俺の人生、☆3.8
その通知が来たのは、いつもの電車の中だった。
つり革を握りながらスマホを開くと、見覚えのないアプリが勝手にインストールされていた。
「LIFE LOG(β)」
アイコンは、ペンとハート。
なんだこれ……と半ば無意識にタップすると、画面に見知らぬ文字列が現れた。
“第1028話:繰り返される月曜日”
【評価:★★★☆☆】
コメント:また会社行ってるだけじゃん/さすがに退屈すぎる/でもわかる、その気持ち
……は?
見れば見るほど、目の前にあるのは“俺の人生”だった。
一話ずつ、まるで物語のように――日々の出来事が、記録されていた。
小学生の頃の失敗。中学で好きだった子に振られたこと。
大学でひとりぼっちだったサークルの新歓。
昨日食べた、冷めたコンビニの焼きそばパンまで。
そしてそれぞれに、コメントと評価がついている。
「第941話:寝坊して会社遅刻」
→ 「この回リアルでしんどい」「上司ほんとクズ」「わかりみしかない」
「第1001話:夜の公園でひとり、空を見上げた」
→ 「ここ好き」「主人公っぽさ出てきた」「地味に泣けた」
どうやら、俺の人生は“読まれて”いたらしい。
しかも――
ここ最近の平均評価は、☆3.8。
じわじわと、下降傾向にある。
「惰性で生きてる感じがつらい」
「読んでるこっちまで苦しくなる」
「何か変えてくれ、頼む」
思わずスマホを閉じて、ポケットに押し込んだ。
でも、耳に残っていたのは、読み手の声じゃなかった。
俺自身の、心の奥で燻っていた、かすかな違和感だった。
(――俺、これでいいのか?)
それはきっと、ずっと見て見ぬふりをしてきた問いだった。
次の日、俺は会社に行かなかった。
久しぶりに予定のない朝を迎えて、どこに行くでもなく靴を履いた。
足が向いたのは、高校の頃によく通っていた喫茶店だった。
もう潰れてるだろうな、と思ってたけど、そこにはまだあの小さな看板が残っていた。
店に入ると、年季の入ったカウンターの奥で、マスターが変わらない顔で出迎えてくれた。
コーヒーを注文して、席に座る。
スマホは見ない。誰とも話さない。
ただ、カップから立ち上る湯気を眺めていた。
何も起きなかった。
だけど、何も起きないことが、久しぶりに心地よかった。
その夜、スマホに通知が来た。
「第1029話:たった一人の観客へ」
【評価:★★★★☆】
「静かだけど、染みた」
「主人公、ちょっと変わった?」
「この話だけで明日頑張れる気がした」
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。
大げさなことじゃない。
でもたしかに、今日は「昨日とは違う1日」だった。
その翌日、俺は会社に退職届を出した。
理由は、うまく言葉にできなかった。
でも一つだけ、胸を張って言える気がした。
「今日の人生は、自分で書いた」
誰かに読まれるかどうかなんて、どうでもいい。
星の数も、感想も、今は必要ない。
俺はこれから、自分のためにこの物語を進めていく。
たとえまた、評価が下がったとしても――
それでも、昨日よりはマシな一日だったって思えたなら、
それで充分だ。