【#73】地下5階・第三話:追跡者と守護者
俺が剣の切っ先を向けると、シエナは穏やかな笑みを浮かべた。
「残念ね。あなたの考えを聞けなくて……」
「俺が何を言ったところで、お前が変わるわけじゃないだろう」
シエナは寂しげに微笑んだ。
「変わらないのは結論よ。私ではなくて。……私はただ、自分が何をすべきなのかを理解しているだけ。それでも蓮、あなたが何を考えているのか、私は知りたかった」
その言葉と同時に、追跡者が動いた。
——いや、“跳んだ”と言うべきか。
追跡者は俺を無視してシエナの前へと躍り出た。
「……フン」
追跡者は無表情のままミスティに似た剣を構え、周囲に警戒を巡らせる。
まるで”彼女を守る”かのように。
「護衛役のつもりか」
俺は苦笑しながら呟く。
「お前、何が目的だ?」
問いかけても、返ってくるのは無言のみ。
「……そうだったのね」
代わりに答えたのはシエナだった。
「この追跡者は、単なる殺戮者じゃないわ。“エルゴスの命令”が上書きされてるのね」
彼女は満足げに微笑むと、追跡者の肩に手を置く。
「ねぇ、あなたは”守護者”なの? それとも”処刑者”?」
追跡者は一瞬、シエナを見た。
そして——
「……“両方”だ」
そう答えると、追跡者は俺に向けて刃を構え直した。
「俺は、お前を殺す。だが、それは”任務の一部”でしかない」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
「……シエナ、お前は何をした?」
「何をしたって?」
彼女は楽しそうに首を傾げる。
「私? 何もしてないわよ。ただ……“利用価値のあるもの”を見つけただけ」
シエナがそう言うや否や、融合者たちが一斉に襲いかかってきた。
「クソッ……!!」
俺はすかさず後退しながらミスティを振るう。
斬撃が重力反転ゾーンを越え、敵の身体を両断していく。その度にミスティは力を増すが、敵の数と動きが上回っている。
そして、厄介なのは融合者だけではなかった。
——次の瞬間、追跡者が消えた。
「!?」
気配が消える。
まるで重力そのものを”拒絶”するかのような動き。
俺は咄嗟に身を翻す。
その瞬間、背後から——
「——遅い」
斬撃が迫る。
紙一重で回避するが、空間を断ち割るような”無音の斬撃”が俺の頬を裂いた。
(……こいつ、本気で”殺し”にきたな)
息を整える間もなく、追跡者が更なる攻撃を仕掛ける。
だが——
「ミスティ!!」
俺も負けるつもりはない。
ミスティを振るい、斬撃を迎え撃つ。
剣と剣が激突し、火花が散る。
「……やっぱり”本物”は強いわね」
シエナが楽しそうに笑う。
「でもね、蓮。“本物”だからって、勝てるとは限らないのよ?」
そう言いながら、彼女は一歩下がる。
——その直後、融合者たちが”自爆”を開始した。
「クソッ……!」
爆風が広がる中、俺は瞬時に後退。
だが、追跡者は”動かない”。
爆炎が巻き上がる最中、シエナは不敵に笑った。
「あら、残念。せっかくのボーナスステージだったのに」
「てめぇ……」
「蓮……あなただって、“利用価値のあるもの”を活用したいと思うでしょう?」
そして、戦場は混沌の極みに達していく——。




