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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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28 『さようなら、白の番人』

 扉の先は真っ白の世界。その空間に大きな星色の砂時計があり、砂がさらさらと下の瓶へと落ちていくのが見えた。星の砂時計の前には、顔を布で覆い隠した女性が一人、宙に漂っていた。長い髪の毛が柔らかく風になびいている。その人を包む白い服には先ほどの入り口に書いてあった太陽と月の紋章が施され、手には長い魔法の杖のようなものを持っていた。

「あの人が……?」

「そうです。彼女が白の番人。さあ日が昇る前に。――鳴海さん!」

 ナオは白の番人の前にゆっくりと歩み出た。大きく息を吐くと一気にその場の空気を吸い込み、部屋を揺らすほどの大きな声で告げる。

「鳴海ナオ! 肉体を返してもらいに来ました!」

 そう言うと白の番人は少しだけ顔の布を揺らし、ナオを見下ろした様子だった。彼女は杖を持っている反対側の手を差し出す。どうやら存在を証明するものを提示するよう促しているようだ。

 ナオはポケットから小瓶を取り出す。それを白の番人に向けてさしだすと、小瓶が手から浮いて白の番人の前へと移動した。彼女がその瓶に触れた瞬間、パリン、と小瓶が割れて中の水が宙を駆け巡る。渦を巻きながらいくつもの水滴が飛びまわると、あの時図書館で見た光景が周囲を取り巻いた。

「母さん……」

 ナオが呟いたその時、水は回るのを辞めてその場に止まる。そしてまるで逆向きに雨を降らせるように、天井へと水が降り注いだのだ。しばらく黙り込んでいた白の番人は、静かに口を開いた。耳当たりの良い、優しい声だった。

「鳴海ナオ」

「はい」

「肉体へ戻ることを、許可します」

「や、やった……!」

 ナオは笑顔を浮かべ、ミヅキを振り返る。ミヅキも小さな笑みを浮かべ、大きく頷いて答えてくれた。白の番人は魔法の杖を少しだけ振った。するとナオの体が瑠璃色に輝き始める。

「うおお!?」

「夜明けと共にあなたは肉体を取り戻し、元の姿に戻ることでしょう」

「あ、ありがとうございます。あ、あと! アタシもともと人間なんですけど!」

「それも承知の上です。アナタを人間へと戻し、人間界へ無事送り届けることを約束します」

「良かった! ようやく帰れるよ! 人間の世界に!」

 ナオはミヅキの方へと一歩踏み出した。するとやけにその足が重たく感じ、もう一歩を踏み出す。体の重さで地面を踏みしめる感覚があって、元の体に戻った感覚をひしひしと感じた。

「見て! アタシのカラダ! 元に戻ってるよ!」

 ナオはミヅキの元へ走っていくと、そのまま飛びついた。ナオの体はもう透けることはなく、ミヅキはナオを受け止める。だがひ弱な彼が彼女を抱きとめることなど到底不可能で、そのまま大きくしりもちをついて見せた。

「痛てて……」

「へへ、ごめんね! でも嬉しくってさ!」

「良かったですね。これで一安心です」

 ミヅキも嬉しそうに優しく笑う。するとナオは何かを思い出したように、勢いよく立ち上がった。

 ……もう一つの目的のためだ。すぐさま白の番人の元へと駆け寄っていく。

「あの! 魔法の力! アタシの魔法の力を、彼に返してあげてください!」

 先ほどのような優しい声色が部屋の中を包み込むかと思われた。――しかしそれはなかった。

 白の番人は口を開くことなく、ただ空中を漂っているだけ。ナオは聞こえなかったのかと不思議に思い、同じ言葉を繰り返す。

「あ、あの……。魔法の力を、持つべき人へ……」

 白の番人は黙っているのではなかった。よくみるとかすかに顔にかけている布が揺れている。彼女は首を小さく横に振っていたのだった。それに気が付いたナオは顔色を一変させる。

