25 『落ちこぼれ魔法使い』
「うわああああ!」
ミヅキは咄嗟に両耳を塞いだ。そう、ナオのお得意の大声だ。その衝撃波は空から降り注ぐハルベルデにも伝わり、一瞬落ちてくるスピードを緩めたのだ。
「今です! はやくこちらへ!」
ミヅキの叫び声につられ、ナオは全速力で空中を駆け抜けた。スコールと見間違うほどの強烈な槍の雨が、地面へと降り注ぐ。串刺しになる一歩手前で、ようやく塔の外へと逃げ出したナオ。外に出られたことで安心したのか、地面へと落ちるように着地をした。
「怖すぎ……。まじ、地獄じゃん、ここ……」
塔の中で宙を見上げたまま固まっていた門番たちは反逆者が外へと出たことで役目を終えたのか、それぞれ地面に突き立っている自分のハルベルデを拾い上げると持ち場へ戻っていく。そしてまた先ほどの門番が二人、同じように門の前に立っているのだった。
ナオは地面にうずくまったままでいたが、門番が定位置に戻ったことを確認すると、ミヅキのカーディガンを引っ張って彼を呼んだ。ミヅキが顔を近づけると、耳打ちするように内緒話を始める。
「ねえ、これどうすればいい? アタシ今追い出されちゃったんだけど」
「そのことですが――」
門番に刺激を与えない様小声で話していたつもりだったのだが、ミヅキは何も気に留めていない様子で平然と普通のボリュームで返答をしてきた。慌てて門番たちを振り返るが、彼らが動く様子はない。
「大丈夫ですよ。一度外に出れば今の件は無視してくれます。普通に話しかければ先ほどのように対応してくれますので、中には入れます」
「そこは意外と、親切設計なのね」
「ただし反逆の疑いの罪は課されました」
「最悪」
しかしこうしてうずくまっていても、先に進まない事には始まらない。ナオが意を決して立ち上がり再び門番の方へ歩き出そうとすると、その小さな背中にミヅキの声が響いた。
「鳴海さん。ここからは、一人で行ってください」
「え……?」
ナオはすぐさまミヅキを振り返る。
「なんで? 魔法使いは?」
「僕はここに残ります」
「ど、どうして⁉ せっかくここまで来たのに!」
「僕が入れるか入れないかを交渉している時間の方が勿体ないですよ。鳴海さんは一人で塔に入って、上を目指してください」
「で、でも……魔法使いだって入れないといけないんじゃないの⁉ 魔法の力は? 一緒に交渉しようって約束したじゃん!」
「いいんですよ、もう」
「よくないよ! 何諦めてんの! アンタ魔法使いに戻りたくないの⁉」
「――――戻ったところでっ!」
その時初めてミヅキは声を荒げた。物静かな彼が発する怒声は、ナオの肩を大きく震わせた。
「――っ!」
「……僕には、向いていない能力だったんです。鳴海さんだってわかったでしょう? 幼い子がするような魔法を、僕は何年も勉強し続けて……それでもうまく出来ないんですよ。人間界にいたことが理由ではありません。僕が落ちこぼれだったからです。だから今更もう、魔法の力なんて――」
そう言い切った割に彼は我慢を押し殺すかのように、歯を食いしばり握りこぶしを震わせていた。ナオはゆっくりとミヅキに歩み寄ると、右手を出し思い切り振りかぶった。そして彼に向かって渾身の平手打ちを決めたのだ。しかしその手は彼の顔をすり抜けるだけで、痛みなど与えてはいない。
しかし、ミヅキは驚いた様子でナオを見下ろしていた。
「嘘。うそつき」
ナオはぽつりとつぶやきをこぼしたかと思うと、ものすごい剣幕で彼を睨みつけた。大きな瞳の中には、今にもあふれ出してしまいそうな大粒の涙が輝いている。
「魔法の力が要らないなんて、大嘘じゃない! だって、あの時本を読んでるアンタの目、宝石みたいに輝いてたよ! 知らなかったことを知って、新しいことが出来るようになって。それに感動して喜ぶ子どもみたいにさ! お母さんとの思い出の本だって言ってたじゃん! 辛かったことも一杯あるけど、楽しかったことも一杯あるはずだよ! こんなところで諦めるの⁉ まだ何もしてないよ!」
「鳴海さん……」
ミヅキは叩かれた頬にそっと自分の手を添えた。彼女から受けた愛の鞭には、痛みも、触れられた感触も、温かさもない。けれど確かに、彼の元には届いていた。
『ねえ、母さん! 見て見て!』
『あら、折り紙を折ったの』
『うん! お花!』
『とっても上手』
『へへっ! 手を使わずに、紙を折る魔法でやったんだよ!』
『もうそんなことも出来るようになったのね』
『これ、母さんにあげる!』
『ありがとう。大切にするわ』
それはゴミと見間違えるような、丸まっただけの紙屑だった。母はそれを宝物のように両手で包み込むようにして受け取った。それは、いつでも良く見える食卓に飾られていた。町が襲われ、別れの時が来るまで。そして、朽ちて風に攫われる時まで、ずっと――。
「ねえ、魔法使い!」
「…………っ」
