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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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15

 しばらくするとこの地に珍しく、まだ形を留めている一件の家が見えた。その前には一人の男性が座っている。

「あ、人だ」

「マルクさん……?」

「マルク?」

 ミヅキが名を呼ぶと、家の前で農具の整理をしていた五十代半ばの男性が顔を上げた。

「ミヅキ……? こりゃ、ミヅキじゃねえか!」

 マルクは手に持っていた手入れ中の農具を投げ捨てると、慌てた様子でミヅキの元へ駆け寄って来た。そして近くまで来ると、恐る恐るミヅキの手を握った。

「生きてるんだな。本物だな……?」

 握った手を何度も撫でながら、彼の体温を確かめるマルク。ミヅキはそんなマルクの手の上にもう片方の手を乗せて、上からぎゅっと握りしめた。

「本物です。生きてます」

「無事だったんだな」

「はい。おかげさまで」

「そうか。良かったあ……」

 マルクは大きなため息と同時に心からの安堵を口に漏らすと、肩を震わせながらぽろぽろ涙を流した。その涙は薄汚れた頬を伝い、いくつもの縦線が彼の顔に出来上がっていく。

「マルクさんもご無事で」

「ああ。まあ、俺はいいんだ……」

 マルクはそう言うとようやく涙をぬぐった。目の周りの泥が取れて、逆パンダのような状態になっているが決してツッコめる状況ではない。ナオは彼の顔をじっと見つめるだけにとどまった。

「お前たち家族がいなくなって、かれこれ十年、いや、十五年か? 今までどこに行ってたんだ」

「ええ、まあ、色々ありまして」

「そうか。お前たちも色々あったんだな……。でも、本当に無事で良かった! 生きてたんならそれでいいんだ!」

 マルクはそう言うと、再び目にじんわりと涙を浮かべた。その涙は頬を伝う前に、マルクの片腕によって拭い落とされる。

「すまんな。もう枯れるほど泣いたはずなんだがな……。年を取ると、いかんわ……」

「…………そう、ですか……」

「お前は、長生きしてくれよ」

「――――っ」

 ミヅキは思わず深く頭を下げた。ナオはその様子を、ただ黙って見つめているだけだった。

 その後マルクと再び固い握手を交わすと、彼と別れて歩き出した。ナオはしばらく黙ってミヅキの後ろを歩いていたが、マルクの姿が見えなくなるくらい離れたところで彼へと声をかけてみる。

「あの人、ご近所さん?」

 ミヅキは前を見据えたまま、小さく頷く。

「隣に住んでいたマルクさんです。昔は先ほど潰れていた僕の家の隣に住んでいらしたのですが、どうやら場所を移動されたみたいですね。僕たちの町も随分と被害にあいましたから」

「ここら辺何もないのに、一人で住んでるのかな」

「生き残った動物たちを放ってはおけなかったのでしょう。彼はそういう人です」

「優しい人だね」

 きっと先程の動物たちはマルクが保護しているのだろう。こんな焼け野原の草原でも意気揚々と歩いていた羊たちを思い出し、マルクという存在の大きさを再認識した。彼らにとってマルクは、一体どれほど安心できる存在なのだろう。まるで、家族のような関係性……。ナオは少し間をおいて続けた。

「あのさ、あの人の家族はさ……」

 ナオはそれ以上続けなかった。ミヅキもそれに答えなかった。それが、答えな気がした。

「ううん、なんでもない」

 

 二人はそのまましばらく歩いていたが、急にミヅキが立ち止まった。突然止まった彼の背中へ正面衝突しかけたナオは間一髪踏み留まると、遥か長身の彼を見上げる。ミヅキは橙色に空を染め上げる落照に目を細めているようだった。ナオも同じように空へと視線を移す。向こうの世界よりも少し柔らかな色合いの空。だがそれが逆にこの世界の存在を曖昧にしているようで、少しだけ恐ろしく感じた。

