【#63】地下7階・第五話:刻限の扉、開かれる前に
マーカス・レインズは祭壇の中央に立ち、両手を広げて魔力を解放していた。
その背後には、今まで倒してきた融合者たちの残骸が黒く染まり、祭壇に溶け込むように消えていく。まるで、彼らの死が“儀式の燃料”であるかのように。
「これで、十分だ」
マーカスは低く呟いた。
その体は異形化し始めていた。
背中からは触手のような影が伸び、皮膚は石のように硬化し、眼球の中には複数の瞳が蠢く。
「君には感謝しているよ、蓮。君が強ければ強いほど、私の“進化”も完璧に近づく」
「……まだそんなことを言ってるのか。お前の進化に意味なんてない。お前が踏み台にした人間の命が、それを証明してる」
ミスティを構え、俺はゆっくりと祭壇へと近づく。
だが、突如足元の床が軋んだ。罠かと思ったその瞬間——地鳴りと共に、天井から崩れた岩が降り注いだ。
「っ、くそ……!」
ミスティの障壁で衝撃を防ぎながら、俺は後退し、空間を見渡す。
マーカスの儀式によって、フロア全体が歪み始めていた。
空間がゆっくりと引き裂かれていく。まるで現実とダンジョンの境界線が、強引に混ざり合っているかのように。
「外部の融合も順調のようだ」
マーカスは空中に浮かぶパネルを見上げる。
そこには——街が映っていた。俺たちが知る地上の街。
だがその街の中央には巨大な裂け目があり、ダンジョンの闇が地上を侵食しつつあった。
「……ふざけるな。まだ止められるはずだ」
「君のような“実験体になれなかった”存在に、何ができる?」
マーカスの声に呼応するように、再び魔物たちが出現した。だが今回は、普通の魔物ではない。
それは——人間の形をしていた。
だが、顔はのっぺらで、体は歪に肥大化している。感情を奪われ、ただ命令だけで動く存在。かつての覚醒者たちの“失敗作”——廃棄兵。
「“鏡”に写らなかった存在たちだ。……実に都合のいい捨て駒だよ」
マーカスが皮肉げに笑う。
俺は構えを取る。ミスティの刃が、暗く紅く脈動している。
「蓮……やれる。私たちなら」
「ああ。終わらせてやるさ」
俺たちは再び、魔物と廃棄兵の軍勢の中へと踏み込んだ。
マーカスの背後に広がる“融合の門”が完全に開ききる前に——止めなくてはならない。
そのとき、天井から崩れ落ちた瓦礫の隙間に、一筋の光が差した。
その光は、まるで“外の世界”がまだ存在していることを、かろうじて教えてくれるかのようだった。
「……エルゴスの連中の思い通りにはさせない」
俺はミスティを振りかざした——。