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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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 ここは、田んぼの残る田舎町。昔ながらの商店街から少し離れた坂の上には、重圧感じる住宅地があった。

 碁盤状の道によって分けられた区画の中には、二、三軒が肩を寄せ合うようにひしめき合っている。都市開発の元切り崩した山に、安い建売住宅を押し込んだ結果である。碁石とて一つの場所を与えられるというのに、人間とは難儀な生き物である。さらには大量生産の弊害として、見渡す限り似たような外観の家ばかりとなってしまった。しかし住めば都とはよく言ったもの。同じような家がいくつあったとて結局は我が家が一番なので、住んでいて困ることはほとんどないそうだ。

 ただ一つ不自由なことをあげるとするならば、その住宅地の中へ訪問する側である。五軒先の黒い家と言われ行ってみれば、黒い家などそこら中にごまんとある。道を間違えたかと引き返せば来た通りが分からなくなり、住宅地の中を三十分間彷徨うという迷宮アトラクションにまで発展した。結局一軒一軒の表札を見て回っていると、不審者が出たと警察にまで通報される始末。小学生たちは集団登下校をせざるをえなくなったとか。この場所に来る者は、スマートフォンのGPS機能が必須である。

 そんな一風変わった住宅地の一角。個性のない家が立ち並ぶその中に、ひと際目を引く一軒家があった。季節の花に彩られる純白の壁に赤い屋根がトレードマークの小さな家は、幼き頃ボロボロになるまで遊んだ可愛らしいドールハウスが現実世界へ具現化されたかのようだった。妖精でも住んでいそうなメルヘンチックな風貌に、足を止めて見上げる人も少なくはない。道に迷った人がこの家に出くわしたとしたならば、心の底から不思議の国へ迷い込んでしまったのではないかと思い込むことであろう。

 可愛らしい木の扉の向こうからは、楽しくお話をしている妖精の声があふれ出して来る。木漏れ日がキラキラと降り注ぎ天使の羽根まで舞い落ちて来そうな、まさに絵本の一ページ。さらにこの街に伝わる不思議な伝説が、この家を魅惑の世界へ誘う鍵となっている。

 

『この街には、魔法使いが住んでいる』


 そうか、ここが魔法の国への入口か。映画のような世界は本当に実在するんだと思っていた矢先のこと……。

 その雰囲気をぶち壊す猛々しい声は、この家の中から発せられた。

 

「行ってきまーす!」

 

 地ならしするかのような足音と共に木のドアから飛び出したのは、妖精でも天使でもなく、セーラー服に身を包んだ一人の女子高生であった。扉を後ろ手に閉めながら、その足は既に庭へと駆け出している。

 降り注ぐ太陽の日を照り返しながら煌めいているのは、使い込まれたスポーツバック。まるで自ら発光しているかのような眩い光に目を細めながら、彼女はやっと鞄から垂れ下がっていた長い紐を肩にかけた。

 彼女の前には使い古された一台の自転車が、乗車するであろう主人を今か今かと待っている。錆にまとわれた車輪を支える金具と凹んだ前籠が、その歴史を物語っていた。上から塗装されたであろう桜色のペンキがはみ出したボディに鞄をぶつけながら、少女はようやくそのサドルに腰を据える。

 自転車にまたがるのが早いか、地面を蹴るのが早いか。彼女は全体重をかけ右足を力いっぱいに踏み込んだ。さび付いた自転車が軋んだ叫び声を上げながら勢いよくと進み始めたのを合図に、木陰で鳴いていた蝉が一匹飛び立って行った。

 

 彼女が家の門をくぐったあたりで、今度は一人の女性が木の扉から飛び出した。彼女はカナリアのような黄色いエプロンを身にまとい、煮えたぎるコンクリートの上で両足をバタつかせている。

 それもそのはず。彼女の足元には草履も、靴下もないのだ。すらりと美しい素足で地面を飛び跳ねる姿を通りがかった学生が妖精と見間違えても、なんらおかしな事はないだろう。

 それとも彼女こそ、噂の魔法使いではなかろうか。その不可解な見た目はなおのこと、両手いっぱいに見たこともない大きさの草の葉で巻かれた小包を抱えているのだ。若草色をまとう異様な箱の中身は、人間の知らない魔法界からの贈り物か。そうでないとすれば、魔法の薬をどこかへ運ぶ最中なのかもしれない。

