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【#75】地下5階・第五話:撤退と追跡者

 何度斬っても、シエナは死ななかった。

 真っ二つに両断されたはずの胴体が、音もなく元通りになる。

 腕を斬り飛ばしても、まるで”生えてくる”ように新たな腕が形成される。

 肩を断ち、胴を貫き、首を落とした。

 だが次の瞬間には、何事もなかったかのようにその白い肌が修復され、笑みを浮かべて俺を見ている。


「蓮、私は死ねないのよ」


 シエナの声は、まるで母が子に語りかけるような優しさに満ちていた。


「私はね、エルゴスの実験体として生まれたの。人間と魔物の遺伝子を掛け合わせて、培養液の中で育てられた……そうして作られた最初の“成功体”が、私なのよ」


 彼女の淡いブルーの瞳が、わずかに揺れる。

 感情があるのか、それとも演技なのか——わからない。


「お前が……“最初”……」

「そう。死ねないように設計されたの。何度も崩れて、何度も再生して、それでも私には終わりが来ない」


 次の瞬間、彼女の背からぬるりと黒い触手が伸びる。

 俺が構え直す間もなく、それは俺の足を絡め取り——瞬時に全身を拘束した。


「っ……!」


 気づけば身体が持ち上げられていた。視界が逆転し、天井が足元に見える。


「蓮……私、あなたに会うために生まれてきたのかもしれないって思うの。エルゴスの最初の成功体が私なら、私の最高傑作はあなたであってほしい」


 歪んだ言葉と共に、触手が肌を締めつける。

 いくら優しそうに見えても、やはりコイツは……と思いかけた、次の瞬間——


 シュッと風を切る音。

 数秒前まで俺が立っていた場所に、鋭い斬撃が走った。


「……!」


 地面に深く刻まれたその一閃——追跡者だ。

 復活を遂げたアイツは、死角から、しかもピンポイントで俺の心臓を狙っていた。

 もしシエナが俺を吊り上げていなければ、間違いなく今ごろ——。


「……蓮。今のは偶然じゃない」


 ミスティの声に、思考が鋭くなる。

 そうだ。あれは、偶然じゃない。シエナは俺を追跡者から助けた。

 だとすると、追跡者の第一目的はシエナの護衛ではなく——不死身のシエナがエルゴスを裏切らないよう、監視しているのか?


「……お前、俺を助けたのか?」


 俺の問いに、シエナはただ微笑むだけだった。

 それが肯定なのか否定なのか、判断はできなかった。


「さようなら、蓮。また、ね」


 彼女は触手を引き、俺の身体を地面に落とした。

 そして、エルゴスの紋章の光る岩壁に手を触れる。すると、傍らの扉が開いた。エレベーターの扉だった。中には、数名のエルゴス戦闘員が控えていた。

 だが、彼らの視線は俺ではなく、“シエナ”に向いている。シエナはエレベーターに乗り込むと、そのまま視界から消えた。


「……待て、シエナッ!!」


 立ち上がり、追おうとしたその瞬間——


 ズン、と足元に重圧がかかる。


 目の前に、追跡者が立っていた。

 俺とまったく同じ姿のソイツは、無言で剣を構え、道を塞いでいる。


「……お前はエルゴスの番犬じゃない。檻の番人ってわけか」


 追跡者は答えない。

 俺はミスティを構え直し、追跡者に向かって、ひとつ息を吐いた。


「どけ。今は、あいつを追わなきゃならん」


 そして、俺は跳んだ。

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