【#83】地下3階・第一話:鏡の回廊
階段を降りた瞬間、空気が変わったのを感じた。
ざわりと肌を撫でる冷気。温度ではなく、“視線”のようなものだった。
「……なんだ、ここは……」
薄暗い石造りの通路を抜けた先。
そこには、奇妙な空間が広がっていた。
壁も床も天井も、すべてが鏡だった。
見渡せば、どこまでも続く鏡張りの回廊。
自分自身が、幾重にも映し出されている。
歩けば、足音が無限に跳ね返るように響く。
鏡の中から音がする。鏡に映った俺も、音を立てて歩いている。
「気をつけて、蓮。ここ、“何か”いるわ」
ミスティの声が警鐘のように響いた。
俺は無言でうなずき、剣を構える。
——次の瞬間。
「ッ……!?」
鏡の中の“俺”が、動いた。
……いや、俺の動きが“ズレた”。
相手は俺より一歩早く、剣を構えた。
そして、鏡の表面をすり抜けるようにして、現実の空間に現れた。
「コピー……?」
俺の姿を模したそれは、俺とまったく同じ動きで襲いかかってくる。
反射ではなく、模倣——戦いの技術まで完全にトレースしていた。
「ッ、チィッ……!」
剣をぶつけ合うたび、俺の技が読まれる。
まるで、過去の自分と戦っているようだ。
「蓮、真正面からじゃ駄目!少しでも変化を!」
「ああ、わかってる……」
俺は呼吸を変え、剣を逆手に構えた。
普段とは違う重心、違う間合い——
そして、一瞬の隙を突いて鏡の“俺”を突き刺した。
バリィンッ!!
砕け散るように、“俺”のコピーが崩壊する。
だが——
「……またか」
鏡の向こうに、新たな敵影が現れる。
今度は——
「魔物……?」
鏡に映っていたのは、通路の奥でうろついていた異形の魔物。
そしてそいつも、鏡を抜けて実体化する。
さらには——
「追跡者……ッ!」
俺の背後に現れた俺と同じ姿までもが、鏡から滲み出るように現れた。
魔物。追跡者。俺自身。
コピーたちが、次々と現実に這い出してくる。
「ここでの戦いは、“自分たちそのもの”と向き合うことになるってわけか……」
鏡の回廊は、自分を映す。
だが、その“自分”は牙を持ち、命を奪おうとしてくる。
「なら——ぶっ壊して進むだけだ!」
俺はミスティを掲げ、突き進んだ。
砕ける鏡。
現れる敵影。
反射と現実が交錯する迷宮。
地下3階——“鏡の回廊”が、牙を剥く。




