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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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19

 しばらく進むと、色鮮やかな本が並んでいる場所へとたどり着いた。そこは人間界でいう絵本コーナーのようなところだった。可愛い絵の書いてある本がこちらを向いて整列している。

「可愛い本がいっぱいあるね」

 ナオはその中にある一冊の本の前で立ち止まった。

「あ、これ! さっき見た二人の神様だ!」

 そこには白の番人と星の精霊が書かれている絵本があった。先程ステンドグラスに書かれていた姿よりも、かわいらしく丸みを帯びているのが子ども向けらしくて、つい頬の筋肉も緩んでしまう。

「それは二人がどのような神様であるのかを、分かりやすく書いた絵本ですね」

「読んでみても良い?」

「どうぞ」

 ナオはそれを手に取ろうとしたが、その手はするりと通り抜ける。もう一度試すもうまくいかず、両手を使っても本はすり抜ける。最初本のせいだと思っていたナオであったが、自分が幽霊であることを思い出して再び自己嫌悪に陥る。お前はまだ幽霊なんだぞ! と本に言われたような気がして、その場で大きなため息をついた。

「本も読めないじゃん」

 ナオがぶーっと口先を尖らせていると、なんとその本が急に本棚から飛び出して来たのだ。ナオの顔の横をすり抜けて行ったかと思うと、次に彼女の周りをぐるぐる飛び回り始めた。

「どうなってるの?」

 飛び回る本の行く先を必死に視線で追いかけていると、ようやく落ちついた本がナオの目の前にやって来た。そして自ら本の表紙を開いてみせたのだ。

「どうやら気に入られたようですね」

「本に?」

「はい。自らページをめくるので、読んでくれと言っているようです」

「そうなんだ。ありがとう! じゃあ失礼いたしまして」

 ナオは一礼するとそっと本に手を添え、ページをめくる仕草をした。すると本はそれに合わせてページをめくった。


『魔法の国にはかつて、二人の神様がいました。白の番人と、黒の精霊です。

 

 遥か昔に白の番人は大地を作りそこに人を住まわせました。黒の精霊は月と太陽を作り虹の橋をかけました。その後も白の番人は多くの命を生み、人々の生活を支えました。しかしその間、黒の精霊は何もせずにずっと空を見上げている毎日でした。あまりに何もしないので、人々は彼に対して口々にこう言いました。


「黒の精霊は働きもせず、毎日空ばかりを見て怠けている!」


 しかしそれでも黒の精霊は何も言い返すことはなく、ニコニコ笑っていつも空を見続けているのです。いつまで経っても空ばかり見て怠けているので、人々は怒り、ついには黒の精霊をこの国から追放してしまったのでした。


 やがて、人の命が亡くなるときが来ました。死んでしまった魂は、暗い夜空を彷徨い続けました。なぜならその頃空には星がなかったのです。空は暗く恐ろしいものだと感じました。

 

 そこで初めて人は気が付きました。黒の精霊は『死を司る神様』だったということに。

 

 彷徨う幽霊たちは行き場をなくし涙を流しました。その涙は星の砂となって風に乗り、黒の精霊のところまでたどり着きました。すると黒の精霊が駆けつけて、彷徨う彼らに声を掛けます。


「どうして泣いているんだい」


 黒の精霊が問いました。すると幽霊たちは答えます。


「私たちが間違っていました。アナタはいつも空をみて、何もせずに怠けていると言いました。けれどそうではなかった。アナタは私たちが来るのを待っていただけだったのですね」

「けれど今更泣いたところで、私達には帰る場所はありません。この暗闇を導いてくれるアナタはもういません。一体どこへ行けばいいのか、なにも見えず怖いのです。夜空は暗くて怖いのです」


 すると黒の精霊は答えました。


「ならば何も心配はいらないよ。なぜなら君たちが、この夜空を照らす光となるのだから」


 彼はそう言うと、幽霊たちを真っ赤な星へと変えてあげました。星になった幽霊たちは大喜び! 何度も何度も繰り返し光を放ちながら、手を繋ぎ踊っていました。ふとある星が聞きました。


「なぜ私たちを許してくれたのですか」


 すると黒の精霊は答えました。


「確かにあなた達がしたことは、間違いだったのかもしれないね。けれど、それに気が付き、改める心も同時に持ち合わせている。人というのは間違う生き物だ。けれど過ちを正すことができるのも、また人。人というのは実に素晴らしいと思わないかい」


 黒の精霊はそう言うと、真っ赤な歯を輝かせてキラキラ笑いました。彼らが黒の精霊に謝ったことで、再び彼はこの国へと戻って来たのでした。

 

 それからも黒の精霊は、死んだ人の魂を星へと変え続けました。空には幾千万の星が生まれました。暗闇だけだった夜はもうありません。死する魂は、夜空から愛する人々の生活を見守り、彼らを照らす光となったのです。


 ある日。一人の少年が、昼間に空ばかり見上げている黒の精霊に問いました。


「どうして空ばかり見ているのですか」


 すると黒の精霊は言いました。


「星を見ているんだよ」


 少年は首をかしげます。


「何を言っているの。星なんて、どこにもないじゃない」


 黒の精霊は赤い歯をキラキラ輝かせながら笑いました。

 

