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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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26 『愛って言うんだと思う』

「何だって言うのよ、もう!」

 ナオはうずくまっていた姿勢から大の字になって寝転がった。いつの間にかすっかりと日は暮れてしまい、空は赤い星でおおわれている。ミヅキは息を整えると、同じように満天の星空を見上げた。

「鳴海さん、もう夜が来てしまいました」

「そんなの見れば分かるって」

「塔の頂上まで一体どれほどの時間がかかるか分かりません。一秒でも早く塔の中に入ったほうがいいです」

「もしかして、またアタシ一人で白の番人の所へ向かえとか言うんじゃないよね?」

「…………」

「図星、って訳ね」

 意図を当てられ、すんなり黙り込んでしまったミヅキ。ナオがそのまま上空を見上げていると、一つの星が瞬きながら滑り落ちていくのが見えた。

「あ、流れ星!」

 ナオは上半身を起こして、落ちて行った星の先を目で追いかける。しかしそれはすぐに光を失い、常闇の中へと溶け込んで行った。ナオはこの世界に来た日に、初めて見た星空の下で話した内容を思い出していた。

「ねえ、星が落ちる時は、その存在を誰からも忘れられた時って言ってたよね。それは、本当の死を意味するって」

「そうですね」

 ナオは消えてなくなった星の行方を見ながら続けた。

「でもそれって。『死』じゃなくて、『誕生』なんじゃないかな」

「……?」

 ミヅキは眉をひそめてその話を聞いている。

「というと?」

「だって、星は落ちてこの世界にやってくるんでしょ? 誰からも忘れられたお星さまは、また命を得てこの世界に降りて来る。そしてまた沢山の人に愛されて、沢山の人に思い出してもらうんだよ。落ちたから終わりなんてことはない。落ちたからこそ愛されるんだよ」

 そう言っている間にも、次から次に星は空を駆け抜けていく。ナオは両手を合わせると、眼を閉じて空へと祈り始めた。突然のお祈りタイムを見てさらに怪訝そうなミヅキ。

「なんですか、それ」

「何って、お願いしてるの」

「お願い?」

「アンタ向こうの世界でずっと生きて来たのに、流れ星のことなにも知らないのね」

 ナオは目を開けると、もう一度空へと視線を移す。

「星が流れる間に三回お願い事を言えたら、その願いは叶うって言われてるの」

「理論上不可能では?」

「そういうところは現実主義者なんだから!」

「お願いして、どうするんです?」

 その言葉にナオは目を見開いた。

「そっか、そういうことか」

 そして突然気恥しそうな笑顔でへへへと笑うと、空との距離を縮めるように立ち上がる。

「流れ星にするお願いってさ、幸せな願いなんだよね。お金持ちになりたいとか、誰かに会いたいとか、幸せになりたい、とかさ。星に呪いを唱えるような人ってなかなか見ないと思うのよ。つまりは、そういうこと」

「どういうことです?」

「新たに生まれてくる命に、そんな風に生きてねってお願いしてるんだなって気づいたの。自分が思う最高の幸せなら、誰だって幸せに感じてくれる。人間は自分勝手に星へと祈ってるつもりだったけど、本当は誰かのために祈れる心優しい人種だってこと」

「はあ」 

 その話をしてからも、しばらく二人は静かに空を見上げていた。何万、否、何億万以上の星が煌めいているだろうか。まるで空から火種が降り注ぐように、次から次へと赤い光は舞い降りては消えて行った。

 ナオは星を見上げたままのミヅキへ目を向けると、静かに問いかける。

「ねえ、答えにくかったらいいんだけどさ……。なんであなたは一人で、人間界にいたの?」

「…………」

 ミヅキは初め戸惑ったように視線を泳がせたが、意を決したのか揺らぐ瞳をナオへと向けた。

「戦争で、僕の住んでいた地域が襲われたんです。僕は逃げ惑うので精一杯でした。魔法で戦うことも、誰かを守ることも出来なかった。女性や子供は捉えられ、人質として連れ攫われてしまいます。そんな僕は、相手にとって恰好の的でした。僕が捕まりそうになった時、僕の母が僕を逃がすために、咄嗟に僕だけを人間界へと送り飛ばした。僕だけを……」

