくれたからだ。

 無事に生きている。――だがそれだけではダメだ。ナオを助けるためには、自分が誰かに必要とされたり、感謝されたり、生きるべき存在であることを証明しなければ。

 何が出来る? 落ちこぼれの自分に。母を救えなったこの自分に、一体何の力があるというのだろうか。

 ミヅキはなんとか立ち上がると、おもむろに歩き出した。


 それでも前に進む。ナオに教えてもらったから。


 彼が向かった先は、ナオがよく訪れていた商店街だった。ふらふらと目的もなく歩いていると、目の前に何かを差し出され行く手を阻まれた。

「よろしくお願いします」

 何かのキャッチかと思い、適当にそのチラシを受け取る。ぼんやりとした表情でその紙を見下ろすと、そこにはナオの顔が印刷されていた。その顔を見た瞬間我に返ったミヅキが来た道を振り向くと、そこではナオの母親が早朝でありながらも必死にビラ配りをしていたのだった。

 ナオが消えてから三日間、まともに眠っていないのだろう。顔は青白く目の周りには黒い隈が出来ていた。ミヅキは何も言えずにその場で立ち止まったまま、ナオの母を見つめていた。すると相手もミヅキの存在に気が付いた様子で目が合った。

「あ、あの……」

 ミヅキが震える声で声をかける。すると母親は藁にも縋るように、すぐさま駆け寄って来た。

「何かご存じですか!?」

「え……」

 何も言えない。なぜなら自分は、アナタの愛する娘を犠牲にして生き残ってしまった存在なのだから。ミヅキが黙ったままうつむいていると、母親は肩を落とす。

「すみません、突然……。少しでも何か情報がないか、焦ってしまっていて……」

「……っ」

「娘なんです。時々ふらっといなくなることはあったんですけど、ある日大勢の前で忽然と姿を消してしまって。本当に、最初から存在しなかったみたいに……」

 母親の瞳から一粒の涙がこぼれ、痩せた頬に伝った。

「本当は娘なんていなかったんじゃないのかって思うことがあるんです。私の幻想で、最初から存在しなかったんじゃないのかなって。そう思うと、少しだけ心が軽くなるような気がしたから。でもそれ以上に、とてつもなく苦しくなるんです。いなかったなんて、言わないで欲しい。この子は確かにここにいた。大好きだった。大切な、大切な娘だから。どうしても、見つけてあげたいんです」

 だんだんと感情が高ぶり嗚咽を漏らす母親。ミヅキはぎゅっとそのチラシを握りしめた。消え入るような声で言葉を押し出す。

「僕が――――」

 ……助けます。そう言うつもりだった。なのに、これ以上言葉が出てこない。何ひとつ自信がなかった。こんな落ちこぼれの自分に一体何が出来るというのか。自分が存在すべき人間であると、どうして証明が出来るのだろうか。存在すべきだったのは自分ではない、彼女の方なのに。

「ごめんなさい……」

 決意の代わりに出たのは、心からの謝罪だった。母もまた、取り乱してしまいすみませんと頭を下げた。ミヅキは思わずその母よりもさらに深く頭を下げていた。

 人気のない商店街、いつもの顔ぶれがだんだんと姿を見せ始める。コロッケ屋のおばちゃん、鉄板焼き屋の親子、八百屋のじいちゃん。彼らは営業中の札をひっくり返す代わりに、母親と同じチラシを手に街の中へと進撃していった。ダンジョンモンスター総出で、魔王城へ反旗を翻すつもりだ。世界が壊れていく。自分のせいで――。


 ミヅキは走った。あてもなく。「犬も歩けば」そう言って笑うナオの顔が浮かんでは消えて、じっとしてはいられなかった。なんでもいい、自分に出来ることがないか必死に探した。だが、何一つ可能性を見出すことは出来なかった。走り続けてついには足がもつれ、横断歩道の真ん中でひっくり返った。まさに「犬も歩けば」。余計な行いは災難を招くとも言われている。

 行きかう人々は道路の真ん中で寝そべる彼に手を差し伸べるでもなく、怪訝そうに彼を見つめるだけだった。ミヅキが顔をあげることで視線が合うと、今度は逃げるように顔を逸らし続けた。

 ――誰も、助けてはくれないのだ。

 そのまま空を仰ぎ見た。気が付くとあんなに青かった空は、もう茜色に染まり始めている。

「鳴海さん……。なんで僕なんかを……」

 ミヅキはそのまま頭を抱えてうずくまった。信号が変わり、車のクラクションの音が観光地へと響き渡る。それでもその場を動かないので、何かあったのかと心配して女性が声をかけてくれた。だんだんと野次馬も増え始める。

「ごめんなさい」

 ミヅキは涙を流しながら立ち上がると騒音にかき消される謝罪を告げて、逃げるようにその場から走り去った。

 

 そして一日目の夜が訪れる。何も出来ないまま、一日が終わる。二日後の日の出、鳴海ナオは消滅する。

 