 よく目を凝らして見てみれば、草の葉と思えた包みには見覚えのある唐草模様が描かれていた。そんな風呂敷を抱えている人間は、いまだかつて昭和漫画に登場するまる髭オヤジの大泥棒以外に見たことがない。泥棒でもなければ、妖精でも、魔法使いでもなかった。こだわり抜いた注文住宅で暮らす、いち母親の姿である。

 彼女は遠く離れ行く我が子に向かって、絶叫とも捉えられるような叫び声をあげていた。

「ナオー! 忘れ物!」

 その甲高い声はコンクリートジャングルを何度も跳ね返り、数メートル離れていたナオの元にも容易に届いた。風を切り坂道を下っていた少女は、思い切りブレーキを握りしめる。油の切れかけたブレーキ音が返事代わりに響き渡り、先ほど同様路地の中を跳ね返って行く。

「忘れてた!」

 ナオは大慌てで自転車から飛び降りると、来た道を足早に引き返した。ただ立っているだけでも汗がにじみ出るこの気温の中、彼女は愛車を隣に坂道を駆け上がる。おかげで先ほどまで風になっていた少女の額には大粒の雫が輝き、母親の元にたどり着くころには頬を伝っていた。

 相変わらず地面を飛び跳ね続ける母親から風呂敷を受け取ると、それはようやく使い古されたスポーツバックの底へと押し込まれる。行き場所を見つけた風呂敷は定位置へはまり込み、どことなく安心しているように見えた。

 対して未だ落ち着きなく動き回るのは母親の方だ。小声で暑い、暑いと繰り返しながら、両足を左右交互に持ち上げていた。炎天下に焼かれたタイルの上で悶え続ける母の足元を確認したナオは、当然の如くその顔をしかめる。

「なんで裸足なの?」

 その問いへの答えを出す前に手持ち無沙汰となった両手を前後に振り始め、マラソン選手になりきったかのように腿上げ運動を始めた。それによって体温はうなぎのぼりに上昇しているのではあるが、母はさほど気にも留めていない様子である。

「急いでたんだもん。それより鞄は斜めにしちゃだめよ? 中身零れちゃうからね!」

 彼女の心配は自分の足より袋の中身だ。

「ハイハイ」

 ナオはいかにも適当な二度返事をしながら、スポーツバックのファスナーを引いた。しかしそれは半分にも届かないうちに動きを止める。鞄の底に鎮座している巨大風呂敷のせいだ。

「うわ、なにこれ! 鞄閉まらないよ!」 

 ナオはもう一度勢いをつけてファスナーを引いたが、はやり途中で勢いを止めた。母は予想していたのかさほど驚いた様子もなく我が子の様子を見つめ、落ち着いた口調で返事をする。

「閉まらないなら、閉めなくていいのよ。誰も覗きはしないんだから」

「でもさあ」

 不格好な鞄を気にしつつも、しぶしぶ自転車へと座り直すナオ。母はそれを見て、なぜかやけに誇らしげな表情を見せた。

「皆に行き届くように、超巨大な入れ物をわざわざネット注文したのよ? 感謝してよね」

 押し付けられた小さなお節介に、ナオはため息交じりに真実を告げた。

「どうせ、セールしてただけでしょー?」

「アハハ、バレたか」

 母は落ち着きなく動きながらも、軽快な笑い声をあげた。

「でもそのセールのおかげで、持って行けるんじゃないの! 何事にも感謝、感謝!」

「そうでした。いつも有難いと思ってますよ、お母サマ!」

 母の言葉をそのまま飲み込む代わりに、心あらずの言葉を吐き捨てる。

 そしてしばらく握ったままになっていた自転車のブレーキを、ゆっくりと手離した。次第にタイヤは回転をはじめ、再び坂道を下り始める。母親は離れ行く娘の背中に大きく手を振った。

「気を付けてねー!」

「母さんこそ、ちゃんと足洗うんだよー!」

 五軒先で昼寝をしていた野良猫が飛び上がるほどの声が反響する昼下がり。少女は再び風となった。

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