「――っ!? なんで……? この力は元々彼のものなんですよ? 彼があの子を救うために、間違えて力を放ってしまっただけで……!」

 必死に説明するナオに対し、その答えは自分の真後ろから返って来た。

「出来ないんですよ」

「え……?」

 それはミヅキ自ら発した言葉だった。未だ地面に座り込んだままの姿勢で続けた。

「一度魔法の力を失った魔法使いは、もう二度と魔法の力を得ることは出来ません」

「そんな……!」

 ナオは大きく首を振った。

「嘘だよ! だってあの時……白の番人に相談したら、力を元に戻してもらえるって言ったじゃん!」

「もしかすると、だなんて期待して言ってみただけです。でも、やっぱりダメなものは駄目ですね」

「そんな……!」

「こんなことのためにわざわざ結界まで破って入って、あなたの罪を増やしてしまいました。本当にごめんなさい」

 その時、ミヅキの体から何かがキラキラとあふれ出て、星の砂時計へと吸い取られているように見えた。それは星の砂だ。それと同時にミヅキの体が少しずつ透けていくのが分かった。

「な、なんで……? どうして!? なんで魔法使いの体が……!」

 ナオは白の番人を見上げる。彼女はただそれを黙って見ているだけのようだった。

「アナタが彼に何かしたの!? ねえ、何とか言ってよ!」

 縋り寄るようにナオは白の番人へ近づくが、彼女は繰り返し首を横に振るだけだった。

「魔法使い!」

 ミヅキの方へと駆け寄ると、既に体の半分以上が透けていた。そっと手を差し伸べると、すでにナオの手は空を切るようになっている。やっと触れられるようになったというのに、もう二度とお互いの体温を分け合うことは出来なくなってしまった。ミヅキはボサボサの頭を掻くと、いつも以上にへにゃへにゃした笑顔で笑う。

「お別れ、みたいですね」

「え……? なに、言ってんの……?」

「魔法使いは魔法の力を失うと、三日目の朝に消滅することが決まっているんです」

「……なによ、それ……」

 ナオは現実を否定するように、またしても大きく首を振る。

「聞いてないよ!」

「言ってませんでした?」

「言ってない!」

 ナオは必死にミヅキの手を握ろうとする。だが彼の体がだんだんと薄く霞んでいくのが分かるだけで、何にもならなかった。

「ま、待って……なんとかするから……!」

「気にしないでください。こうなる運命だったんです」

「そんな訳ない! まだ諦めちゃダメだよ! そ、そうだ! まだアタシの力が一回分残ってる! 日が昇るまでは、アタシ魔法使いのままだから! あの時アンタがやったみたいにさ、魔法の力を外へ放ってあなたに戻せば、今度は貴方が魔法使いになるってことじゃないの?」

 希望かと思われたその言葉に、ミヅキは白の番人如く小さく首を振る。

「それで肉体が保たれたとしても、星の砂になるという規則を覆したことになります。日が昇ると同時に僕は反逆者。そうなれば、星にもなれず、砂にもなれず……」

「どうなっちゃうの?」

「完全に、消されちゃいますかね」

「ひどい……」

 ナオは何か助けになるものはないか、部屋の中を見渡した。部屋の上空には図書館で見たものと同じステンドグラスが張られている。だがそれは確か、一日に二度だけ見えるもののはず。

 そう、星が出る時と、消える時――。

 ステンドグラスは太陽の光を浴び、その姿をだんだんと色濃く彩っていた。

「早くしないと、日が昇っちゃう!」

 星の砂時計の砂も、残りわずかだ。時間がない。時間がないのに、何も策がない。どうしようも出来ないもどかしさに、ナオはその場で地団駄を踏んだ。

「嫌だ! 嫌だよ、そんなの! 一緒に帰るって言ったじゃん! 約束したじゃん! なのに、なんで勝手に諦めんの! まだきっと何かあるよ! 何か――」

 ナオは涙をまき散らしながら、必死に頭をかき乱した。ナオの涙は空中を覆った小瓶の水とは反対方向へと落ちていく。涙で濡れた地面を見た時、ナオはハッと顔を上げた。彼女の脳裏には、母の顔が浮かんでいた。