 家にも戻らず河原の傍で一人空を見上げるミヅキ。ナオと過ごした一日目の夜も、魔法の国で同じように空を見上げた。だが向こうの世界よりも、ずっと星の数は少ない。あたりが明るいからだろうか。何かしなければと一日頭を悩ませたが何もいい策は思い浮かばず、過度の疲労でもう何も考えられなくなっていた。

 

 ――やっぱり何もできやしない。僕は、不必要な存在なんだ。

 

「鳴海さん。無理ですよ……僕には何も、出来ません……」

 ミヅキの働かない頭の中で、ナオの言葉が聞こえてきた気がした。


『この国はおかしい! 狂ってるよ!』

『愛する我が子を守るために外の世界に逃がして何が罪なの!?』

『生きてるだけで、十分なんだから』


「母さん……」

 ミヅキは気が付くと、その場で眠りに落ちていた。


 

『ミヅキ。もう中に入りなさい。すっかり暗くなってしまったわ。いつ敵が襲ってくるか分からないんだから』

『うん』

『あら、また見ていたの? ミヅキは星を見るのが好きね』

『うん』

『この国の星は綺麗でしょう? この星はね、たくさんの命で出来ているのよ』

『命?』

『そう。この世界から旅立った人が、こうして再び光り輝き、私たちを空から照らしてくれているのよ』

『人は死んだらお星さまになるの?』

『そう。この星は愛する人を守って旅立った英雄たちの星よ。アナタのお父さんも、この星の中にいるわ』

『どこ?』

『どこかしら。あの、一番きれいに輝いている星かもしれないわ』

『綺麗だね』

『そうね。さあ、もう家に入りましょう』

『もう少しお外にいたら駄目?』

『ごめんね、ミヅキ。今は外に出ない方がいいの。でもね、いつかきっと、何も恐れることはなくこの星をただ静かに見上げることの出来る日が必ず来るわ。人が争ったり憎しみあったり、そんなことのない世界がいつかきっと。母さんはそう、信じてるの』

『じゃあその時は、母さんも一緒に星を見よう』

『ええ。もちろんよ。約束するわ』



「ごめんくださーい」

 誰かに呼び掛けられる声で目を覚ました。顔には懐中電灯を当てられて、まぶしさで目を強くつむりなおす。

「お兄さん大丈夫? 飲みすぎちゃった? 体調悪い?」

 なんとか目を開けると、そこには警察官が二人立ってミヅキを見下ろしていた。どうやらパトロール中に道端で眠っているところを見つけたようだ。酔っぱらいと間違われ職務質問にあっているミヅキは、大慌てで上半身を起こした。

「あ、すみません……! ちょっと疲れちゃって、休憩してたらいつの間にか眠っていたみたいで……!」

「そう。家帰れそうですか?」

「はい! 帰ります!」

「じゃあ、一応身分確認だけいいですか」

 ミヅキは財布から身分証を取り出して警官へと差し出した。こんな形で存在証明をされてもナオは戻って来やしないのだが、彼らも仕事だ。おとなしく指示に従う。

「はい、いいですよ。じゃあ気を付けて。ちゃんと家に帰って寝てくださいね」

「すみませんでした……」

 ミヅキは小さく頭を下げると、とろとろと歩き出した。いつの間にか街の明かりも消えて、眠る前よりも少しだけ星が明るく見えていた。彼は歩きながら星を見上げる。

「いつかきっと、誰もが安心して空を見上げられる日が――」

 ミヅキは何の気なしに空へと手を伸ばした。掌の向こうには強く輝く一番星。どれだけ背伸びをしても届きそうにない星を虚空に掴み、そのまま諦めたように地面へ手を下ろした。

 するとその星は煌めきながら、空を駆け抜けていった。魔法の国では見慣れた景色。しかし人間界のこの国で、流星群でもないのにちょうど良く星が流れていくものだろうか。

 ミヅキは驚いて自分の掌を見下ろした。その手はうっすらと青い光が浮かんでいる。

「力が……戻ってる……?」

 彼は思い出したように、慌ててポケットの中をまさぐった。淡く光る石が、そこにはあった。ナオからあの時、返してもらったものだ。

 そう、ナオに自らの能力が渡ってしまったのは、単なる偶然ではなかった。魔法界の石が、魔法の力と共鳴し合った結果だったのだ。そして彼女が最後に投げた魔法のボールもまた、彼を人間界へと飛ばすだけのボールではなくなっていた。

 

『その星は、あるべきところへ導いてくれる』


 祖父の声が、聞こえた気がした。

 

 ……魔法だ。魔法があれば、何か出来るかもしれない。

 だが、この国で魔法を使うことは禁じられている。そうやって今まで自分を押し殺し生きてきたのだから。

 ミヅキは無我夢中で魔法の本を開いていた。もうそんなことなど、どうだってよかった。誰からどう思われようと、自分の処分がどうなろうとも関係ない。ただ一人の少女を、救いたい。そのために一瞬でもいい、誰かに必要だと言われる存在にならなくては。

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