【#88】地下2階・第二話:黒き腕の裁き
床に転がった融合者の死体から、なおも黒い靄が立ち昇っていた。体の一部が魔物と完全に癒着し、死んだ後でさえ異形のまま崩れ落ちない。
斬っても、焼いても、すぐに次の敵が現れる。
ミスティは俺の怒りを吸って熱を帯びていたが、それ以上に戦場全体の空気が澱んでいる。
「このまま数で潰せると、思っているのか……!」
息を整える暇もない。次々と襲い来る融合者を斬り捨てながら、俺は高台のクロイツを睨んだ。
奴は動かない。
代わりに、その背後から別の影が現れた。
全身を黒いマントで包み、右腕だけが異常に肥大化している。
まるで魔獣の腕をそのまま移植したような——いや、違う。あれは生きている。蠢きながら、地面を抉るようにして前に出てきた。
「お前が……“黒き腕”のヒューベルトか」
記録にあった。エルゴスの処刑人。かつて五人のSランク覚醒者をたった一晩で消し去った男。
「お前にはクロイツ様への道はない。ここで死ね」
その声は、驚くほど冷静だった。だが、次の瞬間にはもう、奴は俺の目の前にいた。
——速い。
魔獣の腕を振るい、まるで大鎌のような斬撃が飛んできた。咄嗟にミスティで受けるも、重さが桁違いだ。
腕の一撃に床が抉れ、俺の身体は後方に吹き飛ばされた。
「クッ……!」
背中が柱に叩きつけられ、肋骨の奥に鈍い痛みが走る。
だが、ミスティがすかさず共鳴を放った。
俺の中に残っていた怒りが引き出され、痛みすら霧散していく。
「……お前のような怪物とは、戦い慣れているのでね」
立ち上がり、剣を構える。ヒューベルトは表情を変えず、再び異形の腕を振り上げた。
今度は、受けない。
跳躍と同時にギミックの柱を蹴り、逆に相手の背後へと回り込む。
斬撃。
異形の肩を裂いた瞬間、肉が蠢き、牙のような触手が飛び出して俺の首を狙った。
「ミスティ!」
返す刀で触手を一閃。切り飛ばし、続けざまに腹部へ貫く。
しかし——まだだ。ヒューベルトは膝をつきながらもなお、立ち上がろうとしていた。
「……この程度では……処刑は終わらない……」
「だったら、終わらせてやるよ!」
俺は力を込めて剣を振り抜いた。
ミスティの赤黒い光が尾を引き、異形の腕ごとヒューベルトの上半身を裂く。
動きが止まった。
数秒後、断面から黒煙が噴き出し、ヒューベルトは崩れるように倒れた。
「……はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら、俺は剣を地面に突いた。
まだ、終わりじゃない。
クロイツは、そこにいる。高台の上で、ずっと俺の戦いを眺めていた。
「面白い。処刑人を倒すとは……お前、やはり“特別”だな」
クロイツがゆっくりと前に出る。
その手に、漆黒の長杖が現れた。
「次は私が裁こう。蓮——“鍵”を壊す者よ」