「もう夕暮れですね」

「そうだね」

「確か向こうではこんな時間帯のことを、『黄昏時』だとか『逢魔が時』だとか言うんですよね」

「そういうことは詳しいんだね」

 ナオが思ったことを率直に述べると、橙色の空にひとつ、ふたつ、何かが点滅したように見えた。橙の上に朱色の光。見逃してもおかしくないような程の輝きであったが、確かに光っている。飛行機だろうか? 人間界では暗闇の中飛ぶ飛行機の灯りはチカチカ見えるものだが、まだ明るい上に機体そのものも目に見えてはいない。もしかすると機体を消す魔法なのかもしれないと思い、ナオは視線を上に挙げたままミヅキのカーディガンを引っ張った。

「ねえ、あれって何?」

「あれ?」

「あれだよ。チカチカ点滅してるの!」

 ナオは背伸びをしながら空をめいっぱい指さしている。ミヅキはその指の先へと視線をスライドさせて、空に点滅する赤い光を目の端に捉えた。

「ああ、あれですか。あれは、星ですよ」

「星? 星って点滅するの?」

「この世界では、あのようにして光るものを星と呼んでいます。夜になるともっと沢山の星たちが交互に光り輝くので、もっと綺麗に見えますよ」

「こっちの星って赤いんだね。赤星ってやつ?」

「なんですか、それ」

「なんでそれは知らないんだよ」

 唐突なツッコミを入れたナオは、もう一度空を見上げる。ゆっくりと点滅を繰り返すそれはクリスマスのイルミネーションのように見えて、少しだけ彼女の心を踊らせた。何一つ物事は進展していないのであるが、夜になる不安が少しだけ和らいだように感じられたのだ。

 ミヅキはそこで一区切りつけるように空から顔を下ろすと、ナオの方を振り返る。

「さて、今日は随分と歩いたし、休む場所を探しましょうか。夜は出歩かない方がいいですからね。明日は中間地点にある東の街へ行ってみましょう」

 張り付けた笑顔で本当の表情を隠しているように見えるミヅキに、ナオもあえていつもの調子で返事をする。

「なんで夜は出ちゃダメなの? 幽霊でも出るの?」

「もう出てますけど」

「え⁉ どこ⁉ アタシおばけだめなの!」

「…………」

「……そこは笑ってよね」

「すみませえん」

 そう言いながら出会った時と同じように、頼りなく頭をぺこりと下げた。けれどそれがなんだか彼らしくなって、少しだけ安心するナオであった。

 

 それからしばらくするとすぐに日は沈んでしまった。蛍光灯もない薄闇を進むのは危険と判断。二人はそこから数メートル先の河川敷へと移動した。そこでは水面が空を覆う夜天光を照り返し、彼らの頬を同じ朱色に染めていた。

「どうです? 一日歩いてみて、何か自分の存在証明に繋がりそうなことは思いつかれましたか?」

「うーん。それがさ、全然なんだよね」

 ナオは膝を抱え込み、その間に自分の顎を乗せた。

「なんていうかさ……頑張るぞー! って気持ちでスタートしたのに、どこ見てもボロボロだしこっちまで気が滅入っちゃって。こういう時こそ元気出してやって行かないとって思うんだけど、幽霊の私に何が出来るのか分からない。皆を助けてあげたいなって思うんだけど」

「いいじゃないですか、それ」

「そうかなあ」

 隣で同じ格好をしてナオの話を聞いていたミヅキ。彼女の話に賛同したことで楽観的な態度を見せてくれると思ったのにも関わらず、ナオの反応は珍しくも弱弱しかった。ミヅキは不思議そうにナオの顔を覗き込む。

「どうしたんです? いつもの元気、ないじゃないですか」

「だってさ、戦争も経験したこともないよそ者の私が、元気出してなんてめちゃくちゃ他人事みたいじゃん。超気分悪いかなって」

 呟くようにそう告げたナオに、ミヅキは小さく笑みを浮かべた。

「そうですかね。僕は戦争時代、ほとんど人間界へ逃げていた側なので説得力はないかもしれませんが、少しばかり被害にあった人間の立場から言うと……。戦争を知らなかったからって、よそ者だなんて思わないです。よそ者だから自分達と同じ思いをしてほしいだなんて、絶対に思わないですよ。痛みを知っているからこそ、そう言えるんです。誰にももう、傷ついてほしくなんてないんです。でも、苦しいのは確か。怖い、寂しい、助けて欲しい。そう思って本当は毎日震えている。だから鳴海さんのように、相手のことをきちんと考え手を差し伸べてくれる存在は、本当にありがたいし安心するんです」

