【#96】地上・第一話:最深部より、地上へ
──地上に、戻ってきた。
空気が違う。風がある。だけど、それはもう「元の地上」じゃない。
大地に開いた巨大なクレータ。そこから天に向かって螺旋を描く塔。
ダンジョンが地上に侵食したこの場所が、エルゴスの本拠地。
世界の命脈を食い破り、支配の牙を伸ばす《根》の中枢。
俺はその足元に立っていた。
人間形態になったミスティが、傍らで塔を見上げている。
「ミスティ、感じるか?」
『……ええ。たしかに、いる。エルゴスの幹部たち、そして──“核”の存在が』
ミスティの声は静かだった。
だが、芯には冷たい怒りと、悲しみが潜んでいるのがわかる。
俺は彼女の力を借り、ここまで来た。
俺たちは一度、すべてを失い、そしてそれでも戦うことを選んだ。
いや、選ぶまでもなかった。
俺たちには戦うことしかできない。
「行こう。終わらせに」
俺は歩き出す。
目の前には巨大な門がそびえていた。黒曜石のような表面に、何千もの目が蠢いている。
その一つひとつが、こちらを覗いていた。
「どうやら、歓迎されているようだな」
門が軋む音を立てて開く。
中から現れたのは、人でも魔物でもない、どちらにも似た存在。融合者だ。
いや、違う。こいつらは……意志を持ってる。
「……“調整済み”か」
エルゴスが極秘裏に開発した、魔物と人間の完全適合体。
ダンジョン適応者と同等、もしくはそれ以上の能力を持つ兵士。
『任せて。殺す』
ミスティが剣に変わり、俺の手の中に形を成す。
「行くぞ!」
俺は踏み込む。重力を無視して宙を滑る融合兵たちが、瞬時に陣形を組み、同時に殺到してくる。
一人目の首を跳ね飛ばす。
二人目の腹を裂く。
三人目の刃を受け流し、逆に心臓を貫く。
「ミスティ、力を貸せ!」
『ええ。私は蓮の刃になる……』
血飛沫が舞う。
叫び声が断末魔に変わる。
目の前には、融合者の山。
その奥から、もう一つの気配が迫ってくる。
「……お前は──!」
背後から現れたのは、かつて俺と戦った追跡者──いや、違う。
その姿は歪んでいた。身体の半分を魔物に侵食された彼は、砕けた仮面を付けている。
『失敗作……だが、捨てるには惜しい』
どこからか、声が響いた。
「ようこそ、九條蓮。君がこの扉をくぐるとは思っていたよ」
男の声。滑らかで冷たい。
──エルゴスの高官の一人、《ツェムルス》か。
「先に言っておくが、お前らの理屈には興味ない」
俺は剣を構える。
「ここに来たのは、壊すためだ。全部だ」
『私も、そうしたい』
ミスティの声が、俺の思考に同調する。
地上の未来を賭けた戦いは、始まったばかりだった。




