【#84】地下3階・第二話:鏡の影
鏡張りの回廊を進むたび、次々と現れる自分や魔物、追跡者のコピー。
だが、それだけではなかった。
「……あれは……?」
通路の先、濃い闇が揺れていた。
まるで液体のように波打ちながら、一つの“存在”が形を成す。
それは、俺と同じ姿の追跡者——
いや、“追跡者の影”だった。
実体を持たないはずの影が、鏡の魔力に引き出され、現実に干渉してくる。
姿形は追跡者と同じだが、動きはより鋭く、そして執拗だった。
「ミスティ、いけるか?」
「ええ、問題ないわ。でも、少し厄介な気配……」
俺は剣を構え、影の追跡者へ斬りかかる。
刃が通る、確かな手応えがあった。
だが、次の瞬間——
ヒュウウ……ン……!
背後から風が抜けた。
「……!?」
振り向くと、俺の動きを完全に模倣した、もう一体の影がいた。
鏡ではない。光でもない。
それは、追跡者から現れた“副次的な影”——まるで、影にすら影があるようだった。
「まずいわ、“鏡の影”よ……!」
「鏡の影……?」
「強力な追跡者が鏡を通じて具現化されると、その存在が“分岐”するの。本体の動きを補完するもう一つの存在、それが“鏡の影”……」
それは、追跡者の補佐のように動き、俺の隙を突いてきた。
追跡者とそのコピーの行動は被らない。
まるで、二人で俺を狩ることに特化した連携。
「面倒なことになったな……!」
息を整え、力を集中させる。
そのときだった。
「蓮——ここは私に任せて!」
ミスティの声とともに、剣の形が脈動した。
瞬間、剣から青白い光が吹き出し——
ミスティが、再び人間形態となって地に降り立った。
プラチナブロンドの長い髪、氷の色をした冷たい目、戦乙女のような気配。その姿が鏡に映ると、今度はミスティの影が鏡の中から現れた。
「これが、私の“影”よ……」
風を裂くような剣閃が走った。
追跡者とその影の首が、次々と宙を舞う。まるで時間すら切り裂いたかのような速さ——
ミスティの影の剣技は、俺の記憶に刻まれている。
「……ロザリンド……?」
呟いたその名に、彼女は静かに微笑んだ。
「懐かしい顔ね、蓮」
しかし、その笑みにはどこか空虚さが混じっていた。
目の前のロザリンドは、師であって、師ではない。
彼女は——鏡の中から現れた、“ミスティの過去”だった。




