【#82】地下4階・第六話:奈落へと
死者の幻影がなおも揺らめいている。
リッチロードの死骸から生まれた黒い霧は、まるで過去の亡霊を呼び寄せるように、俺の周囲を囲んでいた。
「蓮……お前が俺たちを見捨てたせいで……」
「どうして、お前だけが生きているんだ……」
亡き仲間たちの幻影が、恨みがましい視線を向けてくる。
「くだらねぇ……」
俺は歯を食いしばりながら、幻影の声を振り払った。こんなもの、ただの残滓にすぎない。死者が蘇るわけがない。
だが、厄介なのは追跡者だ。
霧の影響を受けないこいつは、容赦なく俺を追い詰めてくる。幻影が視界を遮るせいで、奴の攻撃に反応しきれない。
ギィィン!!
剣と剣がぶつかり合う。衝撃で腕がしびれた。
「蓮、持ちこたえられる?」
ミスティの声が静かに響く。
「ギリギリだな……が、こんな場所で足止めされるわけにはいかねぇ」
俺は霧の向こうに目を凝らす。
「……出口は?」
「わからないわ。この霧は、空間そのものを歪ませているみたい」
「そうか……」
くそ、まともに戦うのも危険か。
その時だった。
——ザザッ。
足元に違和感を覚える。
「ッ!?」
次の瞬間、俺の立っていた床が突如として沈み込み、深い闇へと引きずり込まれそうになった。
「蓮!」
ミスティの声が響く。
間一髪、俺は地面を蹴って横に跳んだ。
直後、俺がいた場所に黒い奈落の穴が広がる。
「これは……罠か?」
霧の影響か、それともリッチロードの最後の足掻きか。
「……いや、違うな」
俺は剣を構えながら辺りを見回した。
追跡者も、霧には影響を受けていないとはいえ、俺と同じように足場を慎重に選んでいる。つまり、この崩落現象は俺だけに向けたものではない。
「となれば、使いようはあるな……」
俺は素早く動き出した。
幻影の間をすり抜けるように疾走しながら、崩れかけた足場を見極める。
「……こっちだ」
追跡者は、俺の動きに合わせて突進してくる。
だが、それでいい。
「こっちに来いよ……!」
俺は意図的に足場の脆い場所へと誘導する。
そして、決定的な瞬間が訪れた。
「——今だ、ミスティ!」
「ええ!」
俺は剣を振るい、足場の端を叩き割った。
直後——
ゴゴゴゴ……!!
地面が崩落し、追跡者の足元が崩れた。
シュバッ!
奴は即座に空中で体勢を立て直そうとする。
だが、ここは奈落のダンジョン——落ちたら、ただでは済まない。
追跡者は一瞬の隙を突かれ、霧の奥へと沈んでいった。
「……さて、どうなるかな」
俺は剣を下ろし、深い霧の奥を見下ろした。
追跡者がこのまま消えるとは思えない。
だが——少なくとも、時間は稼げた。
「蓮、今のうちに進みましょう」
「ああ……急ぐぞ」
俺は魔物を斬り伏せながら霧の中を探索する。
やがて霧は薄くなり、地下3階へと続く階段が通路の向こうに現れた。