【#64】地下7階・第六話:「縁」の果て、終焉の剣
瓦礫を踏みしめ、血に染まった足場を駆け抜ける。
眼前には次々と現れる魔物と、かつて“仲間”だったであろう廃棄兵たち。目を閉じてしまえば、それが誰だったのか想像できてしまう分、余計に胸が痛んだ。
だが、止まるわけにはいかない。
「道を開け」
俺はミスティを振るう。刃は唸りを上げ、肉と骨と魔力を断ち切っていく。
廃棄兵の肩口から胴までを裂き、跳びかかる魔物の顎を逆袈裟に両断する。
鮮血と黒煙の嵐の中、ただ一つの目的地へ向かって、真っ直ぐに——あいつの元へ。
マーカス・レインズ。
裏切り者。国家防衛特務局の上官だった男。
マーカスは背を向けたまま、儀式の中心に立っていた。
空間が歪み、闇と現実が混ざり合っていく。既に——儀式は完遂されつつある。
俺の気配に気づいたのか、マーカスが振り向いた。
「遅かったな、蓮。君はよくやった。だが、それでも届かない場所があると証明された」
「……いや。届くとも!」
叫びと共に跳躍し、マーカスへと斬りかかる。
その一瞬、彼の身体が異形のそれに変貌する。触手、鱗、砕けた理性。
「君には理解できないだろう……この進化の意味が!」
「進化だと!? お前たちは適者生存の名の下に、野蛮な行為を正当化しているだけだ!」
刹那、俺は踏み込んでいた。
空気が割れる。ミスティが閃光のように輝き、奴の腕を斬り落とす。
マーカスの咆哮がフロアに響いた。異形の肉体が暴れ狂い、触手と爪が襲いかかる。
俺はそれを躱し、斬り、突き、止めを刺す。
ミスティの刃は、すでにただの武器じゃなかった。
俺の怒り、失望、そして——決意の結晶だった。
「マーカス、お前は適者じゃない!」
俺はミスティを逆手に構え、渾身の一撃を叩き込む。
「何故なら——」
一瞬、世界が沈黙した。
そして——叫びと共に、剣が奴の心臓を貫いた。
異形の体がビクリと跳ね、黒い液体を噴き上げ、やがて静かに崩れ落ちていった。
祭壇の儀式は——完遂していた。
地上とダンジョンの融合。すでに世界は変貌を始めている。
「……遅かった、か」
その瞬間、ミスティが俺の中で震えた。
赤黒い光がミスティから溢れ出し、周囲を満たしていく。
「ッ……すごい、力だ……!」
「蓮。お前が斬った者。その魂は私に還る」
まるでそれが当然の理であるかのように、ミスティは続けた。
「私は契約者の縁者の魂を喰らい、力を得る……悪縁、良縁を問わずに……」
俺の手にある剣が、まるで新たな力を得て喜んでいるかのように脈動する。
「……そんな話、聞いてないぞ」
「説明の義務はなかった」
ミスティの言葉には、何の感情も伴っていない。
「つまり、お前は……俺が関わった人間を斬れば斬るほど強くなるってことか」
「その通りよ」
ミスティの声が耳元で響く。
「殺せば殺すほど、私の力は増していく」
淡々としたミスティの声に、思わず歯を食いしばる。
──縁ある者の魂を喰らう。
つまり、これまで俺が戦ってきた相手も……そして、これから戦う相手も……。
俺の過去も、俺の未来も、この魔剣に刻まれていく。
だが、考えている暇はなかった。
フロアの魔物と廃棄兵たちが一斉に襲いかかってくる。
「遅いッ!」
俺は力を振り絞り、跳んだ。
刃が一閃、二閃——空間を裂き、敵を焼き尽くす。
声もなく消えていく異形たち。
「これが”縁”の力……か」
俺は剣を収め、静かに息を吐いた。
この場に残ったのは、崩れかけた祭壇と——俺とミスティだけだった。
「……終わった、か?」
「このフロアの敵は。でも、私たちにはまだ、しなければならないことがある」
ミスティの声は、静かに、だが確かに響いた。
そして俺は——地下6階への階段を見上げた。