12
馬車が走ってしばらく経った。ナオは無言のまま到着を待っていたが、どうしても先ほど街の入り口で出会った二人のことが脳裏から離れない。
「あの中心部もあそこみたいにボロボロなのかな」
呟くようにこぼれ出た言葉に、ミヅキは読みかけの本から顔を上げた。
「おそらくですが」
ミヅキは小さく笑みを浮かべ、本を閉じる。
「街の一部は温存されている状態だと思います。塔の様子を見ても傷ひとつありませんし。……住宅区は分かりかねますが」
ミヅキの答えに少しだけ安堵したのもつかの間、付け足された言葉にナオの表情は再び曇り空。
「本当、国のために必要なところだけ残してるって感じだね」
「国のための戦争でしたから」
「国の為なら国民なんて死んでもいいっていうの? 国民がいなけりゃ、国は成り立たないよ」
「素晴らしいお考えですね。ぜひ鳴海さんにこの国を統治していただきたいものです」
「えっ……や、やめてよー」
お世辞の言葉にナオはまんざらでもないといった様子でへへへ、と笑い声をあげた。そんな話をしていると、馬車の高度がどんどんと下がって行くのが分かった。
「もう着く?」
「はい」
「さっきまであんなに遠くに見えてたのに!」
馬車は街の中心部の駅へと降り立った。そこは一目では見渡せない程に広く、何もかもが美しい状態のまま温存されていた。多くの人が行き交い、先ほどの場所よりあからさまに活気が溢れているのが分かる。
「さすが、中心部は優遇されていますねえ」
「皆怪我もなさそうだし、割と元気そうだね」
「国からの援助が手厚い分、あの惨劇を見ることもなく温和に暮らしていた人達なんでしょうね」
「やな言い方」
「正直に申しただけで」
二人は広場の中を進む。傍から見れば、まるで戦争などなかったかのように平和な世界に見えた。柔らかなパンをかじっている人、笑顔で会話をしている人、真新しい木材を肩に担ぎ意気揚々歩いていく人。子どもたちは一部に設置されているキッズスペースで走り回って遊んでいた。
「ここからどれくらいの広さ、保護区域にされていたんだろう?」
「おそらくは塔に影響を及ぼさない範囲だけだとは思います。彼らに怪我一つないのは、この周辺に住んでいる人や避難を許された人達だからです。隣国からの攻撃が始まると、ここに逃げていたと考えるのが妥当でしょう」
「避難を許されたって、許されない人もいるの?」
「少なからず貧富の差がありますので。やはり金持ちを優遇しますね」
「なんかだんだんとこの国がすさんで見えて来たよ」
「見た目が綺麗でも、ふたを開けば薄汚れている。どこもそんなものですよ」
「もっと夢あること言ってよね」
周囲を観察しつつその足取りで、広場から続いている大きな橋を渡っていく。ナオはふと足を止めると、橋の下を覗き込んだ。そこには綺麗な小川が流れ、色とりどりの魚たちが楽しそうに泳いでいる――ことはなかった。穏やかに流れる小川の水は瓦礫やゴミでせき止められ、自由に泳いでいたであろう色とりどりの魚たちが腹を浮かせて漂っている。
「なんで、こんなこと――」
ナオが呟いたその時、突然足元が大きく揺れた。
「キャアアァァー!」
「鳴海さん!」
二人は慌てて橋の欄干へとしがみ付く。未だ足元は激しく左右に揺れ続けている。
「な、何⁉ 地震⁉」
「分かりません! ひとまず、すぐこの橋を渡って――」
「そんなこと言っても、足元が揺れて真っ直ぐ歩けないよ!」
なんとか前へと足を進める二人。すると後方から、ある男性の叫び声が聞こえて来た。
「おーい! ここは立ち入り禁止だって書いてあるだろー!」
「え?」
「ええええー‼」
ナオとミズキがその声に反応するように、同時に振り返った。確かにそこには大きな看板が立っており、『立ち入り禁止』と赤い文字が掲げられている。話しながらなんとなく道なりに歩いていたもので、見事に見落としてしまっていたのだ。
そうこうしている間にも、みるみる足元へとヒビは広がっていた。とにかく先へ進まなければと咄嗟に足を前へ踏み出した時、ドンドン、と後ろから巨人が迫りくるような爆発音が聞こえてきた。嫌な予感がよぎり、恐る恐る振り返る。予想通り、後方から橋が瓦礫となって崩れていくではないか!