「……そう、だったんだ……」

「それからはずっと向こうの世界で独りぼっちで生きてきました。けれど母さんは、この世界でまだ生きている。ずっとそう信じていました。けれど、昨日ボロボロに朽ち果てた家と、マルクさんの様子からはっきりしました。母さんはもう、この世にはいません」

「……星に、なったのかな」

 ナオはもう一度空を見上げ続けた。ミヅキは呟くように、そして祈るように言った。

「そうであれば、いいですね……」

 

 ミヅキはこれまでのことを思い出していた。

 母と離れ離れになった日。それまでもいつ隣国の襲撃があるか分からず怯えながら過ごしていた日々だったが、それでも当たり前に明日は来ると信じていた。敵からの攻撃がこの身に降り注いだ時の恐怖を忘れることはない。死ぬのは怖かった。それ以上に、今までの生活や大切な人が失われていくことが怖かった。そして何もかもがなくなったこの国を、改めてその目で見て感じた。

「やっぱり、魔法なんて最初からなければ良かったんです」

「どうして?」

 ナオはミヅキの横顔を見る。

「人は力を持つと使いたくなる。争いたくなる。一番を求め、欲を出し、人を傷つけることさえ厭わなくなる。どこかで誰かが泣いていても、それに気が付けない程に自分のことで周りが見えなくなって――」

 ナオはうつむきながらその言葉に続きを与えた。

「でも、魔法がなくても人間も争い合うよ」

「…………」

「私たちの国もかつてはたくさんの国と戦争をしてきたし、今だってまだ戦争をしている国もあるんだよね。アタシは今のんびり好きなご飯食べて、好きなことして過ごしてるけどさ。世界のどこかでは、飢えに苦しんだり明日を迎えることすら出来るかどうか分からないような状況で暮らしている人もいる。もちろんアタシたちの国だって、いつ戦争を始めるか分からない。どこにいても、人がいる限り戦争は終わらわないよ。……でもさ!」

 ナオは一段を声を大にして告げる。

「いつかきっと、戦争のない時代がきっと来るよ! みんなが笑顔で、みんなが幸せで、兵器も人を脅かすようなものもぜーんぶなくなってさ! そんな世界が、きっとくるよ……」

 ナオは目の中いっぱいに涙を浮かべて、優しく笑って見せた。一粒の宝石のような雫が、彼女の頬を伝い落ちる。

「だからさ、帰ろう?」

「……鳴海さん……」

「確かに人間の世界も争いばっかりだし、この世界みたいに星が瞬いている訳でもないし。でも、魔法が使えなくっても、アナタがあなたらしくいられる場所はここじゃないと思うの」

「そうですかね……。向こうにも僕の居場所はありませんよ」

「そんなことないって! 少なからず友達はいるだろうし!」

「いえ、それが一人も」

「いるよ!」

「友人と呼べるような人は……」

「いるってば!」

 ナオは強く言い放つと、親指で自分の胸のあたりを指し示す。

「アタシ! 友達でしょ!」

「友達、ですか……?」

「何? 嫌なの?」

「そういう訳では!」

 慌てて弁解するミヅキに、ナオはへへっと悪戯っぽく笑った。

「だから一緒に、人間界へ戻ろうよ。そんで、一杯笑って今まで通り、面白おかしく暮らそう? 今までのことは分からないけど、これからはアタシという友達がいるんだから、絶対楽しい生活になるって! アタシが保証する! だからほら、立って立って!」

 ナオはつなげない手を、迷うことなく差し出す。ミヅキもまたつかめないのを分かって手を差し出した。その手はもちろん通り抜けてしまうが、ミヅキに思いは伝わったようで彼は一人の力で立ち上がった。それを見てナオは満足そうにうなずく。

