【#62】地下7階・第四話:儀式の刻、迫る戦慄
マーカスが手を掲げると、祭壇の背後の闇から複数の影が現れた。
それはかつての覚醒者たち——だが今は、魔物と融合し、異形の姿へと変じた者たちだった。
角や鱗を持ち、腕は刃のように伸び、瞳は深紅に染まっている。
だがその口元は笑みを浮かべていた。人としての理性と忠誠心は、まだ残っているのだ。
「儀式の邪魔はさせないよ、蓮。——彼らは自ら志願した。“進化”のためにね。誇りある覚醒者たちだ」
「歪んだ進化だ。……こんなものに、誇りなんてあるか」
俺は剣形態のミスティを構え、身構える。
空間は震え、魔力の渦が広間を満たしていく。祭壇の周囲からも、異形の魔物たちが姿を現す。数だけでも圧倒的だ。
だが、怖れはない。
「蓮、私にあなたの“怒り”を預けて」
ミスティの声が胸に響く。そうだ、こんな場所で、立ち止まるわけにはいかない。
「……行くぞ!」
号令のように、戦いが始まった。
融合者たちは俊敏だった。人間だった頃の技術を活かしながら、魔物の肉体による強靭さで攻撃してくる。
だが、こちらも一人ではない。ミスティの力は、戦うほどに研ぎ澄まされていく。ひとり、ふたりと融合者を倒していく——その瞬間、ミスティの剣身が赤く光り、熱を帯びた。
「……また一人、蓮に縁ある者を斬った。かつて同じ戦場にいた覚醒者。名前は、もう思い出せないけど……」
彼女の声が低く響き、剣がさらなる力を得る。
そう——ミスティは、“契約者に縁ある者”を屠ることで、自らの力を増していく。
それは呪いにも近い宿命だ。
マーカスは、戦場の奥で冷静に祭壇を守りながら呟く。
「ほう……やはり、“彼女”の適性は規格外だな。ミスティ・プロトコル——いや、ロザリンドの残滓すら、取り込んでいるのか」
「……お前、知っているのか——!」
「ミスティはエルゴスの聖剣になるはずだった。しかしロザリンドが我々を欺き、その命と引き換えに、剣に異物を植え付けた。だが……勝ったのは剣の方だ。ロザリンドの死は無駄だったようだな」
俺はその言葉に怒りを抑えきれず、剣を振るった。
融合者たちの一人が斬られ、ミスティの刃が深紅に染まる。彼女は再び強くなっていく。
だが、それと引き換えに何か大切なものを失っているような気がしてならなかった。
ダンジョンの魔物たちも、儀式の魔力に引き寄せられるように次々と広間に現れる。
この戦場は、地獄と化していた。
「……マーカス、時間稼ぎのつもりなら——失敗だ」
「そうか? 君が気づかぬうちに、儀式はほぼ完了している。私がここにいるのは、その最終段階に必要な“扉”を開くためだ。もうすぐ、融合は不可逆となる」
不気味に笑いながら、マーカスの身体から黒い魔力が噴き上がる。
彼もまた、自らに“異形”を取り込もうとしている——!
「蓮、次が“決戦”だな」
俺はミスティを構え直し、血の気配が渦巻く戦場を睨んだ。
「——そうだ。必ず、止める」