「星は夜にしか姿を見せない。けれど昼間だって輝いてはいるんだよ。けれど誰も星を見上げたりはしないから、僕が毎日、星を見上げているのさ」』


 ナオが最後のページを読み終えると本は裏表紙を閉じ、自ら飛び立ち本棚へと戻って行った。

「二人の神様には、それぞれ役割があったんだね」

 そこでふとナオはあることに気が付いた。

「……あれ? でもさっき、魔法使いは白の番人と()()()()って言ってたよね?」

 その声にミヅキはニコッと優しい笑顔を浮かべた。

「よくお気づきで。黒の番人はのちに『星の精霊』と呼ばれるようになりました。それはまた、続きのお話になります」

「気になるなあ」

「鳴海さんが望むなら、本は向こうからやってくるでしょう。帰る頃には、次の本が姿を現すかもしれません」

「そっか。楽しみにしてるね」

 ナオは本棚に戻った本へと声をかけ、再び歩き出した。

 そこからしばらく行くと、今度は少し年齢が上がり、小学生向けの本へと変わった。

「この先は学生向けの参考書になります」

「ここも本が沢山あるね! どの本もキラキラしてて綺麗。あーあ。人間界の教科書も、こんな風にキラキラ輝く本に変えてくれないかなあ。そしたらちょっとは勉強が楽しくなると思うのに」

 ナオがそんなことをいいながら参考書の本を横目に歩くと、見覚えのある本が一冊あった。

「あれ、これ」

 ナオはその本を指さす。ミズキは振り返ると、しまったといった顔をして口元に手を当てた。

「これさ、アナタが読んでた本にそっくりだね」

「ええ、まあ、そうですね……」

 その様子から同一の本だと感づいたナオ。その本の前に立っていると、十歳くらいであろう男の子が颯爽と現れ、その本を手に取り去って行った。

「あれって、子供向けの本……だよね?」

「えっとですね、これにはいろいろ訳がありまして」

 返事に戸惑っているミヅキに、ナオは落ち着いた口調で続けた。

「ねえ、アナタはいつから人間界にいるの?」

「え?」

「昨日会った人、お隣さんのマルクさん。確か十五年前くらいからあなたたち家族がいなくなったって……。もしかして、その時からずっと」

「…………」

「今アナタが何歳かは知らないけどさ、十五年前だと大体小学生くらいの年齢かなと思って。ちょうど今本を持って行った子くらいの。魔法の知識がそこまでしかない。だからうまく魔法が使えない。違う?」

 それにミヅキは小さく息を吐くと、素直に返事をした。

「半分正解で半分不正解と言ったところで」

「半分?」

「鳴海さんの推測通り、僕は約十五年前の空襲で人間界へと逃亡した一人です。それからこちらの世界には戻ってきていませんので、それ以降の学びは受けていません。ですが、僕が魔法をうまく使えないのは教えてもらっていないからではないんです」

「え?」

「……元々の才能です。僕はこちらの世界にいた時も、ずっと落ちこぼれでした。何をしてもうまくいかない、おまけに失敗した魔法で人を怪我させるようなことも続き、僕は学園に通うことすら辞め、ずっと一人でした」

「そうだったの……」

「その間は母が学校の先生代わりになりました。どれだけ僕が下手くそな魔法を使っても、彼女だけは笑って誉めてくれた。だからあの本は、母との思い出なんです」

「そっか。大切な本だったんだね」

 ミヅキは同じ本を読んでいる少年を静かに見つめていた。




「ミヅキ、もうそろそろ寝る時間よ。あら、またその本を読んでいたの?」

「うん」

「本当にミヅキはその本が好きね」

「だってこの本には、沢山星がついているから。僕、星の精霊が好きなんだ」

「そう。アナタも大きくなったら、きっと星の精霊のように、人を導く素晴らしい魔法使いになれるわ」

「なれるかな」

「なれますとも。だからほら、早くおやすみ」

「うん。おやすみ、母さん」

「おやすみ。偉大な魔法使いさん」




「魔法使い、どうかした?」

 ハッと我に返るミヅキ。ナオは不思議そうに自分を見上げていた。

「すみません、ぼーっとしてて」

 ミヅキがへらへら笑っていると、ナオは思わぬ言葉を自分に向けて来た。

「ごめんね」

 突然の謝罪に、ミヅキは驚いて笑うのを辞めた。

「どうしたんですか、急に」

「アナタの事、ポンコツ呼ばわりしてたから」

「いえ。ポンコツなのは事実ですので」

「ううん。アナタはポンコツでも落ちこぼれでもないよ。だって、お母さん笑ってたんでしょ?」

「――――っ」

「それだけで、充分だと思うな」

 ナオはへへへ、と笑った。ミヅキは眉間にしわを寄せながら、唇をかみしめた。

「ならばどうして――――」

「え?」

「い、いえ……。すみません、こっちのことです。さあ、早い所行きましょう。図書館が閉まってしまう前に」

 ミヅキは強制的に話を中断すると、我先に歩いて行ってしまった。ナオは慌てて追いかける。そこではすでにミヅキがエレベーターの呼び出しボタンを押したところだった。エレベーターはすぐに来た。

 窓ガラスで囲まれた透明のエレベーターに乗りこむと、ミヅキは上ボタンを押した。すると流れるような速さで上へと滑っていく。ナオが透明なガラスに手をついて顔を近づけると、突如目の前に本が現れた。

「うわあ!」

 思わずのけ反りしりもちをつくナオ。その本はがんっとガラスに衝突して地面へと落下していった。

「たまにいるんです、空を飛ぶが下手な本」

 ナオは慌てて本が落ちて行った先を確認する。遠く離れていくその場所はあまりはっきりとは見えなかった。

「大丈夫かな、今の本」

「落ちこぼれは、落ちこぼれ。誰も助けてくれないのだから、自分で立ち上がるしかないんですよ」

「…………」

 ミヅキの言葉は、まるで自分に言い聞かせていた言葉をそのまま繰り返しているように聞こえた。ナオはその場にしゃがんだままでいた。目的の階に着くまで、それ以上の会話は生まれることはなかった。

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