お互い顔を見合わせた後、これでもかという程に目を見開いて全力で走り出す。
「うわあああ‼」
「急げえええー‼」
大慌てで橋を駆け抜けていく。ナオは立ち止まっていた分未だ橋の中間地点にいた。なんとか向こう岸まで逃げ切ろうと、必死に足を動かし続ける。ナオよりも先を歩いていたミヅキが向こう岸へとたどり着くと、すぐさまナオへと手を差し出した。
「鳴海さん!」
ナオも手を伸ばし、なんとかその手に触れる。直後足元を掬われるように地面が崩れ落ちたが、間一髪助かった。……かと思ったが、その手は握られてはいなかった。ミヅキの手をすり抜けた幽霊の手は、そのまま奈落の底へと突き落とされる。
「うわああああ!」
「鳴海さん!」
ミヅキはすぐさま崩れた橋の下を覗き込んだ。川底に落下していく大きな橋の瓦礫を見下ろすが、そこに彼女の姿はない。
「ここだよ、ここ!」
ナオの声は意外にもすぐ近くから聞こえた。声のする方へ目をやると、そこにはなんとか片手で橋の一部にぶら下がっている状態のナオがいたのだ。
「良かった! 無事だったんですね!」
「どこがだよ! 無理! もう落ちそう!」
ミズキはナオを引き上げようとその手を掴もうとするが、何度やっても幽霊である彼女に触れることすら叶わない。周囲を見渡しても彼女の助けになるようなものはなく、ミヅキはあっさりと諦めうなだれてしまった。
「どうしましょう……」
「どうって! なんとかしてよ! 魔法使いでしょ!」
「魔法使いって、だから僕は……」
ナオの言葉に言い返そうとして呟いた言葉に、ミヅキは何かを閃いた様子で少し目を見開いた。
「そうだ、魔法……。魔法ですよ!」
「え?」
「鳴海さん、魔法を使ってください!」
ミヅキの思わぬ提案に、ナオはオーバーリアクションで返答する。
「はあ⁉ アタシが⁉」
「はい! 今はまだ鳴海さんが魔法の力を持ったままになっています! 今なら魔法が使えるはずです!」
「でもどうやって!」
「僕落ちこぼれなもんで、説明とかはあんまり得意じゃなくて……」
そう言っている間に掴まっている瓦礫にも、ミシミシとヒビが広がっていく。後は時間の問題だ。
「と、とにかく! 空飛んでみてください!」
「空あぁっ⁉」
「なんとなくで! ホラ、びゅーんって感じで!」
「んなすぐ出来るかあ‼」
その大声がとどめを刺したのか、掴んでいた橋の一部が割れて、ナオの体は空中へと投げ出された。数刻前に味わった落ちていく浮遊感を再び味わうことになったナオ。
「鳴海さん!」
「きゃあああー‼」
甲高い叫び声が響き渡る。声は遠のき、彼女は地面へと真っ逆さま。最悪の事態を悟ったミヅキは、現実を拒絶するように強く瞳を閉じた。
だが耳を澄ますと、だんだんとその叫び声は逆に近づいてくるのが分かった。ハッと目を開けると、壊れた橋から飛び上がって来たのは、なんとナオの姿だった。見事浮遊術に成功していたのだ!
「浮いてる……! 浮いてますよ! 鳴海さん!」
「コントロールが、うまく、出来ないっ!」
ナオはまるで誰かに振り回されているかのような動きで、空中を右往左往している。二、三度大きく左右へ移動した後、そのまま真っ直ぐミヅキの元へと飛び込んできた。
「逃げてーっ‼」
「あわわわ‼」
ロケットランチャーのようにものすごいスピードでこちらへと向かってくるナオを受け止めようと、両手を目いっぱい前へと突き出したミヅキ。彼女はそのまま彼の身体を通り抜けると、そのまま地面へと飛び込むように着地したのであった。ざざざーっと砂ぼこりを巻き上げながら地面を滑り込んでいく姿は、現役自体の見事なヘッドスライディングを彷彿とさせる。
ナオは自らの体が動きを止めるや否や、両手で額を抑えながらひっくり返った虫のようにもがき始めた。
「痛ってええ! 幽霊なのに痛てえー‼」
だがそんなナオを見て、なぜかミヅキは目を輝かせ手を叩いて喜んでいる。
「いやあ! 実に素晴らしい飛行術で!」
「どこが! 現状見てから喜べポンコツ魔法使い!」
「あれ、どうして怒っているんです? 無事だったのに」
「デコに根性焼きされたからだろチクショウが!」
しばらくもがいているナオ。隣でワーイワーイと両手を上げ喜んでいるミヅキ。先が思いやられる形で、ナオの魔法使い人生の幕が開いたのであった。
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