「よし! 約束ね!」

 ナオは小指を差し出した。よく見る約束の合図だ。しかしミヅキは不思議そうな顔でその動作を見つめている。

「何、どうしたの?」

「鳴海さん、それは……」

「それって? あれ、もしかしてこっちにはこういう約束の方法ないのかな? 約束の指切りっていうの。お互い小指を繋ぎ合わせて……指切りげんまん、嘘ついたら針千本の~ます、指切った! って、約束のおまじないみたいな……」

 ミヅキはそれを聞くと、同じような指の形をして、その小指を見下ろす。

「この国では、こういった儀式を『契』と呼びます」

「契!? え、何。向こうで言う結婚みたいな!? やだアタシ、プロポーズしちゃった!?」

「いえ、そういうものではないのですが。どちらかと言えば、呪いのようなもので」

「呪い!?」

「戦争へ出兵する前に良く行われた儀式です。家族であったり自分の守りたい存在であったり、そういう相手の小指を取り唱えるんですよ。『あなたはどのようなことがあっても、私が守ります』。そして家を出る。再び帰って出会えたら、その呪いは解かれます」

「もし……その……、もしもだけど、どちらかが死んでしまったらどうなるの?」

 ナオはミヅキの話した呪いの話に、恐る恐る質問を投げかける。

「守るべき対象が死んでしまった場合、呪いをかけた術者へと呪いが戻りますので、何も起こりはしません。ですが、呪いを与えたまま命を落とした場合、命を賭して守り切ったと評され星になります」

「星……?」

 ナオは上空を埋め尽くす星影を見上げた。

「星の精霊はいなくなりましたが、この契を交わした者は星になることを許されるんです。この幾千万の星の数々は、かつて誰かを慈しみ愛し、そして散っていた魔法使いたち。たとえどんな相手であったとしても、この世界のどこかで彼らを英雄と呼ぶ者がいる。降っている星は、そんな英雄を覚えている人が誰もいなくなってしまった星」

「……すごい数だね」

「多くの人が、それだけ誰かを愛していたということです」

「それはさ、呪いなんかじゃないよ」

 ナオは小指をゆっくりとミヅキへと差し出した。

「それは、愛って言うんだと思う」

「愛、ですか」

 ナオはそう言うと、無理やりミヅキの小指を取って指を絡ませた。なぜか幽霊体であっても、その指同士は離れなかった。ミヅキが手をほどく前に、ナオは力強く言葉を発した。

「私、鳴海ナオは、私の中にある魔法の力があるべき者へと戻るまで、何があっても皐月野ミヅキを守ります」

 ナオがそう言うと、青い光が二人の小指をくるくると回り、そのまま散ると空気へと溶けるように消えていった。

「鳴海さん……」

「ほら、これでもう逃げられないからね! アタシのために生きて、あの塔まで戻るんだよ!」

「…………」

「もしたどり着けなくてもさ、アタシ英雄になるから! 絶対忘れないでよね!」

 ナオは笑う。ミヅキはぎゅっとその小指に力を込めた。

「忘れる訳ないでしょう。初めて僕を、友達と呼んでくれた人ですから」

「それから、もう一つ」

「はい」

「人間界での約束も忘れないで? いい? 絶対に一緒に帰るんだよ? 途中で諦めたり、弱気なことは絶対に言わない。約束よ!」

「分かりました」

「じゃあ行くよ? 指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

 そこで二人はようやく指を離した。

「さーて! 行きますかあ!」

 ナオは全身の筋肉を解くように、大きく伸びをして塔へと向き直る。ミヅキはまだその小指を見下ろしながら、浮かない顔をしていた。

「針、飲まされちゃうんですか……。人間界とはなんと恐ろしい」

「なんか言ったー?」

「いえ、なんでも! 絶対帰りましょうね! 僕まだ剣山にはなりたくないので!」

「何の話してんの?」

 だがそのおかげで、やっと前向きになれた皐月野ミヅキであった。

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