【#72】地下5階・第二話:進化の代償
血の匂いが濃くなっていく。
俺の刃が振るわれるたび、かつての仲間たちが斃れていった。
——いや、斃さねばならなかった。
「ガァァァッ!!」
巨体の融合者が地響きを立てて突進してくる。
元はガルド。
筋肉だけが取り柄の男だったが、今の姿は異常に肥大した肉塊そのものだ。
「強くなったよな、お前……」
俺は呟きながら、迫る拳を重力反転ゾーンへと誘導した。
「——ッ!?」
ガルドの拳が虚空を叩いた瞬間、彼の身体が逆さまに弾かれる。
俺はすかさずミスティを投擲。
「——砕けろ」
刃が黒い閃光となり、空中の巨体を両断する。
肉塊が二つに裂け、闇の中へと消えていった。
「はぁ……っ」
一瞬の静寂。
だが、すぐに別の融合者たちが襲いかかってくる。ガルドの魂を喰らったミスティは黒く輝く炎をまとい、ダンジョンの闇を照らしているが、俺の手元には戻っていない。
「蓮……ッ!!」
俺の名を呼んだのは、甲殻に覆われた異形。
かつてはリオと呼ばれた狙撃手だった。
彼女はその鋭い爪で俺ではなく、俺に襲いかかる融合者の喉を裂こうとした——
「——邪魔よ」
その刹那、シエナの手が閃く。
「!? が、があぁぁッ!」
リオの身体が弾け飛ぶ。
自らの主たるシエナによって、一瞬で”処分”されたのだ。
「……どういうつもりだ、シエナ」
俺は冷たく問う。
「ふふ……役立たずは要らないわ」
彼女は微笑む。
「彼らは”進化”したの。でもね、“弱者”のままだった。それは”不良品”よ」
俺の怒りが膨れ上がる。
「……お前は”仲間”を、そういう風にしか見れないのか」
「仲間?」
シエナは嘲笑した。
「違うわ。 彼らは”素材”よ」
「なんだと……」
「理解できない、とは言わせないわ。ここまで生き延びておきながら……ミスティの契約者でありながら……」
シエナの声は、どこか同情的だった。まるで俺の心を見透かすように。或いは、俺の敵意を削ごうとしているのか。
しかし、次の瞬間——
「……貴様らの会話は無意味だ」
——低く響く声が割り込んだ。
影の中から、一人の”男”が現れる。
それは俺の姿をした”追跡者”だった。
だが、追跡者は俺を抹殺しようとはしなかった。
その視線は俺ではなく、シエナに向けられていた。
「……なるほどな」
俺は気付く。
“今回の追跡者”は、俺の抹殺よりもシエナの護衛を優先する個体なのだ。地下15階のときのように。それとも、それこそが追跡者の基本的な仕様なのか——
「また、エスコートしてくれるのかしら」
シエナが愉快そうに笑う。
「ねえ、蓮。あなたと私、どっちが先に”消える”と思う?」
その問いに、俺は静かに刃を構えた。
「——答えは、お前自身で確かめろ」
そして、戦いはさらに激化する。