【#71】地下5階・第一話:堕ちた者たち
エルゴスの紋章が光る階段を上り切ると、重力がねじれる感覚が、皮膚の下をざわつかせた。それは、このフロアに仕掛けられたギミックの影響だった。
元Sランクの経験と勘で、その仕組みを察知する。
「……厄介だな」
目の前に広がるのは、重力が反転する異常な空間。
このフロアには見えない”重力の境界”がいくつも存在し、うっかり踏み込めば天地がひっくり返る。
そして、俺の行く手を阻むのは——
「久しぶりね、蓮」
中央のホールにシエナがいた。
彼女は、数十人の融合者を従えて、悠然と俺を見下ろしていた。
「ここまで上がって来れるなんて。流石ね」
「……お前がここにいるってことは、エルゴスもそろそろ本気ってことか?」
「ふふ、どうかしら」
シエナが微笑む。
その後ろには——かつての仲間たちの姿があった。
「おい。なんでコイツらが……!」
彼らは共に戦場を駆けた奴らだった。
笑い合い、酒を飲み、時には殴り合いもした、俺の”戦友”たちだった。
——だが、今の彼らは。
「強くなりたいと言っていたから、願いを叶えてあげたのよ」
シエナが楽しげに言う。
俺のかつての仲間たちは、すでに”人”ではなかった。
魔物と融合し、異形の戦士と化している。
腕が鋭利な刃に変異した者。
全身が漆黒の甲殻に覆われた者。
異常に肥大した筋肉に飲まれ、目すら埋もれた者。
彼らの身に何が起きたのかはわからない。
ただ、一つだけ確かなのは、自らの意思でシエナの言いなりになるような連中ではないということ。まして、好き好んで異形化するなど、あり得ないことだった。
「……ふざけるな」
俺の声が、知らず震えていた。
「お前がやったのか、シエナ」
「ええ。彼らは願ったのよ。“もっと強く”なりたいって。だから、“私の力”で、彼らを”進化”させてあげたの」
——シエナ。
エルゴスの”改造人間”。
かつての恋人であり、今は俺の敵。
「どう? 素晴らしいでしょう?」
彼女が笑うたび、俺の中の怒りが膨れ上がる。
「ふざけるな……!」
ミスティを握る手に力がこもる。
「お前が勝手にこんなことをして、“彼らの意思”はどうなる?」
「意思……?」
シエナが首を傾げた。
「そんなもの、必要かしら?」
その瞬間——
——ガギャァァァッ!!
融合者たちが、一斉に襲いかかってきた。
「蓮ッ……!」
ミスティが呼びかける。
俺は即座に跳躍し、重力反転ゾーンへ突入。
——ぐん、と視界がひっくり返る。
だが、それも計算済みだ。
俺は空中で体勢を整え、逆さまの世界から融合者たちを見下ろす。
「……すまねぇな」
俺はミスティを構えた。
「お前らの”願い”……“俺”が代わりに叶えさせてもらう」
そして、血戦の幕が上がる。




