【#81】地下4階・第五話:揺らめく幻影と共に
死者の幻影が渦巻く中、俺はじりじりと後退しながら追跡者を見据えた。
霧のせいで視界が悪い。だが、それは追跡者にとっても同じはず——いや、こいつにはそもそも幻影が見えていない。
俺の周囲には、死んだ仲間たちの姿が揺らめいている。声が聞こえる。「助けてくれ」「お前はまだ生きているのか」と、過去に囚われるような言葉ばかり。
だが、追跡者にはそれが見えない。
それどころか、こいつは幻影を無視して一直線にこちらへ向かってくる。まるで障害物が何もないかのように。
「……都合がいいな」
俺は低く呟くと、一歩踏み出した。
ガキンッ!
追跡者の斬撃を魔剣・ミスティで受け止める。衝撃が腕に響くが、耐えられないほどではない。
「蓮、あの霧……あなたの精神を削るわ」
ミスティが警告する。だが、わかっている。時間が経つほど、俺は幻影に精神を蝕まれる。
そして、それは追跡者には通用しない。
「お前には見えない、だが俺には見える——なら、逆に利用させてもらうぜ」
ハッタリに過ぎない。だが、手段など選んでいられない。
俺はすぐに体を翻し、霧の奥へ飛び込んだ。
追跡者は迷うことなく追ってくる。俺を仕留めることだけを目的とした単純な思考。だが、それがこいつの弱点でもある。
ギィィィィン!
再び剣を交える。霧の奥では、幻影たちが俺の視界を揺るがす。だが、ここで負けるわけにはいかない。
「ミスティ、力を貸せ」
「ええ——もちろん」
魔剣が淡く輝き、俺の力を増幅させる。追跡者の剣をいなし、逆に一閃を浴びせる。
ザシュッ!
追跡者の肩口を裂いた。だが、こいつはすぐに傷を修復する。まるで何事もなかったかのように。
「……しぶといな」
「それでも、削れるわ。繰り返し傷を与えれば、確実に消耗していく」
ミスティの言葉を信じ、俺は追跡者との距離を詰めた。
——その瞬間、霧がさらに濃くなった。
「ッ……!」
視界が揺れる。
死者の幻影が、俺のすぐ近くに現れた。
「お前は……」
俺の目の前に立っていたのは、戦場で散ったかつての仲間の一人だった。
「蓮、俺を……忘れたのか?」
声が、直接脳に響くような錯覚を覚える。
一瞬、動きが止まる。
「……っ」
その刹那、追跡者が剣を振り下ろしてきた。
「蓮っ!!」
ミスティの叫びと同時に、俺は咄嗟に横へ跳ぶ。だが完全には避けきれず、肩に浅い傷を負った。
「チッ……」
俺は幻影を睨みつける。
「お前はもう死んだ。俺に構うな」
息を整え、剣を握り直す。
「蓮、幻影に惑わされないで。追跡者はあなたを殺すことしか考えていない」
「……わかってるさ」
深く息を吸い込み、もう一度、追跡者と対峙する。
この霧の中では、俺だけが幻影に惑わされる。ならば、それを踏まえた上で戦うしかない。
幻影が近づいてくる——が、俺はもう惑わされない。
「行くぞ、ミスティ」
「ええ、斬り開くわ!」
俺は剣を振るい、霧の中へと飛び込んだ。
追跡者の姿が霞む。幻影が揺らめく。
だが、俺はもう迷わない。
この戦いを——必ず制する。