「そうだよ……」

 ナオは笑顔でミヅキの方を振り向く。

「このままさ、人間界に逃げよう? アナタのお母さんがやったみたいにさ。魔法の力がなくなった魔法使いは、ただの人間でしょ? それなら向こうで生きていたって――」

「鳴海さん」

 ミヅキが遮った声をかき消すように、ナオは続ける。

「アタシが最後の魔法を使ってアナタを向こうへ飛ばすからさ。そしたらもう二度と魔法使いとしてこの国にも戻って来なくて良くなるよ。そしたら魔法使いでもなくなって、捕まることもないし――」


 「――やめてください!」


「え……?」

 いつになく強い口調で、ナオの言葉を否定した。ミヅキはまくしたてるように彼女の意見が間違っていることを伝える。

「この世界にいる魔法使いを人間界へ逃がすことは、最も犯してはならない重罪なんです! 鳴海さんが僕を人間界へ飛ばせば、アナタは再び肉体を失うことになる!」

「……待ってよ」

 ナオはミヅキを見つめる。

「人間界へ逃がすことが重罪? だとしたら……あなたのお母さんは……?」

 ミヅキは顔を伏せる。

「戦争で、死んだとかじゃなくて……」

 ナオはそれ以上言葉が出てこなかった。

 なぜ母親がこの世界にいないのか。長くこの場所にいたせいで、その理由を理解できてしまったからかもしれない。ミヅキは真実を嚙みしめるように続けた。

「人間界へと逃げる行為を手助けした者は、この国の裏切り者とみなされ最も重たい罪に問われます。その場合、己の証明だけではなく、逃亡した者が()()()()()()()()()()()()()使()()であったのかという存在理由を証明できなければ、罰則は絶対に適応されるんです」


『いかに生かすべき優秀な魔法使い』


 彼が強調した言葉の意味を読み取ったナオは、両手で口元を覆った。

「……まさか……」

「僕は――落ちこぼれでしたから」

 ミヅキは困ったように笑った。

「僕の母さんは、僕に契を与えてくれた。僕は生き残ったけれど、星にはなれませんでした」

 その言葉を聞くと、ナオは涙を振り落としながら白の番人を睨みあげた。

「そんな……そんな事って……!」

 ナオはこの部屋をぶち壊すかのような大きさで、ほぼ叫びと捉えられる声をあげた。

「おかしいよ! 愛する我が子を守るために外の世界に逃がしたことが、一体何の罪になるっていうの!? その子が生きていることだけで十分じゃない! 存在理由なんて必要ない! 落ちこぼれでも何でも、生きてさえいれば、それだけでいいんだよ!」

「…………」

「狂ってるよ……! この国は、狂ってる!」

「鳴海さん」

「――逃げよう」

 ナオはミヅキの元に駆け寄ると彼の前にしゃがみ込み、つかめなくなったミヅキの手に自らの手を重ねた。

「大丈夫。絶対にうまくいく」

「いけません」

「約束したでしょ? 絶対一緒に、元の世界に戻るんだって」

 ナオは笑顔を浮かべ力強く頷くと、ミヅキから離れた。ミヅキは何度も躓きながら立ち上がり、ナオへと飛び掛かる。だがその体は透けて、地面へと再び転がり込んだ。

 ナオは自分の中に残る力を頭の先からつま先まで一つ残らず、全て一点にだけ集中させる。手元に集まった青い光は、一つの小さな球になった。ナオはそれを野球ボールのようにしっかりと掴む。

「待ってるから」

「――っ!」

「月の鏡の前で、アタシ待ってる! アンタなら絶対、生き残るべき存在であったことを証明できるから!」

「鳴海さん!」

「頼んだよ、魔法使い」

 ナオは思い切り振りかぶった。それは太陽の下――全員の信頼を受け、たった一つの投球に魂を賭ける、青春に満ちた少女の姿だった。

 ミヅキは繰り返しナオの名を呼んだ。彼女はキャッチャーが合図を送ったのに返事をするよう小さく頷き、ボールを投げる。瑠璃色の投球がミヅキの体へと命中した瞬間、赤色の光が全身を包み込み、逆再生のように星の砂時計から光が解き放たれた。彼の肉体が、元に戻っていくのだ。

「鳴海さん……! 僕は――!」

「忘れないで。生きてるだけで、十分なんだからね」

 ナオの顔に、母の顔が重なる。彼女はそうやって、いつものように笑っていた。

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