ミヅキは今一度口を紡ぐと、ナオから顔を逸らしてしまった。ナオは彼の態度に怒りを覚え、自らも彼に対して背を向ける。
「じゃあいいよ! 魔法も使えない状態のまま、ずっとここにいたらいいじゃん! 魔法の力があろうとなかろうと、アンタみたいな落ちこぼれは魔法が使えないのと一緒だもんね! アンタの言う通り、魔法使いなんかやめたらいい! 勝手にすれば!」
ナオは押し込めていた感情をぶち撒けるように告げると、そのまま真っ直ぐ門番の元へと歩いていく。門番の前に立つと、先ほどのようにハルベルデをクロス状に下ろされた。
彼女はこのまま、自分を置いて行くだろう。――これで良かったんだ。これで。
ミヅキはその場を去る様に、背中を向けて歩き出す。
「目的を告げよ」
門番は先ほどと同じ言葉を繰り返した。ナオははっきりとした口調で言い返す。
「彼と一緒に、白の番人に会いたいです」
「え……?」
ミヅキは思わず振り返る。ナオは未だ背中を向けたままだが、その言葉は力強く彼の元にも響いていた。
「鳴海さん……?」
門番からは受理できないと言われ、未だ行く手を塞ぐハルベルデがあげられることはない。しかしナオも、その場を一歩たりとも動こうとしなかった。
「……ねえ、魔法使い。まだそこにいる?」
ナオが呟くように声をかける。ミヅキは小さく頷いた。地面が少し擦れる音がしただけで、ナオは彼がそこにいるかどうかなどまだ分からなかった。
けれど、彼がそこにいるかどうかなど、正直どうでも良かった。それでもどうしても、伝えておきたかったのだ。
「さっきはごめん。言い過ぎた。でもね、どうしても許せなかったの。うまくいかなくても、人より劣っててもさ。それが自分なんだから、何も恥じることなんてないんだよ。魔法が上手く使えなくても、生きることさえ下手くそでも、やっぱりアンタは魔法使いであるべきだと思う。だって、それが皐月野ミヅキなんだから」
ナオは暗闇に沈んだ足元から顔をあげると、もう一度門番へと目的を告げる。
「皐月野ミヅキを魔法使いに戻すために、一緒に塔の中へ入れてください」
「受理出来ん」
「あの人も一緒がいいの!」
「受理できん」
「どうしても一緒じゃないとダメなの!」
「受理できん」
「あーもうっ! だから! 一緒に行かないと、彼が魔法使いに戻れないんだってば!」
「受理でき――」
「うっさいなあ! 何回も言わなくても聞こえてるってば!」
ナオの怒声により甲冑の一部がピリリと震えた。それに感づいた門番たちは、同時に針先を彼女へと向けて来た。
「反逆者か」
「出た、出た! またこれだよ!」
「反逆者として立ち入りを禁ずる」
「おーおー! やってやろうじゃん!」
腕まくりをしながら立ち向かおうとするナオ。さすがにそれを黙って見ておくことが出来なかったミヅキは、慌てて駆けつけるとナオの前に立ちふさがるようにして引き留めた。
「鳴海さん! さすがに無謀すぎますよ! ここを取り仕切るのはこの国のすべてを司る番人ですよ⁉ 僕らの魔力で敵うはずがありません!」
「やってみないと分からないでしょ!」
「分かりますよ!」
「そこどいてよ!」
「どきませんよ!」
二人が門番の前で押し問答をしていると、突然稲光が二人の目の前に降り注いだ。強い電気の波を感じ取った髪の毛は、重力を無視してみるみる上空へと逆立って行くのが分かる。
ふと後ろを振り返ると、目の前に突き出されたハルベルデの先端がぎらぎらと輝いていた。まぶしさに目を細めるほどの光の束は、次第に丸く形を変えていった。
次の瞬間、二人の舞い上がった髪の毛の先端が、ぷつんと切断されたのが分かった。二人は顔を合わせながら頭上を通り過ぎて行ったものを確認する。それは、先ほどハルベルデの先に出来上がった、電気状の球だった。二人をかすめてそれが着地した外壁には、漆黒の闇へと通ずる大きな穴がぽっかりとあいている。
「え……」
「まじかよ」
万が一でも触れてしまえば、消し炭待ったなし。バチバチという耳障りな音がしてまさかと思い振り返ると、予想通り次の稲妻ボールが完成していたところだった。
「……に、逃げろーっ‼」
二人はどちらが先かも分からぬスピードで走り出した。背後から迫り来るは無数の稲妻ボール。無作為に飛ばされる殺人ボールは、塔を囲む周囲の外壁に次々とブラックホールを生み出していた。
必死に避けながら、なんとか暗闇へと逃げ込むことに成功。門番たちは姿が見えなくなったためか、攻撃する手を休めいつもの態勢へと戻って行った。
「遠距離攻撃なんて、聞いてないよー!」
絶体絶命の危機を乗り越えたナオは、心からの苦言を空へと放り投げた。命からがら逃げきった二人は息を整えるため、しばらくそこで蹲るほかなかった。
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