【#93】地下1階・第三話:断絶と継承
肉が裂ける音。刃が骨を穿つ音。
どちらが先だったかなど、今となってはわからない。
ただ俺は、異形と化した“母”に、何度も剣を振るっていた。
「ッ……!」
腕を落とした。脚を断ち切った。心臓を貫いた。
なのに——止まらない。
触手のような腕が地を這い、骨のような棘が俺の脇腹を裂いていく。
だが、斬る。
呼吸の音も、脈打つ鼓動も、もう聞こえない。
ミスティが赤黒く光る。怒っているのか、嘆いているのか、それとも——俺の代わりに泣いてくれているのか。
『……蓮。貴方の限界が近い』
「俺の? 何の話をしている……?」
俺にはミスティの言葉の意味がわからなかった。
感情を遮断した影響か、どれだけ戦っても疲労の一つも感じない。
『……敵の肉体の再生を強制的に止める』
「ああ、頼む。ミスティ、もう……終わらせてくれ」
そう口にして初めて、ミスティの言葉を理解する。
母は何も語らなかった。
俺を責めることも、憐れむこともなかった。
ただ、沈黙のまま——俺に喰らいつこうとしていた。
最期の一撃を放つ。
その瞬間、刃の感触が“過去”を裂いた気がした。
母の身体が崩れる。
再生は、ない。
異形の身体から、どこか懐かしい気配が消えていく。
そのときだった。
ミスティの刀身が、深く、低く鳴いた。
紅が黒に混じり、刀身に奔る文様が刻み直されていく。
空気が震える。俺の中で、何かが共鳴する。
『……縁を、食らった。強い想念が込められていた』
「……母さんとのか?」
『ええ。貴方を想う感情、そのすべてが“縁”だった』
ミスティの声に、わずかに震えが混じっていた。
ただの力の獲得じゃない。
これは、——代償だ。
俺は立ち尽くしたまま、目を閉じた。
何も感じないはずの心に、小さな“痛み”が残っていた。
それでも、振り返らない。
母が望んだものは、俺が生きて帰ること。
なら、戦い続けることが、唯一の応え方だ。
「ミスティ……」
『蓮、迷う必要はない。力は、ここにある』
師匠だったロザリンドが、すぐそばにいるような気がした。ミスティではなく、かつての彼女が。
俺は刃を握り直し、地上へと続くであろう通路へ——エルゴスの心臓部へと通じる回廊に、視線を向けた。
母の死と引き換えに手にしたこの力で、全てを破壊する。
俺の視線の先で、シエナが静かに微笑んでいた。
彼女の口元に浮かぶ笑みは、悲しみでも憐れみでもなかった。
それは、すべてが計画通りに進んでいることを確信した者の、満足げな微笑だった。
「それでいいのよ、蓮。やっと……貴方は“完成”に近づいた」
シエナが穏やかに囁いた。
戦いは、まだ終わっていない——