 ミヅキのゆっくりとした口調に、ナオはうずめていた顔を持ち上げた。

「じゃあさ、ここにいる人たちの何か役に立つようなことをしたら。それで私は存在すべき人間だって胸を張って言えるかな」

「程度にもよるでしょうが、誰かに必要とされたならそれは紛れもなく存在証明になると思いますよ」

 その言葉を聞いて、ナオは少しだけ微笑む。朱色に染まった頬が、また少し赤くなった気がした。

「じゃあ、明日……。この国の人たちの役に立ちたいな。何でもいいからさ」

「……ありがとうございます」

 ナオは思い切り両腕両膝を伸ばすと、その場へ大の字になって転がった。夕暮れ時に見た星は瞬く間に姿を増やし、空全体を覆いつくす光となっている。それぞれのタイミングでかわるがわる点滅する明かりに、ナオは目を細めた。

「赤い星も綺麗ね。まるでそれぞれ意志を持って生きているみたいだわ」

「急にどうしたんです?」

「ロマンチックに浸りたくなったのよ」

 そのまま黙って星を見つめていたナオに、ミヅキはおもむろに話を始めた。

「ではそんな鳴海さんに一つ物語を。『黄昏時』って言いましたよね。『誰そ彼』。薄暗くて相手の顔が見えない時に、あれは誰だろうって思う、という意味だと聞きました。ではこんな言葉はご存じですか?『彼は誰星(かはたれぼし)』」

「何それ」

「暗闇で相手が誰だかわらかない。そんな時に使う言葉ですだそうです」

「同じ意味じゃん」

「いいえ。この国では少し違う。『あの星は誰の星? 星が垂れたその時に、全ては死んでしまうから』」

「どういう意味?」

 意味深な言葉に、ナオは思わず上半身を起こした。ミヅキは空に光る一番星を眺めながら続ける。

「この世界では、死んだ人は星になると言われています。この幾千万と輝く星は、今まで生きて来た魔法使いたちの命の数。そしてその星が落ちる時は、その存在を誰からも忘れられた時。それは、本当の死を意味します」

 ナオはしばらく黙ってその話を聞いていたが、ふと視線の先で一つの星が流れていくのが見えて目を見開く。

「……落ちた星はどうなるの?」

「――さて、どうなるんでしょう」

「は?」

「生まれ変わるとか、そんな感じですかねえ」

「ええ⁉ なによ! そこまで話しておいて、そんなラストじゃ納得できないっての!」

 苦情殺到の小話を終えたミヅキは、大きな欠伸をして目をこすり始めた。

「まあ、そんなことはいいじゃないですか。もう寝ましょう? 久しぶりに歩き回って疲れちゃいました」

 ミズキはその場に転がると、わざとらしく蹲って見せた。本当は叩き起こしたかったところであるが、彼も壊れてしまった故郷を見て心を痛めているのであろう。ナオもおとなしくその隣に寝転がる。

「明日……見つかると良いね」

「…………」

「もう寝ちゃったの? おやすみ」

 ナオは彼と反対方向に身体を向けると、体を丸めるようにして目を閉じた。しばらくすると小さな寝息がひとつ聞こえて来る。それに気が付いておもむろに起き上がったミヅキ。羽織っていたカーディガンを脱ぐと、ナオの体の上にふわりとかけてやった。

 それからミズキは一人、夜空を見上げた。月のない空には満天の赤星が輝く。その中の一つが、キラキラと瞬き二人を見下ろしているような気がした。

「父さん……」

 ミヅキは再び膝を抱え込むと、それから何時間も星を眺め続けていた。

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